第六話 「」マイノリティ、達。後編

私が京ちゃんと付き合ってから半年程経った。

京ちゃんの性別?

今では気にならなくなった。

でも。

普段は明るい京ちゃんも月に一度。

凄くナーバスな顔をしている日が、ある。

女のコの、だ。

「男のコ」である京ちゃんが女性の象徴的な状態になる。

それで、精神的に疲労している。

それが私には分かってしまう。

それでも話し掛けると無理に笑う京ちゃんが…愛おしかった。


ある日の放課後の事。

廊下で京ちゃんがいつも喧嘩している男子のグループと出会ってしまった。

あまり関わりたくない私は、隣を車椅子で通り過ぎようとする。

「新田、松山と付き合ってるんだろ?」

声を掛けられるが無視する。

「もうアイツとヤッたのか?」

「女同志だとどうヤるんだ?教えてくれよ」

「アイツには○○○ないからな!レズだレズ」


人間が真に怒り狂うとき。

それは自分自身より、自分の大切な存在を踏みにじられたときだと。

私は知った。

頭に血が昇る感覚。

目の前がチカチカする程の憎悪。 


「京ちゃんは…」


気が付くと私は車椅子でその男子達に体当たりしていた。


「…京ちゃんは…男だよ!!」


車椅子ごと男子の一人に当たってよろける。

それでも。


「お前らッッッ!!ッッッお前らなんかッ、より…ッッッ男だよ!!」


自分でも信じられないくらいの金切り声。

当たった反動で私は車椅子から放り出される。

廊下に両足をぶつける。

ゴボウみたいな私の足はひょっとして折れたかもしれない。

けど、こんな足より私は守らなければいけない事が、ある。


「新田!止めろ、止めろ」


倒れ込んだ男子が叫ぶ。

まさか私がこんな事するなんて、思ってもいなかったのだろう。

男子達は明らかに狼狽えていた。


「うわぁぁぁぉ!お前達、お前達みたいのがいるからっっ!」

私は転がり落ちた松葉杖を掴むと、うつ伏せのまま、がむしゃらに振り回す。


「人の苦しみが分からないくせに!京ちゃんの苦しみを知らないくせにッッッ!」


ずっと堪えていたが決壊して、瞳から止めどなく溢れ出す。

私は涙で、鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、当たりもしない松葉杖を振り回し続ける。


壊れてしまえ。


例え松葉杖がアイツらに当たらなくても、良い。

松葉杖の先がこの世界の何処かに当たって。

こんな世界、バリバリに砕け散れば、いい。


「健常者」「マジョリティ」が正しくて!?

「障害者」「マイノリティ」が間違っているのなら。

こんな世界は…壊れてしまえ!


佳乃よしのッッッ!」


名前を呼ばれて顔を上げると。

にじんだ景色の向こう。

京ちゃんが立っていた。

すぐに駆け寄り、私を抱きかかえてくれる。

「京ちゃん…京ちゃん…悔しいよ」

「オッケ、よく頑張った。佳乃。ちょっと待ってろ」


京ちゃんは腰を抜かしている男子に近付くと。


その股間を思い切り踏み付けた。

男子が悶絶する。


痛いいてぇか!?それが大切なモノを踏みにじられた痛みだよ」


今度は容赦なく蹴り上げる。


カッコ悪い事しかしねぇんだよ」


怒りの籠もった目で男子達を睨みつける。

その迫力に、誰も一言も発しない。


「俺は、大切な事は全てアニメから学んだ!アニメの主人公達は、お前らおめぇらみたいな事は絶対ぜってーしねぇ!」


私の涙は、途中から嬉し涙に、変わっていた。



数日後。

なんとか騒ぎが収まった後、私達は部活に復帰した。

結局あの一件も、きっかけがきっかけだけに、京ちゃんにお咎めはなかった。

私の足も折れてはいなかったし。

私の中で京ちゃんの存在が大きくなって。

それだけで良かった。


「なぁ、佳乃。今度デート、行こうぜ」

私がデリバリースティックでデリバリーした後、車椅子を抑えている京ちゃんが唐突に提案する。

「え…でも、道路には段差があるよ?」

「俺が押してやる」

「…溝があったら?」

「俺が担いでやる」

「…人に迷惑掛けちゃうよ」

「堂々としてろよ。道を空けねぇヤツが悪い」

京ちゃんが笑う。

私も笑う。


「俺は、さ。佳乃。足が悪いとか、そういうのは、さ」

真っ直ぐに私を見つめる。

「そういうは、背が高いとか、低いとか。太ってるとか痩せてるとか。そういう事と同じだと思うんだ。ただのその人の特徴なのさ。俺はそう思う。だから自分を悪い意味で特別扱いするな、させるな。この世に「健常者」も、「障害者」なんて「」もない。皆、人間だ」

「私、京ちゃんみたいに強くない」

「俺もアニメの主人公みたいは強くない。けどよ、強くなってみせるぜ。とりあえず、カーリングで世界一セカイイチだ」


そして今日も。

私の…私達のストーンは氷の上を滑っていく。

に支えられて。

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ショートなら、Yes。(最後まで、Yes。短編集) 上之下 皐月 @kinox

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