最終話 僕と彼女の、3回目のファーストコンタクト

「……これで……終わり、かな」

 やや名残惜しそうな空気感を出しながら、日立さんは最後のアルバムをそっと閉じて、床に置いた。


「一気に全部話したから、なんだかタイムマシンにでも乗ったような感覚だったよ」

「……そうだね。ほんと、そう思えるくらい、色々あったんだね、僕たち」

「……うん。写真だけじゃなくても、話しきれないくらい、たくさんのことがあった」


 少し開けた窓から、そよ風が流れ込んでくる。僕と彼女の髪を揺らしたそれは、行き場をなくしてカタカタと本棚の上の写真立てを揺らす。

「……忘れちゃったらさ、きっと、この写真に写っているたっくんのことも、日記に書いてあるたっくんのことも、誰のことが、全然わからなくなってさ」

 ふと、その様子を見た日立さんが、寂しそうに目を細めて、言い出して、


「……夏休み明け、たっくんのこと、覚えてなくても、また」

 そして──

「……私と、幼馴染になってくれますか?」

 くしゃくしゃに泣いて、笑いながら、僕に聞く。


 ……そんなの、迷うまでもない。考えるまでもない。

 それは、今年の春に、日立さんがやってくれたこと。それを、僕がやらない理由は、どこを探したって見つかるはずがない。

「……当たり前だよ」

 そう言いつつ、僕は頷いた。


 夏休みは、特にどこかに遊びに行ったり、ということはさしてしなかった。光右と佐和君は部活三昧で忙しいから、約束した札幌の日まで多分会う機会はない。ちょくちょくラインでやり取りはしているけど。


 小木津さんとも、日立さんを介さないとそれほど関わりは強くないので、夏休みにまで会うことはない。それは、恐らく昔の日立さんにとっての光右みたいなものだろう。ただ、八月八日に控える日立さんの誕生日に、何をプレゼントすればいいか、みたいな話はしたけども。


 かくいう僕は、髪留めを駅前のショッピングモールで仕入れておいた。彼女の名前を表した、ジャスミンが飾られたものを。

 迎えた八月八日。小木津さんは午後から日立さんの家に行くということなので、ちょっと時間をずらした正午に、僕は幼馴染専用の呼び鈴を使って日立さんを呼び出した。


 トントンと向こうの部屋の窓が小石に叩かれ、はや一分。……普段だったら、十秒もかからず出るのだけれど……。

「あ、あれ……? 小石……?」


 どうして窓から音が鳴ったのか理解できない、という顔をしている日立さんが、キョロキョロと部屋のなかから顔を覗かして、辺りを見回す。

 そして、僕の姿をはっきりとその柔らかな瞳に捉えて、

「……あの、どうかされたんですか……?」

 初対面の僕に、たどたどしい敬語で声を掛けてきた。


 ……思わず声が漏れそうになるのを我慢して、僕は努めて明るい表情を描き、

「誕生日おめでとう。日立茉優さん。僕は高浜廻。隣の家に住んでいる高校二年」

 恐らく二度目となる自己紹介を彼女にした。


「あ、写真の男の人……」

 僕の顔を見て、ぼそっと呟いた日立さんは、

「もしかして、あなたが日記にたくさん名前が出て来ていた、たっくん、ですか……?」

 不安そうな口ぶりで話す。それに対して僕は、


「……うん。ひっくんとも呼ばれていたみたいだけど。呼びやすいほうでいいよ。……それと……」

「それと、何でしょうか……?」

「僕と日立さん、幼馴染なんだ。これからも、仲良くしてもらっていいかな?」


 日立茉優という、底抜けに明るくて、癒されるところもあって、そして、芯の強い女の子から受け取った関係を、繋いでいく。

 その一歩目を、踏み出した。

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僕と君の、三回目のファーストコンタクト 白石 幸知 @shiroishi_tomo

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