2-EX 雛鳥の君

 ネイヴィー・ブラッドを無事グレゴリーに納品したら、あいつは晴れやかな笑顔で謝辞を述べてきた。


「いやーありがとう! まさか本当にネイヴィー・ブラッドを手に入れるなんて。目撃証言があったとはいえ獰猛すぎて近付けなくてさー、みんな苦労してたみたいなんだよ。さすが俺の見込んだ友人だ」

「褒めても何も出ないぞ」

「つれないこと言うなよ、心からの賛辞だぜ?」


 顔をくしゃりとさせて笑ってみせるグレゴリーにこれ以上話すこともないと思い、俺は早々に話を切り上げた。


 魔術師だから、友人だから。そんなラベルに意味はない。ハーピーを疲弊させて捕獲するなんて魔術師おれでなくても出来ることだった。

 要するにあいつは俺との「おつきあい」が欲しかったんだろう。顔を見たかったのもあるとは思うが。


「ところで」


 本題はここからだろう。


「いつになったら戻ってくるんだい? 君におあつらえの工房ならすぐに手配できるよ」

「何度聞いても答えは同じだ」


 キッチンに消えたシャルを思う。人の寄り付かない辺鄙な森の奥に工房を構えた理由。


『ヴィンセントは都会に工房を構える予定はないんですか?』


 シャル。

 ネイヴィー・ブラッドは星空の色に似ていますね、と言っていた。それと同じ色をした髪と瞳。夜を溶かした群青色。


『ないな。人が多い場所は煩わしくてかなわん』


 嘆息をして、向かいに座る旧友を見る。ロマンスグレーの瞳は真剣だが、俺と目が合った瞬間諦めたように笑った。言わずとも伝わったらしい。


「そういうことだ。次はもう少し金になる話を持ってこい」

「今回も報酬は弾んでるんだけどね……わかったよ、ヴィンセント。今日は帰るとしよう」


 グレゴリーがダークブラウンのジャケットを手に取った。


「……なあ、ヴィンス」


 帰り際。グレゴリーは珍しく気弱な声で呟いた。


「俺は、君とまた仕事がしたいよ」

「そうだな。俺もお前との商談を楽しみにしている」


 グレゴリーは泣いているみたいに笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔術師のキスじゃ満たされない 有澤いつき @kz_ordeal

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ