episode3 ネゴシエーター②
「なんにせよあなた方にとっては非常に幸運でした」
「悪魔が町に現れたのになにが幸運なものか!」
悪魔が人里に姿を見せることはそれほど多いことではない。間違いなく不幸の極致と呼べる類だが、しかし、少年は平然とのたまう。
「幸運ですよ。町に悪魔が現れた場合、そのほとんどはデモンズイーターが到着前に殺されるか喰われていますから」
「──ッ」
「ではこれ以上の
この少年がデモンズイーターとどのような関係性なのか気にならないと言ったら嘘になる。が、彼が言った通り住民の虐殺は今も続いている。このまま虐殺を許すことになれば、ジルドは責任を取って戦士長を辞することになるだろう。
(それも無事に生き延びられたらの話だが)
どちらにせよジルドに選択肢はなかった。現在までに知り得た悪魔の情報を問われるがまま、この得体の知れない少年に説明するしかない。
「わかった。知り得たことはすべて話そう」
ジルドは話す。自分の舌ではないと思えるほど饒舌に。
少年は時に絶妙な合いの手を、時に鋭い質問を交えながら情報を巧みに聞き出していく。
(本当にこいつはなんなんだ……)
外見は間違いなく少年のそれなのだが、匠の域ともいえる話術は、いつしかジルドに百戦錬磨の商人と話しているような錯覚に陥らせる。
話を終えると少年はさらさらとした髪を左に流し、そのまま美しさすら感じさせる所作で顎に親指を乗せた。
「なるほど、よくわかりました。容姿や強さからいっても相手はカテゴリー
「悪魔に名前なんてあるのか?」
ジルドは言うに及ばす人にとって悪魔は悪魔という認識でしかない。そもそも人間のように強さで大別化しようにも、その前段階でほぼほぼ殺されてしまうので意味がない。悪魔に抗することができる力を持った人間など限られている。
だが、少年は当然のように言う。
「我々は悪魔を狩ることを生業としていますから識別するためにも名前は必要です」
「だとすると神聖騎士団もそうなのか……」
あくまでも独り言で少年に言ったつもりではなかったのだが、しかし、少年は目ざとく反応した。
「二大宗教のひとつ、ぜラーレ教会が保有する神聖騎士団のことは私も知っています。なにせ志を同じくする同業者ですから。ただ私が今口にした名前やカテゴリーなどはあくまでも私が属する組織内での話です。神聖騎士団とは異なると思いますよ」
「組織……」
ジルドは今の言葉で少年がなんらかの組織に属していることがわかった。
「では続きまして交渉と行きましょう」
少年は楽しそうに言って、二つの条件をジルドに提示してくる。
ひとつは討伐報酬の金貨五百枚。もうひとつは討伐した悪魔の所有権が少年、つまり組織に帰属するというものだった。
討伐した悪魔の
「念のために聞くが金貨五十枚の間違いではないよな?」
試しにそう尋ねると、少年は大きな目をさらに大きくして言った。
「金貨五十枚? 金貨五十枚でデモンズイーターを雇えると、本気でそんなことを思っているのですか?」
「そうは言うが金貨五百枚は高すぎる。とてもじゃないけどそんな金は……その……」
「最後そこはかとなく言葉を濁されましたが、それは払えないとの解釈でよろしいですか?」
再び笑みを見せる少年に対し、ジルドはデモンズイーターとはまた違う圧を感じてしまう。
気づけば少年から一歩も二歩も後ずさっているジルドがそこにいた。
「いや……なにもそういうわけでは……」
「まぁあなた方がどちらを選択しても一向に構いません。そもそもこの町に対して私が思うことはなにもありませんので」
相変わらず笑みを絶やすことはないが、金を払わなければ目の前で人々が殺されていようが自分の知ったことではない。この少年は平然とそう言っているのだ。
非道そのものであり、子供が発する言葉では断じてなかった。
「で、どうします? 僕たちもそれほど暇ではありません。状況的にもあまり考えている時間はないと思いますが?」
少年の声が一段低くなったことで、これが最後通告であることをジルドは悟った。それでも額が額だけに返答に窮していると、男の断末魔が耳に飛び込んでくる。
(──ッ⁉)
断末魔であってもはっきりと識別できるその声の主は間違いなくスミスのもの。つまり、自分以外のシュタールが全て殺されたという事実が、もはや金を惜しんでいる場合でないことをジルドに否応なく突きつけてくる。
ジルドは少年を思いきり睨みつけた。
「……絶対にあの悪魔を倒せるんだな?」
「この世に絶対などというものはありません。不確定要素は常に存在しますから」
それでは困ると口を開く前に、少年が言葉を発した。
「まぁ今回に限っては信じていただいて構いません。そのためのデモンズイーターですから」
少年から言質を取り、ジルドは肺の空気を絞り出すように息を吐いた。
「わかった。金は支払う」
「交渉成立ですね」
声を子供らしい高いものへと戻した少年は、右手を差し伸べてくる。
(こんなものは交渉でもなんでもなくただの脅迫ではないか)
はらわたが煮えくり返る思いだが、今この場においては少年が絶対であり、選択肢がないジルドは少年の手を握るよりほかなかった。
手を離した少年は左手に持っている鈍色に輝く頑丈そうな四角いカバンを地面に下ろすと、小気味良い音を立てながら留め具を外していく。そして、中から一枚の紙きれとペンを取り出し、ジルドに差し出してきた。
「ではここに書かれている内容をお読みください。問題がなければ戦士長さんの署名をこちらへお願いします」
内容を簡単に説明するならば、先程の条件に併せて、たとえば悪魔を討伐する過程で建物などの破壊が生じたとしてもなんら責任を負わないなどといったことなどがつらつらとご丁寧に書かれている。
ジルドが半ばやけくそ気味に自らの名を書きなぐっていると、
「そうそう。一応念のためにお伝えしておきますが──」
そう切り出して少年が口にした言葉は、ジルドを震え上がらせるのに十分足るものだった。
少年は今の今までただの一言も言葉を発することなく幽鬼のように立っていたデモンズイーターに初めて視線を向けると、軽い口調で声をかけた。
「出番だよ」
少年の言葉を受けて首元に手を伸ばしたデモンズイーターは、颯爽とマントを脱ぎ捨て姿をあらわにした。
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