episode10 星都ペンタリアを目指して①

 少し冷たさを残した風が大地を優しく撫で、一列に並んで飛ぶ白麗鳥はくれいちょうが大空という五線譜に美しい旋律を乗せていく。

 季節はあらゆる生命が躍動やくどうし始める初春。

 ラ・ピエスタの町を後にしたリアムたちは、星都ペンタリアを目指して北上を続けていた。


(町を発ってから五日。予定通りならそろそろ星都に着くころだな)


 リアムは命を謳歌おうかするように咲き誇る花畑を両側に眺めながら、聖女の依頼内容について思いを巡らす。デモンズイーターに依頼するからには悪魔に関する件で間違いないだろうが、詳細は直接会って話すということなので内容を窺い知ることはできない。


「なあリアム、そもそも星都には例の神聖騎士団がいるのだろう。なぜ組織に悪魔討伐の依頼をするのだ? 全くもってわからんぞ、吾輩」

「さぁね」


 小さな肩の竦みと共に軽く言葉を返せば、太郎丸は呆れたような溜息を落とした。


「リアムにしては随分と呑気なことだな。神聖騎士団は同業者だが我々とは水と油の関係だ。なにかの罠ということも十分考えられるぞ。ノコノコと姿を見せた吾輩らを亡き者にしようと画策しているのかも知れん」

「太郎丸は随分と想像力豊かだね」

「その口ぶりだとまるで疑っていないようだが可能性は0ではあるまい」

「水を差すようで悪いけど0だね。聖女直々の依頼だよ。そんな騙し討ちみたいな真似をすればそれこそ聖女の沽券に関わる」


 太郎丸はフンと鼻を鳴らし、


「人間の本質は騙し合いではないか。まぁいい。精々警戒は怠らぬことだ」


 太郎丸の言い分もわからなくはない。悪魔が現れたというのなら配下の神聖騎士団を動かせばいいだけだとリアムも思う。なにかと反目し合う組織に属するデモンズイーターに依頼を出してきたのが異例の事態なのだ。


「もちろん警戒を怠らないのは大前提の話さ。本音を言えば組織も依頼を受けたくはなかったんだろうけど、聖女直々とあっては無下に断ることができなかったと僕は踏んでいる。なぜならこの世界において聖女は別格の存在だからね。だからこそ組織も僕らに白羽の矢を立てたんだと思うよ」

「そうだな。たとえ罠があるにしても吾輩がいる限り問題ない。組織が吾輩擁するリアムたちを送り込んだ判断は正しい」


 尻尾をピンと立てて誇らしげに言う太郎丸に対し、リアムは口を開かずただ微笑むだけに留めた。


(ま、罠があろうがなかろうが僕個人とすれば貰うものさえ貰えればそれで構わないけど)


 春の時期にしか咲かないという睡蓮花すいれんかの甘い蜜に群がる蝶たちをなんとはなしに眺めながら歩いていると、隣を歩くアリアから肩をチョンと突かれた。


「なんだい?」

「うしろからなんかく……る」


 アリアにそう言われて来た道を振り返って見るも、どこまでものどかな風景が広がるばかり。だが、アリアが適当なことを口にしないのは誰よりもリアムがよく知っている。


「リアム、アリアの言っていることは正しいぞ」


 耳をしきりに動かして太郎丸もアリアの言葉を肯定する。

 リアムは頷いた。


「わかっている」


 リアムが足を止めてその場でしばらく様子を窺っていると、荒々しく地面を蹴る蹄の音と共に一台の豪華な馬車を視界に収めた。尋常でない速度で走る馬車に御者はいなく、代わりに一見するだけで高貴な出だとわかるドレス姿の女が必死な形相で手綱を操っている。


(まずいな)


 馬車に轢かれる心配をしているわけではない。とにかくもリアムが回避の行動に移るよりも先に、女がこちらに気づいたのを表情から悟った。

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