episode9 小さな別れと報奨金②

 ──戦士ギルド・風見鶏


 ギルドの前に到着したリアムは中に入ろうとする太郎丸を呼び止めた。


「悪いけど太郎丸はここで待ってて」

「……なぜだ?」

「なんでも」

「それではなんの説明になっていないがまぁよかろう。酒と汗臭さが充満しているむさいところにわざわざ好き好んで行きたいとも思わんからな、吾輩」


 太郎丸は前足を地面に滑らせるようにして座ると、交差した前足に頭を乗せて鼻息をひとつ鳴らす。


「すぐに戻るから」


 言ってリアムが両開きの扉を押し開くと、それまでの喧騒が嘘であるかのようにピンと張り詰めた空気が部屋を支配し、店内にいる人間全てが二人に視線を向けてくる。

 視線の種類は様々だった。恐怖や嫌悪はもちろんのこと、中には殺意を瞳に宿す者もいる。これには呆れるを遥か彼方に通り越して、リアムは思わず笑ってしまった。


(まるで僕たちが町の人間を殺したって言わんばかりだ)


 町を悪魔の手から救った者に対する態度ではないのは明らか。だがこれも毎度のことだと受付カウンターで顔を強張らせている戦士長に声をかけようとした矢先──。


「てめぇ、なにへらへら笑ってやがる。俺たちを馬鹿にしているのか?」


 見ればアイゼンのプレートを首からぶら下げた男がゴブレットをテーブルに叩きつけながら凄んでくる。

 リアムの唇は自然と歪なものに変化した。


「笑ったからなんだというのです。それともここは笑うと法にでも触れる場所なのですか?」

「このクソガキがッ‼」


 怒りを露わにして立ち上がる男へ、リアムは動じることなく冷ややかな視線を浴びせた。


「僕らは基本人間を相手にしませんが、だからといって降りかかる火の粉を払わないわけではありません。たとえそれが取るに足らない火の粉だとしても」


 リアムは男の首元に無言で手を伸ばそうとするアリアを視線で制した。


「ひぃぃっ!」


 一転してその場で腰を抜かした男は、床を這いずるようにして外へと逃げていく。


(高々数十歩の距離を歩いただけでこれだ)


 重い息を吐き、リアムは改めて戦士長に声をかけた。


「報酬を受け取りに来ました」

「あの言葉を話すけったいな犬は一緒じゃないのか?」

「連れてきたほうがよかったですか? 外に待たせているので呼べばすぐにきますが」

「……配慮ができるならデモンズイーターも外で待たせておけよ」

「それはむ……り」


 リアムが口を開くより先にアリアが言う。フード越しのアリアに見つめられた戦士長の顔に怯えの表情が広がった。


「デモンズイーターは私の護衛でもあります。誰のおかけで昼間からのんびり酒を飲むことができるのか、そのありがたさも理解できない恥知らずな人間はいくらでも湧いて出てきますので」


 男が出て行った入口に視線を流せば、戦士長は両手を上げて言った。

「わかった。俺が悪かった」


 戦士長が受付カウンターの奥に向けてぞんざいに顎をしゃくると、緊張を幾重にも顔に塗り固めたような女が姿を見せた。


「こ、こちらをお確かめください」


 声と体を震わせながらリアムの前に盆を差し出した女は、逃げるようにカウンターの奥へと戻っていく。盆の上には白い輝きを放つ聖金貨が全部で五枚、等間隔に並べられていた。

 リアムは右から二番目の聖金貨を手に取りピンと指で弾く。空中を小気味よく回転する白金貨は、再びリアムの手に収まった。


「うん。間違いなく本物ですね」


 リアムが懐に残りの白金貨を収めていると、戦士長の口から舌打ちが放たれた。


「当たり前だ。こちとらこれでも真っ当な商売をしているんだ。大体そんな確認方法で本物かどうかなんてわかるわけないだろう」

「そんなことはありません。重さや音の響きで真贋はいくらでも可能です。これでも聖金貨の扱いには慣れていますので。疑ったことは謝りますが、金額が金額なので私としても確認を怠るわけにはいきません。実際過去には報酬を誤魔化そうとした輩もいましたので」


 リアムの言葉に戦士長は目を細めた。


「ちなみに誤魔化した奴はどうなった?」

「さて、どうなったと戦士長さんは思います?」


 リアムが薄く微笑むと、戦士長はゴクリと派手に喉を鳴らした。


「い、いや、別に言わなくていい」

「それが賢明です。僕らは慈善事業で悪魔殺しを生業にしているわけではありません。余計な好奇心は災いを生む元となりますから」


 熱の引いた笑みを浮かべたまま周囲を見渡せば、こちらを向いていた者たちの首がまるで示し合わせたかのように反対方向を向く。

 リアムはフンと鼻息を落とした。


「では我々はこれにて失礼します。また機会があればご贔屓に」

「冗談じゃねえ。こんなことは二度とごめんだ」

「それもそうですね──アリア、行くよ」


 いつの間にか震える従業員のスカートを掴んでいたアリアに声をかける。アリアがコクンと頷き従業員から離れると、従業員はヘナヘナとその場に座り込んだ。


「あの従業員のスカートが気になったの?」

「とても可愛かっ……た」

「ふーん……」


 耳長兎の刺繍が大胆に施されたスカートを一瞥して歩みを再開させると、


「これから町を出るのか?」


 背後から声をかけてくる戦士長に、リアムは足を止めることなくそうだと答える。戦士長はさらに質問を重ねてきた。


「そもそもお前たちはどこに向かっているんだ?」


 リアムはピタリと足を止めた。


「……同じことを二度口にするのは実に非効率なことだと思いませんか?」

「別に好奇心から聞いているわけじゃねぇ。単なる警備上の理由からだ」


 振り返らずとも戦士長が憮然としている様子がよくわかる。ただ、町を出るのに警備上の理由とはどういうことかと首のひとつも傾げたくはなるが、そもそも行き先を知られたところで特段困ることもない。

 故にリアムは正直に答えた。


「聖女様の依頼で星都ペンタリアに向かうところです」


 一瞬の静寂が部屋内に満ちたのも束の間、すぐに大きなどよめきが巻き起こる。リアムとアリアは彼らの反応に構うことなく、戦士ギルド風見鶏を後にするのだった。

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