episode11 星都ペンタリアを目指して②

「──きゃっ⁉」


 こちらに気づいた女が避けようと手綱を慌てて引くよりも早くリアムを抱きかかえたアリアと太郎丸が瞬時に跳躍、手近な岩の上へと着地した。馬車に激突されるという最悪の事態は免れたのだが。


(思った通りの結果になってしまった……)


 無茶な速度と強引に手綱を引いたことがが災いし、女が操っていた馬車は馬ごと横転した。馬車から勢いよく放りだされた女は、道を大きく逸れた先の花畑に埋もれている。

 その様子をアリアに抱きかかえられた状態で眺めていると、さらに後方から駆けてくる複数の馬蹄の音を耳にした。


「ははっ! 馬鹿が! 運転を誤りやがったぜ!」

「やはり運は俺たちにあるな!」

「いやっほう! 金だ金だ! これから浴びるほどの金が俺たちのことを待っているぜ!」


 女を追いかけていたと思われる三人の男たちが馬から次々と飛び降り、横転している馬車に我先へと駆けていく。

 息を吐いたリアムはゆっくりと顔を上げた。


「アリアさん、そろそろ下ろしてくれませんか?」

「また馬車が突っ込んでくるか……も。危険、超危険」

「そんな奇跡はそうそうないよ」

「主はおっしゃいました。願えば奇跡は再び起きるものだと」

「なんで願うの⁉」

「…………」

「アリア」

 

 聞く耳を持たないアリアにリアムが嘆息していると、太郎丸の鼻がアリアの足をちょんと突いた。


「アリア、下ろしてやれ。男子おのこ女子おなごに抱っこされたままというのはそこそこに恥ずかしいことなのだ。美形とくればなおさらだ」

「そうな……の?」


 覗き込んでくるアリアから逃げるようにリアムの首は後ろに反れる。太郎丸が意識させる言葉を口にしたため、自分でもわかるくらいには顔が熱くなるのがわかった。

 アリアは飽くことなくリアムの顔を見つめると、


「おろ……す」

 

 アリアは満足した顔でリアムを岩の上にそっと下ろした。他人から見ればアリアの表情は一切変わっていないように見える。が、リアムにはわかる。それはもうかなりの満足顔をしているのだ。


(なんか、なんか納得がいかない)


 内心で不満を漏らしていると、下卑た声が聞こえてくる。リアムの意識は再び男たちに向けられた。


「おいおい、女がどこにもいねえじゃねえか! まさか逃げやがったのか?」

「あの速度だ。きっと馬車から放り出されたんだろう。間違いなくそこらへんに転がっているはずだ。探せ探せ!」

「お嬢ちゃーん! 食べたりしないから出ておいでー!」

「今は、だろ?」


 汚らしい笑い声を上げながら女を探し始める男たちを見やりながら、リアムは親指に顎を乗せた。


(さてさて、これからどうしたものか……)


 一番簡単なのはこのまま見捨てることだ。なにせ助ける義理など全くない見も知らぬ女だ。状況から察するに、男たちは野盗か傭兵崩れの類で間違いないだろう。

 幸いなことに目の前の獲物に夢中でこちらに気づいている様子はない。今なら気取られることなくこの場を立ち去れるのだが……。


(あのまま逃げ切れたかどうかは別にして、あそこに僕たちがいなければ少なくとも馬車が横転することはなかった。そう考えると僕たちに責任の一端がないこともないよなぁ……)


 依頼を抱えている中で自ら面倒ごとに足を突っ込むのは愚の骨頂。そんなことは重々承知の上リアムはアリアの顔を見た。


「助けてあげる……の?」

「まぁ道の真ん中に突っ立っていた僕らにも責任があるしね」

「立っていたのではない。吾輩らは歩いていただけだ」

「まぁ同じようなものだよ」


 大袈裟に肩を竦めてそう言うと、アリアは微かに笑んだ。


「なにかおかしなことでも言った?」

「アリアはな、リアムがすな──⁉」


 アリアは太郎丸の口を両手で塞ぎながら、


「おかしくない。やっぱりリアムは優し……い」

「……別に優しくなんかない」

「ううん。いっぱい優しい」


 さらに笑みを深めるアリアに対してリアムができることと言えば、抗議の意味を込めて頭を掻き毟しることだけだった。


「おい! こっちにいたぞ!」

「──なんだこいつ、呑気に気絶しているのか?」

「生きていればなんでもいいさ」


 女を見つけたらしい男たちははしゃいだ声を上げている。


「行くよ」


 岩から飛び降りたリアムは、アリアと太郎丸の返事を待つことなく男たちの下へと向かった。

 

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