episode7 宿屋木漏れ日にて②
──宿屋木漏れ日。
各テーブルに置かれたランプが上品な彩りで店内を仄かに照らす。
ラ・ピエスタの町で一番の高級宿に泊まっているリアムとアリア、そして太郎丸は、共にテーブルを囲みながら少し早めの夕食を摂っていた。
「今日の
椅子の上に置いた専用のクッションに座る太郎丸は、自らの肉球と爪を駆使してナイフとフォークを動かしている。
毎度毎度器用なことをするなと思いながらリアムは答えた。
「シェフに石ころを渡したって喜びはしないよ」
「馬鹿なことを。リアムも見たであろう。あの石の豊潤で美しいさまを。人間が馬鹿みたいにありがたがる金なんかよりよっぽど価値のある代物ぞ」
太郎丸は道端に落ちている綺麗な小石を集めることが趣味としているのだが、リアムから見れば不恰好と言える小石を嬉々として集めているのだ。
犬と人間の美的感覚は違うのだといつも思い知らされる。
「千歩くらい譲って価値があるのかもしれないけど、少なくともシェフにはお金を渡したほうが喜ぶと思うよ」
「いつもながらにあんなゴミのような鉱物に価値を見出す人間の気持ちはわからんが、あんなものでも喜ぶなら後で渡してやってくれ。ちゃんと吾輩からの心付けであることを忘れずに言うんだぞ」
「はいはい」
適当に返事をしつつ、リアムはアリアに視線を向けた。
「……ところでアリアは毎日同じものを頼んでいるけど、そんなにその料理が気に入ったの?」
アリアは口いっぱいに鳥肉を頬張りながら返事の代わりに頭を小刻みに振っている。
星都に向かう道中で行商人からたまたまこの宿で提供されるタカン鳥のスパイス焼きが絶品だと聞きつけるや否や、アリアは強烈なる眼差しをリアムに向けてきたものだ。
幸い時間には大分余裕があったため、予定になかったラ・ピエスタの町に数日滞在することになって現在に至る。
(しかしこんな田舎町にまで悪魔が出るとはね。悪魔たちの活動が活発化しているのは間違いなさそうだ)
理由は未だ明らかとなっていないが、およそ十年周期で悪魔が活発化することが組織の調べで判明している。
組織が皮肉を込めて〝御光臨〟と呼ぶそれは今年始まったばかりだ。
(組織の話だと少なくとも一年は続くと言っている。今年は例年以上に忙しい年になりそう……)
突然リアムの視界を横切ったジャガイモが、次の瞬間には床の上をコロコロと転がっていく。
その様子を眺めていたリアムが顔を上げると、触れ合うほどの近距離にアリアの真顔があった。まるで恋人のように見つめ合う時間が流れたのも束の間、アリアは椅子から静かに腰を浮かせる。
リアムは即座に手を伸ばしてアリアの行動を静止した。次に彼女がなにをしようとしているのかリアムには手にとるようにわかるからだ。
「アリア」
「30秒ルー……ル」
「そんなルールはないから。落ちたものを食べようとしないの」
「そうだぞアリア、犬じゃないんだから落ちたものなど食うなよ」
真顔でアリアに説教する太郎丸をリアムはジッと見つめた。
「どうした?」
「別に……とにかく太郎丸も言ってた通り落ちたものは食べちゃ駄目だよ」
「……ニャアニャア」
「猫でも駄目だから」
呆れながらにそう言うも、アリアは一向に止めようとしない。それどころか両の手を丸めて猫の仕草まで始める始末。
可愛らしい仕草ではあるのだが、だからといってアリアの行為を許すわけにはいかない。こちらが恥ずかしいばかりでなく、デモンズイーターの
リアムは溜息をひとつ吐き、テーブルに置かれた呼び鈴をリリンと鳴らすと、今年十三歳になるというこの宿の娘であり従業員でもあるペトラがやってきた。
「お呼びですか!」
「デザートに
「だから太郎丸ちゃん。うちに饅頭はおいていないって言ってるでしょう」
「む、そうか。では辛子饅頭をもらおうか」
「だーかーらー、辛かろうが甘かろうがうちに饅頭は置いてないの」
呼んだリアムそっちのけで会話を始める太郎丸とペトラに対し、リアムは大きな咳払いをして注意を向けさせると、床に落ちたジャガイモをこれ見よがしに見つめた。
「ん?……ああ、落としちゃったの。しょうがないわねー」
ペトラはやたらお姉さん風な態度を見せながら手にしたナプキンで落ちているじゃがいもを掴み取る。
リアムは湿り気の帯びた目をペトラに向けた。
「一応言っておくけど僕が落としたわけじゃないから」
「え? そうなの?」
ペトラは意外そうな表情で言う。思った通りだとリアムは嘆息した。
「じゃあ──」
「吾輩でもないからな」
機先を制して太郎丸が皿のじゃがいもを丁寧に切り分けながら否定する。ペトラの視線が自ずと残されたアリアに向けられれば、アリアはなぜか勝ち誇ったかのような表情で頷いた。
「アリア様が落とされたのですか。服は汚れませんでしたか?」
気遣わしげに服の汚れを確かめるペトラに、アリアは親指を立てて言う。
「だいじょう……ぶ」
「それはよかったです」
アリアに屈託のない笑みを向けるペトラは、聞いてもいないのに自分のことをよく喋る少々面倒くさい少女だ。そして、デモンズイーターであるアリアを全く怖がらない
以前興味本位でなぜデモンズイーターと太郎丸を怖がらないのか尋ねたところ「女神様みたいな美しい顔をしているのになんで怖がる必要があるの? 喋るワンちゃんだって別にいてもいいじゃない」と、少女らしからぬ懐の大きさを見せつけてきたほどだ。
リアムが厨房に視線を向ければ、様子を窺っていたらしい従業員たちが慌てて目を逸らした。
(そうそう。あれが普通の反応)
太郎丸のことはひとまず置いとくとしても、ペトラ以外の従業員はたとえ客だとしてもデモンズイーターには極力関わりたくないとの思いがある。一方のリアムにしてもアリアには極力関心を持ってほしくはないが、安くはない宿賃を前払いしている以上最低限のことは行ってほしい。
双方の利害は完全に一致し、リアムたちの応対はペトラに一任されていた。
「とにかくアリアに追加でジャガイモを頼める?」
「わかりました。リアムちゃんもジャガイモいるかなー?」
ペトラは馴れ馴れしい手つきでリアムの頭を撫でてくる。リアムが無然とした表情で必要ないことを冷たく告げれば、
「しっかり食べないとおっきくなれませんよー」
と、ペトラは華やかな笑みを残しながら軽い足取りで立ち去っていく。
(大きなお世話だ)
彼女の後ろ姿を見つめながら内心で舌を出していると、アリアがツンツンと頬を突いてきた。
「なんだい?」
「これも皿から消え……た」
差し出された皿の上には確かに何もない。リアムは鼻息をひとつ落として言った。
「消えたんじゃなくてアリアが食べたんだろ?」
「そうとも、いう」
アリアは訴えかけるような目をリアムに向けてくる。事実訴えているのだろう。私はまだまだ物足りないのだ、と。
リアムは深く椅子にもたれた後、再び呼び鈴を手にするのであった。
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