クレオパトラが聞いている

夢月七海

クレオパトラが聞いている


 お風呂から出て、リビングに入ると、カーペットに不自然な膨らみにあった。

 また、クレオパトラが隠れているんだ。私はそっとそのカーペットに近付き、その膨らんでいる部分をめくった。


 にゃーと弱々しく鳴きながら、クレオパトラが出てきた。白地に、黒と灰色の縞々の長い毛をゆっくりと揺らす。

 びっくりした時に、カーペットに潜り込む癖があるので、歴史上のある逸話からこの子はクレオパトラと名付けられた。不安を紛らわせてあげようと尻尾を掴もうとしたら、するりと逃げてしまった。


「どうしたの?」


 クレオパトラはリビングの隅に座って、じっと見据えている。何か言いたげな彼女に問いかけても、緑色の宝石のような瞳でこちらを見据えているだけだ。

 もう一度近付くと、おでこを撫でることができた。


 指の間で、柔らかな毛をいていく感覚がとても気持ち良い。長毛種なんて、毛がたくさん抜けて、夏は暑苦しくて大変なだけだと思っていたけれど、この子と触れ合って、その考えを改めた。

 そんなクレオパトラは顔を上げて、私の右手首を嗅いでいた。私が絶えず手を動かしているので、無理な体勢になっても必死に追いかけている。


「クレちゃん、いい子いい子」


 しばらくして、私はクレオパトラの元を離れた。

 そのままリビングから廊下に出ると、開いたドアの隙間を、クレオパトラが一瞬で通り抜けた。


 クレオパトラは廊下で曲がって脱衣所に走っていったので驚いた。私もその後追いかける。

 電気の点けっぱなしのお風呂場のすりガラスのドアを、クレオパトラはひっ掻いてた。水が苦手なはずなのに、どうしたんだろうと思って気が付いた。


「ちゃんと閉めていても、聞こえていたんだね」


 猫ってなんて耳がいいんだろうと、感心してしまう。


 私はバスローブを脱いで、裸になった。籠の中の折りたたまれたバスタオルを手に取る。

 お風呂場のドアに近付くと、クレオパトラは私をよけて、洗濯機の横に隠れた。顔だけでこちらを見ている。その目は、怯えているようにも責めているようにも見える。


 お風呂場の中には、背中にナイフが刺さったまま俯せになった、彼の姿があった。もう息はしていない。

 一緒にお風呂入ろうと言った時に、怒ってないんだねと喜んでいた彼の髪を梳く。後ろでは、クレオパトラがまたガリガリとドアに爪をたてていた。


「クレちゃん、ご主人のこと心配してるよ。モテモテね」


 私はそう言って、タオルで挟んでいたのこぎりを、彼の二の腕に当てた。
























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クレオパトラが聞いている 夢月七海 @yumetuki-773

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