第106話

「あいつ誰だよ」


 誰かが言った。一つ聞こえると四方八方から同じような声が聞こえてくる。


「ロミオじゃなくね?」「有薗君は?」「なんであんな奴が」「空気読めよ」


 当然の反応だ。あの劇を観た後なら、サユリと俺が並んでいることに疑問や不満を抱く人も多いだろう。


「気にしちゃダメよ?」


 サユリが心配そうに見つめてくる。「大丈夫」と返したが、サユリの顔は曇ったまま。本人じゃなくても自分と仲のいい人が悪く言われたら誰だってそうなる。それだけではなくて、サユリの場合、責任を感じているようだ。決してそんなことはないのに「私のせいで」と自分を責めている。

 俺としては外野の声よりも元気のないサユリを見る方がつらい。せっかくさっきまであんなに楽しかったのに。

 しばらくは気にしないように続けていたのだが、状況が変わることはなく、耐えかねたサユリは「やっぱりやめよっか」と踊りを中断して俺の手を引っ張った。


「もうちょっと踊ってたいけど……これじゃ楽しめないもんね。ごめんね。私が衣装のままなんて提案しなきゃこんなことにならずにすんだのに」


「俺は大丈夫だけど……本当にいいのか?」


「うん、ちょっと残念だけど、せっかくの文化祭なのに後味悪くなるのやだもん。ありがとね、私の我が儘に付き合ってくれて」


「そっか……だったらさ、俺の我が儘も聞いてくれないか?」


「え?エツジの?いいけど……なにするの?」


「少しの間俺に体を預けてほしいんだ」


「へ?!ちょ、いきなりなに言ってるのよ?!」


「あ、いや、変な意味じゃなくて、もう少しだけ踊りたいなって思って」


「そ、そういうことね。でも周りがこれじゃ……」


「大丈夫。俺に任せて」


 返事を聞く前に今度は俺がサユリの手を引っ張って自ら渦の中心部に戻った。深く息を吸って周りを見渡してみると、改めて大勢の人が俺たちに注目していることを実感する。

 そんな中でも俺が冷静でいられたのは、原動力が自分ではなくサユリだったからだ。


「じゃあサユリ、お手をどうぞ」


「え?こ、これでいいのかしら?」


 サユリの右手に俺の左手を組み合わせ、逆の方の手は後ろに回して肩甲骨辺りに添える。そのままそっと身を寄せて姿勢を正し、流れている音楽に耳を澄ませる。


「ちょ、エツジ?!」


「最初はゆっくりやるから、俺に合わせて」


 小節と小節の合間、タイミングを見計らって俺たちはもう一度踊り始めた。


 初めて後夜祭に参加するにあたって、「備えあれば憂いなし」が座右の銘の俺は念の為に事前に準備をしていた。まさか本当に披露するとは思っていなかったが、無駄に終わるよりよかったのかもしれない。

 後夜祭でみんなが踊るのはフォークダンスやチークダンスがほとんどの割合を占めている。一部、ダンス部のようにジャンルにとらわれず踊っている人もいるが、大抵は未経験者なので周りに合わせて踊っている。俺とサユリも一度目はそうだった。そして今、二度目に披露しているのは、それよりも本格的な社交ダンスだった。

 本格的といっても、所詮は付け焼き刃なので経験者から見たら下手くそだと思われるだろうが、知らない人が見るとそれっぽく見えるはずだ。俺は昔から動きの特徴を捉えるのが得意だったので自信はあった。


「ちょ、ちょっとエツジ?もしかしてこれ……練習してたの?」


「ちょっとだけな」


「でも私、社交ダンスなんてできないよ?」


「大丈夫だって。ゆっくりでいいから。まずは足の動きを合わせて。ほら、左、右、左、右」


 社交ダンスの種目はいくつかあるが、俺が予習してきたのはワルツ。代表的な種目と言われるだけあって参考資料となる動画も多く、練習するにはうってつけだった。基本的な足の運び方、移動パターン、動きの緩急や姿勢、知っておくだけでも大きく違う。

 俺の動きにサユリは戸惑っていたが、それも想定してどのように擦り合わせていくかもイメージしてきた。体重移動や声かけを通して、歩幅とテンポを少しずつ体に馴染ませる。


「うん、いい感じ。さすがサユリさん、お上手で」


「ぜーったい嘘でしょ。こっちは必死なんだからね?」


 口ではそう言いながらも感覚を掴むのが早かったサユリ。いつの間にか細かい指示がなくても俺の動きに合わせられるようになっていた。

 慣れてくると徐々に移動範囲を広げていく。俺たちを囲むようにしてできたスペースを贅沢に使いながら、周囲の人たちにあえて見せつけるように堂々と前を通り過ぎていく。


「ねえ?いいの?これじゃ余計に目立っちゃうわよ?」


「うん、むしろそれが狙いだから」


 近づくと俺たちを見ている人たちの表情が視界に入る。ざわざわしているのに変わりはないが、その見る目はさっきまでの否定的なものと少し違っていた。


「なんか凄くない?」「結構よくね?」「二人とも楽しそう」「ていうか意外とお似合いかも」


 じわりじわりと、俺たちの熱意が波紋のように広がっていく。

 この流れを逃してはいけない。

 

「サユリ!いくよ!」


 掛け声と同時にくるっと円を描くようにサユリの手を引く。サユリは誘導されるがまま軽やかに一回転した。

 不思議な感覚だった。見様見真似でもなくて、ただイメージしただけだった。それなのに体は自然と動いて、サユリも俺の動きにピッタリと合わせてくれた。

 ターンが決まると、風向きが変わったように歓声が湧き上がる。ふわりと舞い上がった赤いドレスは、俺の唐突な無茶ぶりに華を添えてくれたようだ。

 それからも俺たちは無我夢中で踊り続けた。俺もサユリもこの状況を楽しんでいて、周りの視線を気にしている暇はなかった。

 ハッと我に返ったのは、息を切らしながら大勢の前で深々とお辞儀をしていた時だった。

 顔を上げて見渡してみると、いつの間にか俺たちを囲む円は体育館いっぱいに広がっていて、肌で感じる程の盛大な拍手が鳴り響いていた。

 予想外の光景に困惑していると、同じくきょろきょろとしているサユリと目が合った。


「なんか……凄いことになっちゃったわね。……この後どうするの?」


「さすがにもう満足したかな。ちょっと休憩したいかも」


「そうよね。ちょっと疲れちゃったわ。でもどうやってここから抜け出すの?」


 この状況でこそこそと出て行くのは難しいし逆に目立ってしまう。それならばあえて堂々と退場まで演じ切るのが一番よさそうだ。

 俺とサユリは手を繋いだまま両手を上げ、送られてきた拍手と声援に応えるよう大袈裟に振舞った。ひとしきり受け止め終えたら、サユリをエスコートしながら正面出入口までゆっくりと歩き、最後に振り返ってもう一度深くお辞儀をした。途中、声をかけられることもあったが、堂々としていたおかげかしつこく付きまとわれることもなく、無事に退場することに成功したのであった。


 


 




 

 




「どうやら俺らが行かなくてもどうにかなったみたいだな」


「うむ、さすがはエツジ。それにしても残念だな。せっかく俺たちで乱入してやろうと思ってたのに」


「てかエリカはよかったのか?その……なんていうか……」


「あら、別に気を遣わなくてもいいわよ?あなたたちどうせ気づいてるんでしょ?私たちの気持ち」


「え、あ、やっぱり?なんだよ、気ぃ遣って損したっての。んで、よっかたのか?」


「別に問題はないわ。サユリにも少しくらいはチャンスあげないと公平じゃないものね」


「え?その言い方……もしかしてやっぱなんかあったのか?なぁ?おい、どうなんだよ?」


「そ、そうだぞ!お前たちには色々と聞きたいことがあるんだ」


「フフフ……さぁ?どうかしらね?」

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