第105話

 一年四組の出し物が終わり、残すは後夜祭。一般のお客さんはここで帰ることになる。

 後夜祭開始までは少し時間が空いて、その間は各々のクラスの片付けや清掃する時間となっている。と言っても本格的な片付けは後日で、一旦区切りをつけて休憩するなり準備するなり、クラス単位で使い方は違ってくる。俺たちのクラスは食品を扱っているので、当日中にやっておかなければならないことをこの時間に済ませる。


「あれ?二宮君着替えないの?」


「あーいや、せっかくだから最後までこの格好でいいかなって。変かな?」


「ううん、変じゃないよ。後夜祭はそこまで厳しくないから仮装したままの人も多いみたいだしね。でも二宮君はそういうタイプじゃないと思ってたから」


「あはは……まあそうなんだけど……たまにはね」


 内山君の言う通り、俺も後夜祭までに着替えるつもりでいた。サユリに言われるまでは。

 劇が終わった後、少しだがサユリと話す時間があった。


『エツジ!どうだった?私上手くやれてた?』


『お疲れさん。めちゃくちゃよかったよ。サユリもコウキも演技上手かったし、セットも衣装もクオリティ高くて見応えあった。これは大成功って言っていいんじゃないか?』


『ホント?よかったぁ。練習した甲斐があったわ。エツジのおかげね』


『俺はなにも……それよりいいのか?みんな向こうで集まってるけど。片付けとかあるんじゃないのか?』


『うん、だからすぐ戻らなきゃいけないんだけど……エツジに言い忘れてたことがあって一瞬抜けてきたの』


『言い忘れてたこと?なに?』


『着替えないでほしいの。エツジは嫌かもしれないけど、せっかくだから仮装のままで後夜祭に参加してほしくて……私も衣装で参加するつもりだから……できれば一緒に……ダメかな?』


 劇を終え、頑張ったサユリのお願いを断るわけもなく、俺はこのまま参加することを決めた。

 一つ懸念すべきは目立ってしまうということだが、そこに関して悩むのはもう遅い気がする。相手がサユリというだけである程度腹を括っている。劇最後のシーンでサユリの衣装が派手ではなかったのがせめてもの救いだ。


「おーい、二宮君たちの方はどう?終わりそう?」


「もう終わる。そっちは?」


「うちらは今終わった。てことはそれ終わったら少し休憩だね」


 俺たちのクラスのコスプレ喫茶も好評だったようで、余りものも少なく、後片付けも楽に済んだ。

 休憩中、スマホを取り出してLINEを開いてみるも、依然マコトの既読はついていない。電話もかけてみたが、やはり応答はなかった。家に帰ってすぐ寝たのであれば当然のことだが、いやに気になってしまう。

 結局マコトからの返事はないまま、体育館へ促すアナウンスが流れたので移動する。


 まず最初に簡易的な閉会式を行う。この時点で堅苦しいものではなく、緩い空気で進行していた。今日がハロウィンというだけあって、周りを見ると俺以外にも仮装している人がチラホラ見受けられる。それ以外にもクラスTシャツを着ている人等、割と自由な服装の人も多く、俺だけ浮いているというわけではなくて安心した。

 閉会式が終わるといよいよ後夜祭が始まる。

 後夜祭は生徒主体で行われるので、生徒会と文化祭実行委員が指揮を執って進められる。会長と委員長の労いの言葉から始まり、それが終わると会場に音楽が流れ始める。

 後夜祭のダンスは元々フォークダンスが原型だったらしいのだが、年を追うごとに変化していき、今では「自由に踊り騒いで楽しむ」というコンセプトで運営されている。ただ最初だけは全員で何重もの輪を作って、形だけでもフォークダンスのようにしてスタートする。

 数分経つと輪が崩れ始め、やがてダンスフロアのように学年関係なく入り乱れるようにして賑やかになった。

 前の方では実行委員たちがお手本のような軽快なステップを踏み、仮装した生徒会はペアを作って踊っている。中央ではダンスに自信がある人が集まって腕前を披露し、それを囲む生徒たちも熱を受けて体を揺らして騒いでいる。男同士、女同士で集まってふざけ合ってる人たちもいれば、甘い空気を醸し出す男女のペアもいて、端の方にはその光景をボーっと眺め一息ついている人や談笑している人たちもいる。

 三者三様、それぞれ思うように過ごして楽しんでいた。


「エツジ!ここよ!」


 サユリと合流する為、揺れ動く人を避けながら探していると、俺を呼ぶ声が聞こえた。その声が聞こえる方に近づいていくとようやくサユリを見つけることができた。のだが、


「え?サユリ……それ……」


 サユリの衣装は別れた時と違っていて、今目の前に立っているサユリは派手な赤いドレスを纏っていた。いつかの試着の時に見に行った、舞踏会のシーンで着用していた、優美で煌びやかな、あの赤いドレスだ。


「着替えたのか?」


「うん。せっかくだからこの衣装で参加したくて。……どうかな?」


「え?ああ、うん、似合ってるよ。あまりにもよすぎて語彙力がなくなるくらいには」


「フフ……なにそれ?でもありがと。嬉しいわ」


 俺たちの周りが混雑しているのは、近くを通る人が目を奪われ足を止めるからだろう。無理もない。着飾るサユリはそれ程に魅力的だった。


「どうする?とりあえず私たちも踊る?」


「そうだな。一応エスコート頑張ってみるけど、たどたどしいのは許してくれよ」


「えー?期待してるわよ?」


 俺が差し出した手にサユリがそっと手を重ねる。その手を引いて、俺たちも軽いステップを踏みながら音に流されていく。


「大丈夫かな?私できてるかな?」


「大丈夫だって。そんなガチガチのダンスじゃないから。ゆるーくでいいんだよ」


「そういうエツジだって緊張してるように見えるけど?」


「……バレてた?サユリの雰囲気がいつもと違うからなんか緊張しちゃうんだよな」


「それってドキドキしてるってこと?」


「……まあ……そんな感じ」


「エヘヘ……それは着替えた甲斐があったわね。前に見せた時はなにも言ってくれなかったもんなぁ」


「あれ?そうだったっけ?似合ってるって思ったのは覚えてるんだけど」


「エリカのことばっか考えてたみたいだし?」


「それは……悪かったって。あんまいじめないでくれよ」


「アハハ!もーしょうがないなー。今日楽しかったから許してあげる」


 会話が弾むごとに足取りも弾んでいく。ぎこちなかったサユリの動きも滑らかになり、ただ純粋にこの時間を楽しんでいる。それを見て、俺も嬉しくて、楽しくて。

 あまりにも充実したひと時だった。俺もサユリも没頭していて周りなんて見えていなかった。

 その結果、俺たちを囲む人数が徐々に増えていることに気づかず、気づいた頃にはすでに大きな渦のようにして注目を集めていたのであった。

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