第104話

 次に舞台上に現れたのはよくできた裏庭のバルコニーのセット。

 舞踏会で恋に落ちたと同時に、その相手が対立している家の一人息子だと知ったジュリエットは裏庭のバルコニーで一人嘆く。


「おお、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの―――」


 ロミオとジュリエットをよく知らない人でも、このセリフは聞いたことがあるという人は多いようで、サユリの台詞に「おぉー」と感嘆の声が上がる。


「誰?そこにいるのは?誰なの?」


「僕だよジュリエット」


「その声は……ロミオ!ロミオなのね!」


 そこへロミオがやって来て、お互いの気持ちを確かめ合う。


「あなたを思うあまり、気がついたらここへ来ていたんだ。まるで月に誘われるかのように」


「嬉しいわ。きっと月の女神様が願いを聞いてくださったんだわ」


 さすがはコウキとサユリ。二人の振り切った台詞は見事に劇の世界観の一部として馴染んでいて、観ている人はどんどん引き込まれていく。

 悲しいが俺だったら馬鹿にされて雰囲気をぶち壊してしまいそうだ。


「私たちのクラスだったら誰がロミオをやるのかしらね」


 不意に耳元で囁かれ、思わずビクンと反応してしまう。そんな俺を見てエリカがクスリと笑った。おそらく狙ってやっている。


「さあな。ケイスケ辺りがやるんじゃないか?少なくとも俺は絶対やらないけど」


「私がジュリエットでも?」


「……そういやこのシーン俺も練習付き合ったんだよな。あの時のサユリはまだセリフ片言でさ」


 熱い。きっと体育館の熱気のせい……だろう。


「おやすみ、ジュリエット。きっと明日、夢の続きを……」


 別れを告げ去っていくロミオ。そこで場面は転換する。


 その後も劇は滞りなく進んだ。

 熱心に鑑賞するリキヤの横でエリカにからかわれながら、あっという間にクライマックスを迎える。

 自分を死んだことにしてロミオと結ばれようとするジュリエット。その計画を知らないロミオはジュリエットが死んだと思い、自ら毒薬を飲んで自殺する。


「ああ……ジュリエット……もうすぐ君の所へ行くよ……そこでいつまでも二人で一緒に暮らそう……」


 仮死状態から目覚めたジュリエットは、隣で横たわるロミオを見て、後を追うように短剣を胸に突き立てる。


「ああ……ロミオ……置いていかないで……私はずっとずっと……あなたの傍にいるわ……」


 舞台上にはセットなど余計なものはなく、薄暗い中スポットライトが照らす先にサユリとコウキがいるだけ。それだけでも十分と思わせるほど二人の演技は迫真だった。まさに最後のシーンに相応しい。

 こうして余韻冷めやらなぬままに、一年四組の劇は幕を下ろしたのであった。






「すごいよかったわね。私、感動しちゃったわ」


「俺も途中から見入っちゃってたよ。すごいな二人とも。これは素直に褒めるしかないな。なあ?リキヤ?」


「うむ……癪だが認めざるを得ないな。特に最後の……あのシーン……」


「あれ?お前ちょっと泣いて―――」


「泣いてない!断じて泣いてない!」


 劇の余韻に浸りながら感想を言い合っていると、再び幕が上がった。舞台上には一年四組の生徒たちが並んでいる。主役を務めたサユリとコウキは中心にいた。


「「「「「ありがとうございました!」」」」」


 深々と頭を下げる生徒たちに対して、観客たちからは盛大な拍手が送られた。その景色を見てようやく安堵したのか、サユリとコウキは顔を見合わせて頬を緩めた。


「あの二人マジでお似合いだよな」


「だよな。白石さんと付き合う奴とか羨ましすぎるけど、有薗だったら納得だよな」


 まだ拍手や声援が飛び交う中、すぐ後ろにいる生徒同士の会話が耳に入る。

 美男美女というのは好意を持たれる一方で一部ヘイトも集めてしまうものだが、ある一定の水準を超えるとそれすらもなくなってしまう。コウキとサユリがまさにその例だ。妬みや嫉みはなく、みんな二人を認めている。今回の劇で二人を応援する声はより一層強くなるだろう。

 そんな後押しムードの中で俺がサユリのペアだと知ったら……。


「あー…胃が痛い……」


「どうかしたの?」


「いや、なんでもない」


 舞台の上ではサユリとコウキが未だ声援に手を振って応えていた。その光景を眺めていると、ふとサユリと目が合ったような気がした。これだけ大人数がいる中で自意識過剰だと笑われてしまうかもしれないが、サユリは俺を見つけてニコッと笑ったように見えた。

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