二人だけの読書会

 私が初めて彼に興味を持ったのは、レポートの参考文献を探すために寄った学校の図書室だった。

 ――授業でよく見る人だなぁ……。

 なんて思って見ていると、彼は課題のレポートとは関係の無い小説を二、三冊だけ借りて、図書室を出て行った。

 それから毎週、図書室で彼を見かけたけど、彼が借りるのはいつも小説だけ。

 その小説を楽しそうに抱えて、図書室を後にする。

 何度もそんな彼を目で追ううちに、私はその彼の顔が好きになっていた。


 だから今日、友達と遊んだ帰り道で、桜の木に背中を預けて本を読んでる彼を見かけて、胸が弾む。

 初めて自分の心臓の音をうるさいと思った。

 タイミングの良い事に、鞄の中には友達から借りた――というか押しつけられた――本が入ってる。

 ――少しだけ、勇気を出してみよう……。

 見てるだけで良いと思ってたのに、今日はなぜか、そんなことを思った。


「あの……」

 桜の木に背を預けて本を開いた彼に、声をかける。

「隣、良いですか?」

 彼は少しぼーっと私を見て、

「……どうぞ」

 一言。

 心地のいい低い声だった。

「ありがとうございます」

 震える手から本が落ちないように、私はゆっくりと彼の隣に座った。

 すぐに彼が本を開いたから、私も真似して開いてみたけど、物語の内容が全く頭に入ってこない。

 半分くらいページをめくって覚えてるのは、この主人公の名前くらいだ。

 それどころか、普段あんまり本を読まないのと、春のぽかぽかした陽気のせいで、だんだん眠くなってきた。

 そよ風が吹いて、桜の花が落ちてくる。

 ひらひら舞うその花びらを見てるうちに、私のまぶたもゆっくりと落ちていった。



「こんなところで寝てたら風邪引きますよ」

 どこか困ったような彼の声と、トントンと優しい刺激を肩に感じて、ゆっくりと目を開ける。

 彼の横顔が、息が届きそうなほど近くにあった。

 びっくりして、体を起こす。

 どうやら彼の肩を借りて寝ていたらしい。

 ――うぅ、恥ずかしい……。

「私、寝ちゃってたんですね」

 誤魔化すように笑いながら、

「起こしてくれてありがとうございます」

 そう言って立ち上がる。

 正直恥ずかしすぎて走って帰りたい……。

 ほとんど読めてすらいない本を鞄に閉まっていると、


「またここで、一緒に本を読みませんか?」


 彼はそう真面目な声で言った後、一瞬戸惑うような顔になって、徐々に頬を赤く染めた。

 ――この人、こんな顔もするんだ。

 胸が温かくなって、さっきまでの恥ずかしさはどこかへ飛んで行った。

「いいですよ」

 このおしゃべりな心音が彼に聞こえないように、できる限りの落ち着いた声で、

「これからは毎週土曜日、この木の下で、二人で本を読みましょう」

 言いきった時、顔が熱くなるのが分かった。


 いつも見ていた彼の、初めて見る表情。

 この初めてを、これからもっと増やしていけるように。

 ――まずはちゃんと本を読めるようにしよう……。


 風が桜の枝を強く揺らして、大量の花びらが舞う。

 公園を包むようなその桜吹雪に見惚みとれる彼の姿が、私の記憶に焼き付いた。

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桜の下の読書会 宵埜白猫 @shironeko98

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