第6話 二人っきりのスパーリング

「い、いきなりは卑怯だぞ」

「っせぇ、文句があんなら勝ってから言え」

 ホイッスルのない試合開始。ここではカーペットがマットだ。冬用の分厚い毛布なんかを敷いたりしてるけど、さすがに豪快に投げ技をかけるのはムリ。それに丸くないのも難点。でもガッくんの話では、昔のレスリングのマットは四角だったそうだ。カーペットは8畳あるんだけど、それでも幅は大人のマットの半分ぐらい。これも割り切って場外は基本なしってことに。

 レフェリーがいないから、小学生ルールにならって2カウントでフォール。カウントは攻めるほうが行う。ポイントはどうしもうよないのでフォールが決まるまでのサドンデス。ただしタイマーを使ってラウンド3分は厳守。休憩時間はテキトー。二人っきりでレスリングをするうちに自然に決まったルールなんだけど、深く考えたわけでもないのに上手くいってる。熱くなりすぎてタイマーの音が聞こえないこともあるけど。まあ僕が勝つことはめったにないし。つか勝ったことってあったっけ?

 それにしても今晩のガッくんは少し変だ。いつもならスタンドからの投げで一気にピンを狙うのに、倒した後でネチネチと寝技をかけてくる。休憩タイムに、

「珍しいじゃん。なんでグランドばっか? スタンド技を教えてもらいたいのに」

 と言うと、ムッとした顔で言い返してきた。

「グレコじゃないんだから寝技だって研究しなきゃじゃん。少しは俺のことも考えろ」

 そうだよな。僕はいつもガッくんに甘えてばっかだし。

「いいよ、エスケープの練習になるし」

 ガッくんの表情がパァっと明るくなる。反則だよ、こういう反応って。

 言うことを聞くんじゃなかったって後悔するのは毎度のことだ。その後のラウンドは片足タックルから倒れ込みざまに足をかけられ、そのまま股裂きを決められちゃった。しなやかな筋肉がヘビのように僕の太腿に絡みつき締め上げてくる。太腿はうっ血して赤みがさしてギシギシと悲鳴を上げる。そしてアゴに食い込むガッくんの腕が徐々に僕の身体を仰向けに返していく。

 いつもなら一挙にフォールに持ち込まれちゃうんだけど、ネコが捕まえた獲物で遊ぶように手加減をしてくる。ネチネチっていうのはそういう意味だ。そして、

「どうやれば逃げられるか、いろいろ試してみな」

 って耳を塞ぐように口を近づけるので、声と一緒に熱く荒い息が吹き込んでくる。

「あっ」

 身体の芯にジワジワと電流が這い、声になって口から漏れる。急に全身の力が抜け、すかさずニア・フォールに持ち込まれちゃう。

「なんだよ、変な声出して。気持ちいいのかよ」

 こんなガッくんなんて知らない。怖い!

 壁に立てかけてある姿見に僕らの姿が映っている。

 股下から膝上まで露わになった白い太腿に、汗ばんでテラテラと光る褐色の足がヘビみたいに食い込んでいる。そして僕の首には、まだ細いけど逞しい腕が巻きつき、腰まで大きく開いたアームホールからは奇妙にねじ曲がった僕の胸筋とピンク色の乳首がモロ見えだ。ガッくんの頬は上気して、焦点の定まらない目で僕の苦しげな表情を眺めている。

 急に身体が火照り出す。まるでエロ本のグラビアを眺めているみたいじゃん。二人の生肌が重なり擦れ合うたびにあの電流が徐々に強まって下腹部に溜まり、どす黒い快感となってきたのに気づく。

 あああ、これ以上続けたらなんか…なんかマズくね? と、意識が飛び始めたところでタイマーが鳴る。

 まるで何試合もこなした後みたいに息があがり、しばらくは二人とも試合が続いているかのように絡み合ったまま、動くこともできない。

 ようやく身体を離して大の字になと、床の冷たさが背中を冷やして気持ちいい。肌を重ねていたところは相変わらず熱いけど。ガッくんは、肩で息をしながら身体をくの字に曲げて背をむけている。

 僕は声にならない声で呟く。ねえ、ガッくん。こっち向いて。どんな顔をしてるのか見せてよ。

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少年レスラーは肌で恋をする 亜樹 @Aki_Yoshiike

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