幻のコクワガタ

読天文之

第1話幻のコクワガタ

 群馬県のとある町に住んでいる十一歳の少年・大森翔太は、小さい頃から根っからの昆虫好きだ。翔太はどちらかと言えば人見知りで大人しい少年で、クラスではいじめっ子の標的になっている。でも昆虫に関する知識は大人を感心させる程のもので、夢は昆虫採集で世界一周をすることだ。そんな彼は昆虫に励まされてきた。昆虫は人以上に厳しい世界で生きている、生まれた時から独りぼっちで周りは敵だらけ、仲間も友情もないし夢も持つことも出来ない。そして成虫になったら子孫を残すことが、本能の定めと決められている。しかしそれでも昆虫は、この長い時の中で子孫を残しながら生き続けている。そんな昆虫を見ていると、いじめられている自分の悩みが小さいものに見えて、そして悩んでいる自分が昆虫より小さい存在に見える・・・。

「昆虫だって生きているんだ、何も無くても寿命が短くても・・・今を生きているんだ・・・!!」

 翔太は今を生きる事の魅力を昆虫から学んだ、そして翔太は昆虫についてより知りたいと思うようになった。しかし学校のクラスではそんな翔太を『昆虫オタク』と冷ややかに呼び、クラスのいじめっ子・山田力太には御用達のごとくイジメられていた・・・。



 夏休みが始まってから三日目の七月二十三日、近所の草むらで昆虫採集をした帰り道での事だった。運悪く山田に遭遇してしまった。

「よお、虫オタ。相変わらず草むらあさりか?」

「・・・・うん。」

「そういえばお前にお願いがあるんだ、断ったらどうなるかわかるよな?」

 山田は翔太に凄んだ、これでは脅しである。

「お願いって何・・・?」

「俺のアニキの対戦相手になれ。」

「え・・・どういうこと?」

「俺のアニキが昆虫採集のユウーチューバーをしていて、明後日その企画でぐんま昆虫の森で、知り合いと昆虫採集で勝負するんだ。だけど知り合いが急用で来れなくなって、アニキが困っていたから、アニキにお前の事を教えたという訳だ。」

「明後日はいいけど・・・。」

「何だ?嫌とでもいうのか・・・。」

「ううん!!君のアニキって、中学生?」

「いいや、それは俺の三歳上のアニキだ。俺が言っているのは、九歳上のアニキだ。」

 山田家は三人兄弟で、力太は三男である。

「てことは高校生?」

「いや、大学生だ。」

「大学生と僕が勝負・・・大丈夫かな?」

「なあに、アニキも問題ないと言っている。ていうか俺はお前がアニキに、負ける瞬間が見たいだけだ。」

 そう言って山田はゲラゲラ笑いだした、翔太の心に負けん気が芽生えた。

「分かった、明後日の何時に行けばいい?」

「午前六時三十分に、俺ん家に来い。」

「分かった、それじゃあ。」

「逃げんじゃねえぞ。」

「分かってるよ・・。」

 翔太は無意識に口調が真剣になっていた。




 家に戻ってから翔太は両親に承諾をもらい、準備を始めた。昆虫採集用の特別な網に、ネットで購入した専用の罠、そして小さな昆虫図鑑に、古い傘と棒、そしてライトトラップの用具を準備した。荷物が多くなるが、承諾の条件に翔太の父・正巳を同行させることになっているので問題は無い。正巳は昆虫が特別好きという訳ではないが、自然が好きなので同行したいのである。

「それにしても、山田家にも昆虫好きがいたんだな。」

「うん、僕も初めて知ったよ。」

「翔太、負けるなよ!!」

 正巳が励ましたので、翔太の心の火が大きくなった。



 そして七月二十五日、翔太と正巳は山田家に着いた。といっても大森家と山田家は近いので、すぐに行けた。

「よお、よく来たな。」

「うん・・・。」

「ん、そいつは誰だ?」

「翔太の父です、今回保護者として参加させて頂きます。」

「アニキ、翔太の親父が来たけどどうする?」

 山田家の家のドアから眼鏡をかけた青年が現れた、しかも力太とは違いまあまあ美形である。

「お父さんですか?これはわざわざ来ていただいて、ご迷惑をかけます。私は山田豊といいます。」

「いえいえ、気にしないでください。」

「あの、今回YouTubeに投稿する動画を撮影するのですが、顔が映ることに問題はありませんか?」

「いえいえ、大丈夫です。」

 豊は真面目で礼儀正しい性格だ、同じ兄弟でもここまで違うものかと翔太は感じた。

「ありがとうございます、君が翔太君かい?」

 豊は翔太に優しく話しかけた。

「はい、大森翔太です。」

「ちょっと荷物を見てもいいかい?」

「どうぞ・・・。」

 豊は翔太のリュックサックの中身を一通り見た、そしてチャックを閉めると翔太に言った。

「君、けっこう気合入れてるね。」

「はい、準備は万端です。」

「対戦するのが楽しみだ、それじゃあ行こう!!」

 こうして翔太と正巳と力太は、豊の運転するミニバンに乗ってぐんま昆虫の森に向かった。




 午前七時十分にぐんま昆虫の森に到着し、豊の知り合いの職員と合流した。ぐんま昆虫の森には観察館の他にも、原っぱ・沼・雑木林のエリアがあり、自然観察も出来るようになっている。ここで行う昆虫採集対決の決め手は、「どれだけ珍しい昆虫を捕まえるか。」である。雑木林エリアの入り口付近で、動画の撮影が始まった。

「みなさんこんにちわ、『ゆたカブト』です。さあ今回はここ、ぐんま昆虫の森で昆虫採集対決をしますが・・・、今回対戦相手のミヤマ元さんが急用で来れなくなってしまいましたので、こちらの方に来てもらっています。どうぞ!!」

 翔太が恥ずかしそうに、カメラに映り込んだ。

「初めまして、大森翔太です・・・。」

「翔太君は御覧のとおり小学生ですが、根っからの昆虫好きです。そうだよね?」

「はい、夏休み期間は昆虫採集をして過ごすつもりです。」

「いいね、僕はそういうのいいと思うよ。そして翔太君のお父さんにも、来てもらいました。」

「初めまして、正巳です。よろしくお願いします。」

「さて翔太君、今回の対決はどれだけ珍しい昆虫を捕まえるかだけど、捕まえてみたい昆虫はいるかな?」

「オオムラサキとヒラタクワガタとカブトムシです。」

 この三匹は、翔太が特に捕まえたい種類である。

「張り切っているねえ、それじゃあ・・・採集スタート!!」

 こうして勝負が始まった、翔太は子供ながらに熱い気持ちが心に満ちていた。




 翔太は正巳と職員と一緒に、原っぱエリアに向かって歩き出した。正巳は豊に頼まれて、カメラで撮影をしている。

「原っぱエリアには、どんな虫がいますか?」

「この時期なら、キリギリス・ヤブキリ、トンボならオニヤンマ・オオシオカラトンボがいますね。珍しさなら、チョウを狙ってみた方がいいですよ。」

 確かに住宅街にいないチョウなら珍しさで勝てる可能性はある、翔太は原っぱの数か所に罠を仕掛けた。この罠は昆虫の好きな臭いでおびき寄せて、網の中に閉じ込める仕掛けだ。後は適当に原っぱと沼エリアで採集を始めた。

「ようし、絶対に捕まえるぞ!!」

 翔太が沼のほとりで身構えていると目の前をオニヤンマが素通りした、しかしオニヤンマはなわばりを巡回するため、待ち伏せていれば捕獲のチャンスは来る。

「あっ、来た!」

 翔太は右側から来るオニヤンマ目掛けて、素早く網を振った。しかしオニヤンマは、網をかわして飛んでいった。

「うう・・・さすがに難しいなあ・・。」

 それでも諦めずに待っていると、左側から飛んで来た。今度こそはと網を振ると、何と捕獲に成功した。

「やった・・・オニヤンマだ!!」

「おお、凄いな翔太!!」

「凄い凄い!!」

 正巳と職員から褒められ、翔太は照れた。




 しかしオニヤンマを取ってからというもの、翔太はあまり成果を上げられなかった。やはり普段から見慣れない昆虫は捕獲が難しい・・・。罠の方を確認してみると、運よく一つの罠だけだがモンキアゲハがかかっていた。

「よし、これはいけるぞ!!」

 そして結果発表のため、観察館の一室に集合した。

「それでは午前の採集の結果を発表します。まずは翔太君から!」

「はい!!」

 翔太はみんなに捕まえた、オニヤンマとモンキアゲハの入ったケースを見せた。

「おお!!君もオニヤンマを捕まえたんだ。」

 豊は感心しているが、翔太は「えっ?」という顔をした。

「それにモンキアゲハも、やるじゃないか。」

「あの・・・、豊さんもオニヤンマ捕まえたの?」

「おう、これだ!!」

 力太は見せつけるように、豊が捕った昆虫を見せた。豊のケースは捕った昆虫の種類ごとに三つに分けられている。

「本当だ・・・、えっ!!ギンヤンマにカトリヤンマにオオルリボシヤンマまで・・・、あーーーっ、アサギマダラにカラスアゲハも!!」

「どうだ?こんな昆虫、普段なら見たことも捕まえたこともないだろ?」

 後ろでニヤニヤしながら言う力太に、翔太は悔しさを噛みしめた。やはりYouTubeに投稿する動画のために採集している人は、技術も腕前も格が違う事を思い知らされた。

「お前なんか、ただのガキの遊びなんだよ!!」

「こら!言い過ぎだぞ。」

 豊が力太をたしなめてくれたが、翔太の心には悔しさが残った。



 その後も昆虫採集を頑張った翔太だったが、運悪く珍しい昆虫は捕れなかった。木の枝に傘を逆さに着けて、上から木の枝をたたいて虫を傘の上に落とすという方法もやってみたが、あまりいい昆虫は捕れなかった・・・。

「はあ・・・、今日はついてないなあ・・・。」

 翔太はますます落ち込んだ、もうこうなったら夜のライトトラップに賭けるしかない。そして日が暮れて夜になった、いよいよライトトラップの時間だ。

「絶対勝つ・・・絶対勝つ・・・。」

「翔太・・・大丈夫か?」

 自らの執念を呟きながら翔太は正巳と一緒に白い幕を設置した、そしていよいよ水銀灯に明かりが付いた。このライトトラップの大物は、何と言ってもカブトムシとクワガタだ。

「ここにはヒラタクワガタがいるというから、大きいのを狙うぞ!!」

 しかし翔太の期待とは裏腹に、やってくるのは大量のガと小さな甲虫である。マニアとしては楽しいが、やはり勝負向けにはカブトムシかクワガタが一番いい。白い幕を注意深く見ていると、一匹のクワガタを見つけたのだが・・・。

「なにこれ・・・?」

 翔太が見つけたのはコクワガタだが、捕まえて見てみると左右で顎の形が明らかに違う。野生では顎や足が欠陥した個体を見ることはあるが、そういうのとはまた違う。

「どうした、翔太?」

「こんなの見つけた。」

 そのコクワガタを見た正巳は首を傾げた、しかしこれを見た職員は目を大きくした後、翔太に言った。

「これは勝てれるぞ!やったな!!」

「どうして?」

「これは、幻のコクワガタだからだ!」

 翔太と正巳は首を傾げた。



 その後もライトトラップを続けたが、目星の昆虫が現れる事無くタイムアップになった。昆虫館に戻って成果発表になったが、豊の結果は圧倒的だった。

「カブトムシにノコギリにヒラタ・・・、しかもこんなに・・・。」

「ワハハハハハハハ!!どうだ、レベルの違いが分かったか!!」

 色も大きさも完璧な個体が三種合計十匹いた、翔太は敗北を確信した。

「さあ、お前の成果をみせな。」

 翔太は唯一ケースに入れた、あのコクワガタを見せた。

「何だそれ?それはどんな虫だ?」

「コクワガタです・・・。」

「これがコクワガタだって!!ギャハハハハハ!」

 力太は大笑いしたが、豊はそのコクワガタを見て酷く驚いた。そして翔太に「よく見せてほしい。」と言って、そのコクワガタを手に取った。

「画像や本で見た事あるけど、野生個体を見るのは初めてだ・・・。」

「どうしたんだよ、アニキ?」

「これは雌雄モザイクだ。」

「シユウモザイク・・・?」

 翔太が疑問を持つと、豊は説明した。

「遺伝子の理由で、体の半分がオスでもう半分がメスの特徴を持つ個体のことだ。」

 確かによく見ると、オスとメスの体の半分を接着剤で繋げたように見える。

「翔太君・・・僕の負けだ。」

「えっ!?」

「な・・何でだよ!!何でそんな変なコクワガタで、負けを認めるんだよ!!」

 納得のいかない力太に、豊が言った。

「雌雄モザイクは何万分の一の確率で生まれるんだ、標本の場合雌雄モザイクの方が高値がつくんだよ。それだけ珍しいということだ。」

「勝った・・・僕が勝った!!」

「よかったな、翔太!!」

 翔太はまさかの勝利に心が躍った、諦めなかった自分に心からの賞賛を送った。





 あの採集で捕まえた雌雄モザイクのコクワガタは、ぐんま昆虫の森のルールによりリリースされた。しかしその写真はぐんま昆虫の森のホームページに掲載され、豊の動画にもしっかり映っていた。翔太はこの対決の後、自分への自信が強くなり、ますます昆虫採集にのめり込んでいる。しかも豊から昆虫採集に誘われるようになり、より本格的な昆虫採集を楽しんでいる。そんな翔太が面白くない力太だが、豊の目が怖いのか、この対決を境に翔太をいじめなくなった。翔太は充実した夏休みを心から感じている、そして幻のコクワガタをまた採りたいなと思うのだった。

 





 

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