あと5分なの

烏川 ハル

あと5分なの

   

 行きたくもない進学塾からの帰り道。

 急げば見たいテレビに間に合うと思って、通い慣れた裏通りを、僕は足早に歩いていた。

 住宅街の狭い道路だが、一応は車も通れる広さだ。小さい頃によく遊んだ公園も、すぐ横にあって……。

 ふと見れば、小さな女の子が一人、公園のブランコにポツンと腰掛けていた。


 一年生か二年生くらいだろうか。おかっぱ頭で、白いシャツに赤いスカート。まるで小学校の怪談に出てきそうな格好であり、夜の街灯に照らされた姿は、いっそう不気味に感じる。でもその不気味さよりも、寂しげな雰囲気の方が妙に気になってしまった。

「こんな遅くに……」

 夕方までは近所の子供で賑わう公園だが、もう誰もいない時間帯だ。この女の子は、どうして家に帰らないのだろう? お父さんかお母さんと待ち合わせでもしているのだろうか?

 見知らぬ子供に関わっていられるほど、僕も暇ではないのだが……。「高学年はお兄さんお姉さんなのだから、低学年の面倒を見るように」というのは、小学校で何度も言われていた。それに従って、僕は公園に足を向けて、声をかけてみる。

「そこのキミ! どうしたの? 迷子かい?」

 うつむいていた少女は顔を上げ、じっと僕の目を見つめる。

 歳が離れているとはいえ、相手は女の子だ。ちょっと恥ずかしい。

 そう感じていると、彼女は口を開いた。

「あと5分なの」


 何が「あと5分」なのか。意味がわからず、僕は聞き返す。

「5分経ったら、どうなるのかな? お父さんかお母さんが、迎えにきてくれるの?」

 彼女は首を横に振って、同じ言葉を繰り返す。

「あと5分なの」

「いや、だから、それじゃ伝わらないから……」

「あと5分なの」

 僕が困った表情を見せても、少女の発言は変わらなかった。


 こんな子供に関わるんじゃなかった。

 僕は内心、憤慨すら覚えながら、

「そうかい。じゃあ、5分間、ここで頑張ってね」

 と捨て台詞を吐いて、立ち去ることにした。

「……もう、あと4分なの」

 最後に少女が、数字だけ変えた言葉を僕の背中に投げかけてきたけれど、僕は無視して、振り向かなかった。


「なんだったんだ、いったい……」

 忘れてしまいたくて、首を横に振りながら。

 僕は、路地裏の道を走っていた。もう早歩きでは間に合わないからだ。

 あんな子供のことより、今夜のテレビについて考えよう。毎週のレギュラー放送ではなくスペシャル番組だけど、クラスの友だちもみんな見ると言っていたから、僕も見逃すわけにはいかず……。

 ああ、次の角を曲がれば、もう僕の家はすぐそこだ!

 そう思った瞬間。

 突然、曲がり角の反対側から飛び出してきた青い軽トラック。前面のガラス窓越しに、運転手のおじさんがウトウトしているのが視界に入って……。


 それが、最期に見た光景となった。

 同時に頭をよぎったのは、「あの女の子は死神だったのか」という、妙な納得だった。




(「あと5分なの」完)

   

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