第4話 屋台村
屋台村はブロッサム通りの脇にいくつも点在している。規模は村一つにつき10店舗くらいであった。
「おとーさん、こっち!」
娘は私の手を引っ張ると、一つの露店の前で立ち止まった。
「わたあめ」
「食べたいのかい?」
そう訪ねると娘はくりくりとした目を輝かせながら大きく二度頷いた。
「すみません、それ一つください」
私が注文をすると、店主は威勢のいい返事とともに娘の顔程もあろう大きな綿あめを作り出した。
「お嬢ちゃん、おまけだ」
店主は娘に綿あめと一緒に狸のお面を差し出す。
「わぁい!おじさん、ありがとう!」
娘はにこにこと無邪気な笑みを浮かべて受け取った。
私も店主に礼を言うと店主は手を左右に振りながら笑った。
「いいの、いいの。俺にも娘がいるし。それにあんたシングルファザーだろ」
私はぎょっとした。なぜわかったのだろう。
その様子を見た店主が吹き出す。
「誰が見てもわかるよ。だいたい、それくらいの女の子は母親にべったりだろう。それに……」
店主は私に手招きする。
「あんた、少し頬のあたりがやつれている。その子のことが大事なのはわかるけど自分の体も大事にしろよ」
そう耳元で囁くように言うと店主は私の肩を叩き、後ろの客の相手を始めた。
娘は難産だった。妻は娘を生んで「危機的出血」というものを起こした。これは妊婦が出産後に大量出血を起こし、最悪の場合死に至るというものだ。
私は妻の死を手術室の前で聞かされた。
3人での生活。明るい未来が、すぐそこまで来ているはずだった。
私は自分の無力さを痛感した。そして、生まれた娘「
それから1年後、私は10年勤めていた会社を辞めた。そして、退職金と貯金を元手に街の離れにある小さな商店街の片隅で花屋をひっそりと開店させた。花屋を開くことは妻の予てからの夢であった。
開店して間もない頃は珍しさからか売り上げも好調だったが、3か月もすると目に見えて客足が減っていた。立地も悪いし花も普通の生活に必要不可欠かと言われるとそうではない。当然の結果だった。しかし、簡単に辞めるわけにはいかない。これは妻の夢なのだ。
私は彩愛の世話と花屋の合間を見て副業を始めた。ある時は工事作業員、ある時は引っ越し作業者。どんなことでもやった。それでも毎日ギリギリの生活だった。
働き詰めの毎日で彩愛とゆっくり出かける時間は殆どとれていない。彼女には相当寂しい思いをさせていただろう。
そこで、多くの人が出払う式典の日を臨時休業日とし、私たち家族も式典を見に行くことにした。彩愛にそのことを伝えると大はしゃぎで部屋の中を跳び回った。
「おとーさん、絶対だからね!」
太陽のような、とびっきりまぶしい笑顔が私の目に飛び込んだ。
「おじさん、いい人だったね」
彩愛は貰った狸の面を頭に乗せ、左手に持った綿あめを口いっぱいに頬張った。
「そうだね。彩愛、花火まではまだ時間があるからパレードでも見に行こうか」
彩愛はうなずく。私と彩愛は固く手をつなぐと屋台村を後にした。
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