第2話 道中


家を出てから10分。娘がぐずつきだした。

「おとーさん、まだー?」

「待って、急いでいるから」

 坂道を懸命に自転車で登りながら答える。脈が早くなり肺も新しい酸素を欲しがっている。洗い立てだったシャツも少し汗ばんできたようだ。

「はーやーくー。はーやーくー」

 娘は前に後ろにゆらゆらと揺れている。

 あぁ、こんな時妻ならどうやって宥めるのだろうか。

打開策を見つけるため周囲に目をやると、桜が開花しているのに気が付いた。

「桜、咲いていたんだな」

「おとーさん、今気付いたの?」

「ああ、自転車漕ぎに集中していたから」

 坂の終わりが近づいてくる。

「さくら、きれーだね」

 娘の声色は穏やかになっている。どうやら桜に見とれているようだ。

「そうだな」

 私はもう一息だと自分に喝を入れ、一気に坂の頂上まで駆け登った。

 頂上からは式典会場が見えた。ここから下り坂をまっすぐ行けば目的地に到着する。

 私の肩に桜の花びらが落ちた。後ろから手が伸び肩に落ちた花びらをつまむ。振り返ると娘がニコッと笑い、つまんだ花びらを首から下げていた鞄に大事そうにしまった。

 私は微笑み返すと息を整え直し、坂を駆け下りた。

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