町人A

このは

第1話 出発


「それでは大統領から皆様へのご挨拶です」

 ラジオからアナウンサーの声が流れる。

 麗らかな春の日。サクラ共和国は建国100周年を迎えた。今日はその記念日だ。街では記念式典が盛大に執り行われている。


「おとーさん!はーやーくー!」

 今年、5歳になる娘は待ちきれないといった様子で私に呼びかけた。

「もう少しだからちょっと待ってくれ」

「もー、お祭り終わっちゃうよー」

 娘の顔が河豚のようにむくれている。これ以上彼女を待たすのは得策ではないようだ。

 私は自らが営んでいる花屋兼住宅の戸締りを急ピッチで済ませる。娘を外へと連れ出し、子供乗せ自転車の荷台に乗せると自分も前方のサドルへと跨った。

「鍵よし。元栓よし。窓よし……。それじゃあ行こうか」

 後ろを振り返る。

「ラジオ!」

 娘が忘れていたことを思い出させてくれた。だが〝つけっぱなしのラジオを消す〟それだけの為に戻るのは面倒だ。

「ラジオはもういいや」

「じゃあもう出かけるの?」

「そうだね。それじゃあ行くよ。せーのっ……」

 二人は大きく息を吸い込むと互いに息を合わせた。


「しゅっぱーつ!!」


 私と娘の掛け声は静かな商店街にこだまする。

 私は地面を強く蹴り、自転車を発進させた。


 柔らかな春の日差しは共和国全土を包み込む。それはまるで天からの祝福を受けているようだった。

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