第7話 花
花火会場では集まった観衆が花火の打ち上げを今や遅しと待ちわびている。空はもうすっかり暗くなっていた。
「まだかなー」
彩愛の表情は期待に満ち溢れている。
「もうすこしだよ」
私が発言をして間もなく、拡声器から司会者の声が流れた。
「皆様、大変長らくお待たせいたしました。これよりサクラ共和国、建国100周年の記念花火大会を執り行いたいと思います」
観衆は歓声を上げる。
「いよいよだね」
彩愛は身構えた。
「それでは、打ち上げ開始でございます!」
アナウンスが入るとドッと低い音が鳴る。そして打ち上げられた火の玉はひゅるひゅると音を立てながら天高く登ってゆく。
一瞬火の玉が消える。
あっと思った次の瞬間、轟音が鳴り響き真っ暗闇の空に大輪の花が咲いた。
彩愛は口を半開きにして天を見上げている。私も花火に見入っていた。
花火は次々と打ち上がる。菊の花、牡丹の花、柳を模したものなど様々な花がひらいては消えてゆく。
突然、私の背中に何かがぶつかる感触があった。振り返ってみてみると若い男性がぶつかってきたようで、彼はその場に尻餅をついていた。私は文句を言おうと思ったが、どういうわけか青ざめた顔をしている。男は何も言わずに立ち上がると花火会場から逃げるようにして去っていった。
嫌な予感がした。
「革命軍だ!」
誰かが叫ぶ。
革命軍。暴力的な方法でしか物事を解決できない野蛮な連中。革命だなんだと謳っては誰彼構わず殺戮を繰り返す、テロ組織のような奴らだ。
まずい。
私は彩愛を抱きかかえると男が逃げていった方向に走り出した。
「おとーさん、後ろでいっぱい人が転んでるよ」
「見るな!」
叫びに近い形で言う。血気迫る表情に彩愛は目を潤ませる。
花火は打ち上がり続けている。その明かりを頼りに走り続けているが方向が合っているかはわからない。ただ逃げ惑う群衆と同じ方向に走っている。
私はひたすら懸命に走る。だが子供一人を抱えたままで思うように前に進まない。
一人、また一人と周りは私を抜き去っていく。どんどん群衆の最後尾に近づく。
まずい。まずい。まずい。
もうだめかと思ったその時だった。
「こっちだ!」
見ると共和国軍の兵士が大きく手を振っている。
ああ、助かった。
私は兵士のもとへ走った。
兵士は左腕を伸ばし私を迎え入れる。
飛び込むように兵士の後ろへと下がった。
私は兵士の方へ向き直る。
「ここを真っすぐ行け!シェルターがこの先にある!」
兵士が叫ぶ。
私が礼を言おうとした瞬間激しい銃声とともに兵士が倒れた。
「お、おとーさん……」
彩愛へ目をやると、彼女の胸から赤い液体出ている。
嘘だろ。
私は彩愛の胸に手を当て止血を試みる。吹き出た血が止まらない。
駄目だ。駄目だ。駄目だ。
「さ、さむい……」
彩愛の体温が奪われてゆく。
「大丈夫、なんともないから。お父さんの目を見て」
彩愛と目が合う。
「おとーさん、だいす――」
彩愛の鼓動が止まった。
私はその場で項垂れる。
「おとーさん」彩愛の笑顔。
「おとーさん」彩愛の泣き顔。
「おとーさん」彩愛の怒った顔。
そして
「おとーさん、絶対だからね」
式典に行くことを伝えたその時の顔が浮かんだ。
妻と死別したその日、私は何としてもこの子だけは守り抜くと心に誓った。だが、それすらも叶わなかった。
雨が降り出した。
虚無感が〝怒り〟そして〝憎しみ〟へと変わっていく。
あいつらが……俺の……
倒れた兵士の小銃を手に取り立ち上がる。
撃たれた方向に銃口を向け引き金を引く。
爆音とともに憎しみの込められた銃弾が発射されては闇の中へと消えてゆく。
無我夢中だった。
突然弾が出なくなった。
弾切れか?
予備の弾倉が無いか周りを探そうとしたとき、胸に強い衝撃を受けた。そのままよろよろと後ろに仰向けで倒れる。
胸が熱い。見るとどくどくと血が出ている。
結局復讐すらならなかった。何も成し遂げられなかった。
雨が強く降る。
頬に桜の花びらが落ちた。
「おとーさん、大丈夫?」
聞きなれた声。
彩愛が私の顔を覗き込んでいる。
声にならない言葉が私から出る。
「おとーさん、本当に大丈夫?」
彩愛が怪訝そうな顔をする。
「あなた」
久しぶりに聞く声。
私は立ち上がる。胸の痛みはもうない。
一面に咲き乱れるアヤメの花の中に一人の女性が立っている。
間違いない。妻だ。
両目から涙がこぼれる。
「おとーさん、いこう」
私は彩愛とともに歩き出した。3人で過ごす未来へと向かって。
町人A このは @konoha1020
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