『百の疵痕 千の剣戟』作者:榊ダイゴ/イラスト:ばあむくーへん○

 もうずっと『公園でライダーごっこするお姉さんが仲間になりたそうにこっちを見ている』のレビューを書こうとしているのですが、やっぱり書けませんでした。

 何度書き直しても仮面ライダー剣の感想になってしまう。この本のレビューはもう、半ば諦めてます。

 ただ、仮面ライダー好きなら、きっと好きな作品だと思うので、そういう人がいたら読んでください、ぜひ。


 ライダーごっこお姉さんの話はおいといて、今日はさかきダイゴさんの『百の疵痕きずあと 千の剣戟けんげき』を紹介します。

 ハードな設定のバトルものです。


 主人公の鵐目シトドメヤイバは、子供の頃に家族を殺され、自身も身体中を切り刻まれて奇跡的に助かった、という過去を持っています。

 そんなヤイバを保護して、現代医療以外の力も使って救った組織が御剣ミツルギです。御剣ミツルギは、災厄をもたらす魔物であるケガレと戦っている。

 ヤイバは御剣ミツルギで戦闘訓練を受け、ケガレと戦いながら、復讐のために家族を殺した男を探す。


 というのが、話のあらすじ。

 戦闘シーンの設定として一番重要なのが「過去に受けた傷から剣を生み出すことができるようになる」「重症であればあるほど強い、死に戻りはかなり強い」という設定です。

 主人公のヤイバは、身体中に傷を受けて死にかけた。なので、作中でもその力はかなり強いとされている。そして、その傷は高校生になった今でも身体中に残っています。

 ヤイバは、その身体中にある傷の全てから剣を出すことができます。短刀がほとんどですが、無数の傷から次々短刀を出して、敵の攻撃をしのぎ、足止めして、投げて、切り込む、その手数を活かした素早い動きがヤイバの強さです。

 そして、胸の一箇所からは、すらりとした太刀を抜くことができる。短刀ばかりと油断した相手に、近付いて、すらりと太刀を抜き放つ姿はカッコイイ!

 体から武器を出すというのは、過去作品でも散々やられていますが、使い古されていようが、カッコイイものはかっこいいです。カッコイイからみんなやるんだな、ということが良くわかる。


 で、この「死ぬほどの傷を受けると、その傷から剣を生み出すことができるようになる」という設定のせいで、登場人物の過去が重い。とにかく全員重い。

 みんな少なくとも一度は死にかけている訳です。

 華奢で細い見た目の少女・三ツ角ミツカドミネには両腕がなく、切り落とされた両腕から剣を生やして戦います。調子の良いチャラ男・棟区ムネマチナカゴは、姉の体が盾になったから自分だけぎりぎり生き残ってしまったという過去があり、その時の傷から剣を生み出します。

 そして、剣を生み出せる理由が、みんなそれぞれの戦う理由にもなっている。


 ギャグパートというか、息継ぎのようなシーンもあるにはあるんですが、全員の過去が重すぎて、笑って良いのかどうかわかりません。

 両腕のない少女が自分の腕がないことを自虐ギャグにするのは、笑いどころなのか、どうなのか、俺には判断できませんでした。なんでだろう、文章の雰囲気のせいなのかもしれません。


 メインヒロインは、御剣ミツルギふくら。名前からもわかる通り、御剣ミツルギという組織の中でも重要なポジションです。

 御剣ミツルギに生まれた子供は、生まれてすぐに胸を貫かれる。それで生き残った子供は、組織を支えるものとして育てられる。そんな設定です。

 その成功率がどのくらいのものか、作中では書かれていませんが、御剣ミツルギの名前を持つ一人を産むために、何人もの子供が死んでいると思うと……これも重い。

 そして、ふくらが生み出す大太刀が、ヤイバが探している復讐相手が持っていたものによく似ている。ふくらが復讐の相手だと思うほどヤイバも単純ではないですが、それでも何か手掛かりになるのではと、ヤイバはふくらに近付いて探りを入れます。

 そして、なぜかデートが始まる。二人のデートを心配して、御剣ミツルギ所属の関係者(ミネやナカゴ)が後ろからこっそり付いてきているというおまけ付き。

 こんなに重い設定で、なんで急にラブコメっぽいことが始まるんだと、俺はしばらく混乱したまま読んでました。

 身体中に傷があるせいで襟のある長袖しか着れない復讐しか考えてない主人公と、組織を支えるためと育てられて人形のようになっているヒロインのデートとか、どんな顔して読めば良いのか、俺にはわかりません。

 え、ていうか、これ、デートとして成り立ってるの?

 いや、俺はラブコメ好きな方だとは思うんですけど。

 え、これ、ラブコメで良いの? 大丈夫? そのノリで読んでも問題ない?


 個人的には、それぞれの過去との向き合い方、葛藤、背負っている死の重さ、そういった描写がすごく良いと思ってます。それらを重ねていって重さを生み出す構成と文章力はすごいです。

 クライマックスでヤイバがふくらに向かって叫ぶ「それでも俺たちは死ななかった! お前も、俺も、生きてる! 死んだ奴の分までなんか絶対言わない! 俺は、俺として、生きてやる!」というセリフは、そこまでの積み重ねで、重さが何倍にもなる。

 死を背負って、でもここまでにあった死を全部背負うのは重すぎるから、死を見るんじゃなくて、生に執着して、戦う。ヤイバのその覚悟がすごくカッコイイんですよ、ここ。

 ばあむくーへん○さんの描く、傷だらけのヤイバがふくらの手を取って立たせるイラストも、二人の表情がすごく良くて、特にふくらはここまで人形のようだったのに、ここできちんと意思を持った目になるんですよ。すごくぐっとくるシーンです。


 そうやってバトルが盛り上がれば盛り上がるほど、間に挟まるギャグやラブコメパートとの温度差に戸惑います。なんだろう、温度差で風邪を引きそう。

 四六時中重くて暗い雰囲気だと読みにくいので、これはこれで良い、のか?

 個人的には、重い設定で重厚なストーリーをがっつり展開してくれても、作者の榊ダイゴさんの文章なら面白く読めたんじゃないかと思うんですが、一般的には読みやすさみたいなものを意識しないと難しいんですかね。


 ストーリーとしては登場人物と設定の紹介で終わったという感じで、ヤイバの復讐の相手は見付かってないし、御剣ミツルギという組織にも何か色々ありそう、というところまでです。

 その辺りの設定は、今後二巻以降で明かされるのではないかと思います。

 設定もかなり重ためっぽいのと、伏線ぽい描写が小出しに出てきているので、考察好きな人は盛り上がっているみたいです。

 世界観もかなり作り込んであるみたいですね。

 なので、そういうのが好きな人は、好きな作品だと思います。


 俺も好きだし、さっきも書いたけど、重い設定をがっつり書いてくれても良いのにと思ってます。

 特に、人形のようだったヒロインの過去や心情をガンガン掘り下げていってくれると嬉しいです。まあ、これは俺個人の好みなんですけど。

 次巻も楽しみにしています。


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百の疵痕 千の剣戟(作者:榊ダイゴ、ゼッタイムテキ文庫)

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