『眠り姫と目覚まし時計』作者:ささきゆきと/イラスト:夢川ヨキ

 ささきゆきとさんのラブコメです!

 ささきゆきとさんと夢川ヨキさんのコンビです、『僕たちは光合成する』の!


 俺へのご褒美じゃないかと思いました。『僕たちは光合成する』は大好きな作品なんです。

 そのコンビの、ほのぼのラブコメ、新作です。

 ありがとうございます。大好きです。大好きです!


 さて、『眠り姫と目覚まし時計』は、主人公の白瀬シラセトキとヒロイン合歓木ネムキヒメのラブコメです。

 主人公のトキは、ヒメの幼馴染。その関係は、家族ぐるみで生まれる前からの付き合いという筋金入り。

 幼稚園の頃に二人で遊んでいる最中に、ヒメが幻想性離魂病を発症してしまう。幻想性離魂病の症状は、突然眠りはじめ、魂が肉体を離れて戻ってこなくなってしまうというもの。

 トキはそれに巻き込まれ、ヒメの魂を見付けて現実に連れ戻す。

 それ以降、ヒメが発症した時には、トキは必ずそれに巻き込まれ、そしてヒメを現実に連れ戻すのはいつもトキの役目。

 ヒメの魂が迷い込む世界は、おとぎ話のようなファンタジックで不可思議な世界。そこで、トキはいつも、振り回されたり、酷い目にあったり、大変な思いをしながらも、どこかで自分が誰なのかわからなくなっているヒメを探し出して、連れ戻す。


 というのが、この作品のあらすじです。

 これは、あれです。この雰囲気は、『僕たちは光合成する』がパワーアップして帰ってきた、そんな感じがします。


 まずは、ヒメが患っている「幻想性離魂病」について。この病気は、突然発症します。突然眠って起きなくなってしまう病気です。稀に、何年も経ってから目を覚ます人もいて、その人たちは「その間、こういう場所でこういうことをしていた」と夢の内容をはっきりと語ります。

 まるで、魂だけが別世界に行っていたかのようということで、「幻想性離魂病」と呼ばれています。

 普通は、発症したら戻るのは稀な病気ですが、ヒメはなぜかいつもトキを道連れにして、そしていつもトキがヒメを連れ戻す。

 珍しい症例なので、二人はたまに大きな病院に行って検査されたりします。でも、わかることは少ない。

 次に発症した時に、目を覚ますかどうかはわからない。そんな状況でも、ヒメはのほほんと笑っている。「だって、トキが迎えに来てくれるでしょ?」って、なんの疑いもなく思ってる。


 トキは、いつもいつも巻き込まれながら、必ずヒメを探し出して連れ帰る。ヒメを連れ戻すのは自分の役目だとも思ってる。それ以上に、ヒメのことを大事に思ってる。

 そして、トキがヒメの世界に迷い込んで、ヒメを見付け出すまでの、その内容がこの小説のメインです。


 トキが迷い込むヒメの世界は、ファンタジックだけど理不尽で、ラプンツェルのように塔の上にいるというヒメのために塔をよじのぼったり、シンデレラのように家族にいじめられてたらガラスの靴を持った押し売りがやってきて騙されそうになったり、小人たちにこき使われたと思ったら突然現れた老婆とアップルパイを作って料理対決をすることになったり、とにかくもうめちゃくちゃです。

 そして、トキはいつもそのめちゃくちゃな中からヒメを探し出して見付けます。ヒメの手を掴んで(人間以外のものになっていることもあるので、その時は掴めるところを掴んで)「帰るぞ、ヒメ」って言う。その瞬間、ヒメは自分が誰なのかを思い出して、ヒメの姿を取り戻して、そうすると世界が崩れていって、それで二人は目を覚ますことができる。


 ヒメはまるでトキに見付けて欲しくて発症しているようにも見えるし、トキはヒメを見付け出すゲームを楽しんでいるかのようにも見える。

 トキが迷い込むヒメの世界での出来事は、二人しか知らない二人だけの世界。そこで、二人でいつまでも遊んでいるようにも見える。


 その二人の関係が、お互いにもうお互いのことはわかっているという雰囲気が、すごく良いです。ただ、本人たちは距離が近すぎて、逆にこれまで恋愛に発展していなかった。

 これだけ仲良くてお互いを信頼していて大事にしていてお互いがいないと生きていけなさそうなのに、全く無自覚で、その無自覚さをこれっぽっちも認識していない。それは、これまで二人だけで世界が完結していたから。

 世界に二人しかいないなら、その関係に名前を付ける必要はないわけです。


 その二人の関係を変えることになったのは、新しい高校生活。

 高校生になってもこれまで通りと思いきや、新しい生活、新しい人間関係、幻想性離魂病に対する周囲の目。そんなものに疲れていってしまうヒメ。

 それから、二人の仲をかき乱すクラスメート塚井ツカイ真帆マホの登場。

 マホは、トキに依存するヒメと、当たり前のようにヒメを助けるトキを「不健全だ」と言い放ちます。トキは「ほっといてくれ、関係ないだろ」と言うけれど、マホは「世界には二人以外にも人間が暮らしているの、二人っきりで生きていけないんだから、周りにも目を向けるべき」と、二人にちょっかいをかけ続ける。

 それは、マホにとっては、危なっかしく二人だけの世界に閉じこもっているような二人への親切心。けれど、それはヒメには受け入れ難かった。

 マホにちょっかいを出され続けている間に、なんとなく仲良くなるけれど、それと共にヒメの感情は不安定になってしまう。

 そんな時に、ヒメはまた発症する。トキも一度はその世界に入ったけれど、ヒメが見付からない。ようやく見付けて手を掴んでいつものように「帰るぞ」って言ったのに、ヒメ自身に手を振り払われて、トキは一人で目覚めてしまう。

 初めてのことに動揺するトキ。今まで当たり前だと思っていたことが当たり前じゃなくなって、しかも初めてヒメに拒絶されて、トキはしばらく落ち込みます。

 ここからは、クライマックスに向けて、トキが自分の気持ちを自覚していくことになります。読者からしたら、そんなのわかってないのお前だけだよ、という気持ちもあるんですが、この時のトキの気持ちの描写は見所の一つだと思います。

 ささきゆきとさんのこういった心情描写はさすがというか、とても繊細で良いですね。


 最後はもちろん、トキがもう一度ヒメを追いかけていって、無事にヒメを連れ帰って二人で目覚めるのですが、そのシーンがすごく良い。

 ヒメが初めて発症した幼稚園児の時は、ヒメは繭のような真っ白い塊になっていた。トキにはそれがヒメだとわかる。だから、トキはそれにキスした、おとぎ話の王子様のように。

 そんな幼い日の出来事と重なるように、トキはまたヒメを目覚めさせる。でも、子供の頃に、お互いしかいない世界で、ただ仲良く遊んでいた頃とは違う。

 真っ黒な塊になって逃げ出そうともがいているヒメを捕まえて、押さえつけて、トキはキスをする。子供の頃とは違って、ちゃんと自覚した上で、ヒメを目覚めさせるために。純粋なだけじゃない、成長した分、いろんな気持ちが混ざってしまったキス。

 ヒメはヒメで、自分の感情を持て余してどうして良いかわからなくて、前は疑うことなんかなかったのにと混乱していたけれど、最後には黒い塊の中から出てきて、トキの手を離したくない、ときちんと伝える。

 この、最初と同じことを繰り返すのに、本人たちの意識が変わってニュアンスが重くなっている感じ、すごく良いです。大好物です。ありがとうございます。

 ここの挿絵もすごく良い。夢川ヨキさんのタッチがすごく活かされてるし、花とか飛んでてもそういう世界だからもう、その通りに受け止められちゃうし、何よりこの時のヒメがすごく可愛いです。


 あー、ありがとうございます。大好きです。満足です。


 とにかく、この、終始ほのぼのしてるのに、じわじわと感情をぶつけられていって降り積もってく感じを、ぜひ体験してください。

 俺は好きです。こういうのが大好きです。


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眠り姫と目覚まし時計(ささきゆきと、四ツ葉エブリデイ文庫)

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