幻覚レビュー

くれは

『僕たちは光合成する』作者:ささきゆきと/イラスト:夢川ヨキ

 最初に選んだのは、ささきゆきとさんの『僕たちは光合成する』です。


 ささきゆきとさんは、この後に出した『裏切る君は絶対零度』の方が有名で、『僕たちは光合成する』は正直なところ地味でパッとしない印象だと思います。

 でも、俺は好きなんですよ。なので、最初はこれにしようと思いました。


 さて、『僕たちは光合成する』なんですが、なんでこれが地味って言われているかの話からしようと思います。

 答えは簡単で、あまりに何も起こらないからです。

 このお話は、主人公の有月ありつきテルとヒロインの宇佐木うさきシロが、ぼんやりと日常を過ごす、少し不思議系青春日常ラブコメです。

 二人の名前は、アリスと白兎のもじりですね。

 二人は、その名前の通りに少しだけ不思議なことに遭遇しますが、それにしたって「散歩してたら道に迷って不思議な雰囲気の店に入った」程度の話です。後から「もう一度あの店に行きたいと思ったけど、あの店への道は見つからなかった」って書かれる程度。ほとんど日常。


 そんな、大きな出来事が何も起こらない、何も解決しない中で、話の焦点になるのは二人の関係です。

 主人公テルの一人称で書かれるヒロインのシロが可愛い。そのシロとのもどかしい距離感が、彼女の表情から、仕草から、時には風景描写からも伝わってくる。

 そして、主人公のその語り口と言動から、シロを大事に思っていること、ずっとこうやって過ごしていたいこと、それらが伝わってくる。

 主人公の一人称ですが、シロが主人公をきちんと想っていることも、彼女の言動からは伝わってきます。


 要するに、この話は主人公とヒロインが、もどかしい距離感でもだもだいちゃいちゃするのをただ見守るだけの話です。

 戦わない。謎も解かない。ライバルも出てこない。衝撃的なことも起こらない。

 ちょっとだけ起こる不思議なことも、ただ二人の距離感を見せるためだけに存在する舞台装置です。


 まあ、そりゃ地味ですよね。俺も地味だって思う。

 でもそれが、この作品の良いところなんですよ。


 そんな、何も起こらない中でいつも通りに日常を過ごす二人ですが、その距離感は微妙に変化していきます。

 二人の中に、だんだんと距離を縮めたい気持ちが出てくる。それは、二人で訪れた店に二度とたどり着くことができないように、二人のこの瞬間が今しかないことに気付いてゆく過程です。

 今は二人で過ごしているけど、この先、明日や来月や来年はどうなるかわからない。そうやって、二人の中に緩く積もってきた感情を確かめるように、二人が決定的な行動、つまりはキスに及ぶのがラストシーン。

 読むとわかるのですが、タイトルの「光合成」は、キスの比喩です。


 改めて言うと、この話は、主人公とヒロインがもどかしい距離感でもだもだいちゃいちゃしつつも、お互いの感情を確かめ合って、最後にキスをするまでを見守る話です。

 ただ、その感情の揺れ動きを眺めるだけの話です。

 万人向けではないと思いますが、好きな人はすごく好きだと思う。というか、俺は好き。


 ちなみに、『裏切る君は絶対零度』でも、ヒロインの感情の揺れ動きの描写が良かったと思ってるんですが、その源流は確かにこの作品にあると思ってます。

 徐々に降り積もっていった感情が、ふわりと解き放たれるような書き方だと思います。


 あ、イラストの夢川ヨキさんが描くシロがすごく可愛いので、イラスト目当てでも良いと思います。ちょっと少女漫画風のタッチなのが、この話にとても合ってると思う。

 とにかく、主人公から見たシロが可愛い。


 というわけで、俺のすごく好きな作品です。


========


僕たちは光合成する(ささきゆきと、四ツ葉エブリデイ文庫)

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