そんな話を思い返していたら、何となくコイツはトリケラトプスの幽霊なんじゃないかと思えてきた。意識不明のタカシ君が白亜紀はくあきから『ぼじょー』とやらで呼び出したシロモノなんじゃないかって。後ろを振り返れば、まだついて来ているし。


 だっておかしいよ! こんなに大きな怪物が小学生の後を追いかけているのに、誰も騒ぎださないなんて。大人は何をしているだよ!


 段々こわくなってきたな。コイツは僕の日常に容赦ようしゃなく踏み込んでくる。もしも、家までついてきたら、どうなる? 家の中にまで入ってこようとしたら?

 もし僕の家が壊されたら、パパやママだってお説教せっきょうだけじゃ許してなんかくれないぞ、きっと。


 冷や汗が止まらない。

 やはり現代に恐竜なんて居たらダメだ。

 ここは人間の暮らす街なんだから、怪獣なんてとても受け入れられないよ。


 どうにかして、トリケラトプスを追い払わなければならない。

 幽霊ならば神社にでも行けばあきらめてくれるだろうか?

 いや、無理に決まっている。

 そこでまつられている神様よりも、ずっと大昔の生き物なんだから。


 ただ、コイツ、幽霊にしては実体じったいがしっかりとるんだよなぁ。

 さっきは息を吐きかけられたし、足音も聞こえてくる。

 うーん、八雲先生っぽく考えれば、『幽霊の構成物質エクトプラズム』がいと、霊も実体化も出来るとか? そんな感じ?


 実体があるからこそ恐竜は脅威きょういなんだけど……。

 それは同時に弱点じゃくてんでもあるんじゃないか?


 実体があるのなら、どんな攻撃でも当たるはずだ。

 僕は決心して足を速めた。


 大通りに出ても依然いぜんとして通行人は皆無かいむだった。でも、もうそれはいい。

 僕が自分で何とかすると決めたんだから。


 すぐそこの交差点で歩行者用の信号が明滅めいめつして赤に変わった。

 そして坂の下から地響じひびきが近づいてきた。

 トリケラトプスは物音ものおと反応はんのうして首をそちらに向けた。


「なんでもないよ。気にしなくていいから」


 僕はトリケラトプスに声をかけて気を引くと、四車線よんしゃせんの道路を渡り始めた。

 信号は赤だけどかまいやしない。僕が渡る時だけ安全ならそれでいいから。

 横断歩道を渡り終えると、僕は背後はいごをかえりみて追手おってを確かめた。

 恐竜は交差点の向こう側で立ち止まっていた。


「どうしたの? 来ないの?」


 生意気なまいきにも危険をさっしたのかな? 

 奴は低い声でうなり声を発していた。


「じゃあ、ここまで


 僕は挨拶あいさつをして そのまま行こうとした。

 その一方で、坂の下からすごい速度でトラックが突っ込んで来た。

 それは地平線ちへいせんからのぼる太陽のよう。大地と空の境界線きょうかいせんから、大型車の顔面がんめんが少しずつせり上がってきた。


 僕は横目でそちらを一瞥いちべつし、そして、別の衝撃しょうげきを受けた。


 どうなってんの? 勘弁かんべんしてよ。

 トリケラトプスだけで、もう お腹いっぱいだというのに!

 あのトラック、運転席うんてんせきに誰も乗っていないじゃないか。


 フロントガラスはひび割れており、バンパーには赤いモノがベットリと張り付いていた。あれは、もしかして血? まるで、ついさっき事故を起こして人でもはねたみたいだった。


 無人トラックのハンドルがひとりでに切られ、アクセルが踏み込まれた。

 向きをこちらへ変えたトラックはドンドン加速し、歩道へと乗り上げ、更なる暴走ぼうそうを開始した。


 ひ、ひかれる!


 咄嗟とっさの事で僕には何も出来なかった。ただ僕は怯え、両腕で顔をかばい、小さくちぢこまっていた。


 こざかしくトリケラトプスを車にひかせようとした罰が当たったのだろうか。


 しかし、またしても思いがけないことが起きた。

 低いうなり声をあげていたトリケラトプスが頭を下げ、三つ角を身構みがまえた。

 クラウチングスタートを決める走者のように、トリケラトプスは真っすぐ飛び出した。


 それはあたかも放たれた弾丸だんがん。いや大砲の弾か。


 鋭利えいりな角は暴走トラックのコンテナ側面そくめんをえぐり、強烈きょうれつ頭突ずつきはトラックを横倒よこだおしにした。とどろ破壊音はかいおんに僕は飛び上がってしまった。


 慣性かんせい法則ほうそくに従って、横転おうてんしたトラックは大通りのビルに突っ込み、デパートのショウ・ウインドウをぶちやぶってようやく止まった。

 それでもひっくり返ったトラックのタイヤだけは悲しく空転くうてんを続けていた。


 唖然あぜんとするしかない。


 目前でトラックを逆にね飛ばし、僕を助けてくれたトリケラトプスは……こちらを見て気さくにウインクしてみせた。


 勿論もちろん、鳥みたいに目蓋まぶたは下から上に閉じたんだぜ?


 もう限界げんかいだった。僕は足の折れたカカシみたいに気を失ってくずれ落ちた。


 その後は、もう視界しかいが真っ暗になっておぼえていないよ。









 目を覚ますと、いつもの通学路に居た。


 空はいつしか夕方で、僕は通りすがりのオバサンに助けられたらしい。

 道端みちばたすわり込んで眠っているように見えたそうだ。


 当然、トリケラトプスなんて居るわけがない。

 ここは現代の通学路なんだから。

 でも僕には……それをただの夢で片付かたづける気には、どうしてもなれなかった。


 後で聞いた話だけど。僕が眠っていたまさに同時刻、昏睡状態こんすいじょうたいだったタカシ君が目をましたというのだ。そして、目を覚ますなり こう言ったんだって。


「へへ、トラックの奴に『お返し』してやったよ」


 悩んだ末、八雲先生に相談そうだんすると、先生は渋い顔でこう教えてくれた。

 タカシ君をはねたトラックは、事故車じこしゃなんて縁起えんぎが悪いから運送会社うんそうがいしゃ廃車処分はいしゃしょぶんにしてしまったのだと。つまり、事故の責任せきにんを押し付けられて「殺されちゃった」んだって。


 もしかすると、僕をおそったアレは人間にうらみを抱くトラックの幽霊だったのかも。じゃあ、助けてくれたトリケラトプスは?


 首をかしげながらも八雲先生は教えてくれた。

 送り犬という妖怪のことを。


 それは東北地方に伝わる怪異かいい

 夜道、いつのまにか旅人の後をつけてくる犬にそっくりの妖怪だという。送り犬はどんなに追い払おうとしてもついてくるが、旅人がちゃんと御礼おれいさえすれば家までの安全を保障ほしょうする「たのもしい護衛ごえい」になるんだって。


 なんと別の妖怪や夜盗やとうに襲われた時、助けてくれた話も残っているみたい。

 そして、送り犬の正体は、同じ道で不幸にも命を落とした旅人の霊なのだとか。


「少々ことなってはいるが、今回のケースに似ていると思わないかい?」


 先生は禿げ頭を撫でながら、そう話をめくくった。

 意識不明のタカシ君が、送り犬になってトラックの悪霊あくりょうから僕を助けてくれたんだろうか? タカシ君らしく、恐竜の姿に化けて?


 そんなファンタジーってある?

 とても信じられない絵空事えそらごとだと、僕自身も思う。


 でもこの物語には、まだ続きがあったんだ。


 タカシ君が無事に退院たいいんしてから三日後。

 久しぶりに博士兄弟と一緒いっしょの帰り道にて。

 僕はちょっと怖かったけど、トリケラトプスの事を聞いてみたんだ。

 そうしたら……タカシ君は、はにかみながらもこう言ったんだよ。


「ああ、良かった! オレだけが見た夢なのかと思ってた」


「じゃあ、やっぱり?」


「八雲先生だって言っただろ? 会いたいと強く願えば、幽霊は現れるって」


「そういえば、独りぼっちの下校でさびしいと思ったかも……」


「やっぱりね、お前がオレを呼んでくれたのか。はは、れるな。でも、もうさびしくなんてないぜ。オレとシンジも居る、それに……」


「それに?」


「三人だけの秘密だぞ? あれ以来いらい、出来るようになったんだよ」


出来できるようになったって……なにが?」


「強くねんじて呼び出せるようになったの!」


 口をポカンと開けた僕の前で、タカシ君は両手を組んでウンウンうなり始めた。その様子は祈祷きとうする山伏やまぶしにそっくりだった。


 そして、僕たち三人の足元あしもとを大きな影がすり抜けていった。

 アスファルトにうつった影法師かげぼうしは巨大な翼を広げ、天を滑空かっくうするカタチをしていた。

 上空からギャアギャアとカラスの百倍うるさい鳴き声が響いた。


 弟のシンジ君が頭上を指さしながらそいつの名前を叫んでいたが、ショックを受けた僕の耳には入らなかった。祈りを終えたタカシ君が屈託くったくのない笑顔で僕に告げるまで、とても旋回せんかいする存在そんざいを認める気になれなかった。


「あれ? プテラノドンって恐竜じゃなかったっけ?」



 やれやれ、これだ。

 僕たちの帰り道は、今日も今日とて一筋縄ひとすじなわではいかないようです。





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帰り道のトリケラトプス 一矢射的 @taitan2345

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