帰り道のトリケラトプス

一矢射的



 よく晴れた日の午後、学校からの帰り道。

 僕の行く先をはばむのは、道路に横たわるトリケラトプスだった。


 うっわ。


 恐竜図鑑きょうりゅうずかんでしか見た事がないけど、ぞうみたいに大きいじゃん。

 うつ伏せの巨体きょたい住宅街じゅうたくがい二車線にしゃせん道路をまるまるふさいでしまっている。

 両側はブロックベイ障害物しょうがいぶつけて通れそうもない。

 トカゲとサイを合体がったいさせたような その姿は、外国映画に出てくるCGそのままだ。薄茶色うすちゃいろの皮は分厚ぶあつくてじゅうで撃たれてもヘッチャラなんじゃないだろうか。


 うわ、こっちに気付いたみたい。

 僕の身長しんちょうくらいある逆三角形ぎゃくさんかくけいの大きな頭が持ち上げられ、こちらへ向けられた。鼻先はなさきと両目の上にぶっといつのが生えている。

 人の身体からだぐらい簡単かんたんつらぬいてしまいそうだ。

 テレビで流れるようなイメージ映像えいぞうでは、ティラノサウルスと戦ったりしているんだよな。たしかに、この角があれば肉食恐竜との一大いちだい決戦もやれそうな気もする。


 みつかれでもしたら一巻いっかんの終わりだけど、不思議ふしぎこわさは感じない。

 トリケラトプスが草食動物そうしょくどうぶつなのは有名ゆうめいな話だもん。いや待てよ、アフリカで最もヒトを殺している凶暴きょうぼうな生き物はカバだって話を聞いたことがあるぞ。

 でも、コイツのひとみには青空がうつっている。

 とても澄んで優しい目をしていたんだ。


 近付いて恐竜の鼻息はないきびただけで よろけそうになったけど、敵意てきいはまるで感じられない。ソイツは僕からすぐに興味きょうみを失い、首を降ろして目蓋まぶたを閉じてしまった。


 人間とは逆だ。下から上へ閉じたぞ……まぶた。


 学術的がくじゅつてきには貴重きちょう発見はっけんなんだろうけど、誰に話しても信じてもらえないと思う。

 他ならぬボク自身が信じられないんだから。


 なんで大昔に絶滅ぜつめつしたはずの恐竜がこんな所で呑気のんきに寝ているんだ?

 辺りを見回しても通行人つうこうにんはゼロ。町はなぎのように静まり返っている。

 うーん、夢を見ているのかな? それともどこかの研究所けんきゅうじょで現代によみがえったトリケラトプスが、おりやぶって逃げ出したのだろうか?


 こんな時、博士兄弟はかせきょうだいの兄がいれば的確てきかくなアドバイスをくれたのだろうけど。

 あっ、博士兄弟ってのは僕の親友しんゆうで、動物や昆虫こんちゅうの事にすっごくくわしいやつらなんだ。僕の生きもの雑学ざつがく大抵たいていそこから仕入しいれれたものだったりする。ただ、生憎あいにくと今は兄貴のタカシが交通事故で入院中にゅういんちゅう

 弟のシンジもふさぎ込んで元気がないんだ。

 だからこそ、僕はこうして一人ぼっちの帰宅をいられているわけで。


 ちなみに僕のあだ名は「メガネ」

 何の個性こせいもない兄弟のオマケだって事がよく表れているでしょ?


 でも今はオマケが本体なしで困難に出くわしてる。

 つまりは、僕が自分で何とかするしかないってことだ。

 

「あのね、そこを通らないと家に帰れないんだけど?」


「ブフゥ~」


「君がまったく動かないと約束してくれるなら、ちょいと大きな体を乗り越えていくんだけどさ。尻尾しっぽで払ったり、寝返りをうったりしないと約束してくれるかな?」


「ンゴォ~」


 返事は鼻息だけか。

 通知表に「人の話を聞かない」って書かれるタイプだな、コイツは。

 迂闊うかつに近づいて下敷したじきにされたらそれこそ一巻の終わりだぞ。


「もういいよ、ふん。僕は遠回りして帰るから。君はそこで好きなだけ寝てるがいいや」


 とうとう僕の方が根負けする。

 さりとて、この最短ルートをあきらめるとすれば、他の近道は下水管の入れ替え工事で通行止めだし……。まずは大通りに出てグルッと迂回うかいし、二丁目から三丁目方面ほうめんに出るしかない。


 あの大通り、トラックがスピードを出してすぐそばを走り抜けていくから怖いんだよな。博士兄弟のタカシ君が事故にあったのも、あの大通りだし。

 小学生男子たるもの誰もがそうであるように、タカシ君は恐竜が大好きなんだ。

 意識が戻らない程の怪我ケガだっていうけど、そんな目にっていなければきっとコイツを見て大喜おおよろこびしていたんだろうな。


 そんな事を考えながら恐竜に背を向け、歩き出したその時だ。

 トリケラトプスの奴、のっそりと起き上がったじゃないか。


 ドスン、ドスン。

 足音だけで地面がかすかに揺れている。恐々肩越かたごしに振り返ると、恐竜が横柄おうへいな足取りでコチラに近づいてくる所なんだぜ!

 あの優しい目は健在けんざいだったけれど、正直いうと動物なんて何を考えているかわかりっこない。たとえ悪気わるぎはなくとも、じゃれて飛びつかれでもしたらコッチはお陀仏だぶつなのに。

 僕は虚勢きょせいを張って向き直り、シッシッと手を振った。


「こらこら、ついてきたらダメだよ」


 ドスン、ドスン。


「ウチじゃお前なんか飼えないんだから。」


 ドシン、ドシン。


 もう、何を言っても聞きやしない!

 そもそも飼うってなんだよ。子猫じゃあるまいし。

 次第に腹が立ってきた。本当に何なんだよ? こいつ!

 ジュラ紀から現代にタイムスリップしてきたとでも?

 それともまさか、これが恐竜の幽霊なのかな? 









 僕の頭には、一月ほど前に聞いた博士兄弟はかせきょうだいのトンデモ仮説かせつよみがえっていた。

 あれを聞いたのは確か学校で、時刻は放課後ほうかご

 説教せっきょうのため僕たち三人が職員室しょくいんしつに呼び出された時の話だ。

 僕らをしかる先生にタカシ君が言い出したんだ。


「先生、日本兵にほんへいの霊がいるなら、恐竜の幽霊はいないんですか?」


 ゴメン、理解不能だよね。ちゃんと順を追って話すよ。

 ことの経緯けいいはこうだ。

 僕ら三人が秘密基地ひみつきちに定めた三丁目の「つぶれたボーリング場」せっかく見つけた新しい遊び場だというのに、担任の八雲やくも先生は「危険だから二度と行くな」と一方的な御達おたっしを出すんだ。なんでもあそこはもともと軍用基地ぐんようきちで、戦時中に亡くなった人の幽霊が出るんだって。

 うん、そう。八雲先生はちょっと変わっている所があってね。もう四十過ぎの男性教師で頭なんかハゲているのに、怪談かいだんで生徒を怖がらせるのが大好きなんだ。おどしに反発したタカシ君が日頃の不満を爆発ばくはつさせちゃったというワケ。


「戦時中に亡くなった人の霊が今でも出るなら、恐竜の霊だって、きっと今でもどこかに居ますよね? そんなに大昔の霊は出ないっていうのなら、先生がおっしゃる日本兵の霊も話が古すぎませんか?」


「君ィ、あのね、恐竜が滅んだのは六千六百万年前の話。第二次大戦はたかだか六十五年前だよ? 君らにはそれが同じ過去に感じるのかい? はぁ、これがジェネレーションギャップという奴か」


 ため息をつく八雲先生にタカシ君はなおも食い下がる。


「でもでも、大昔なのは変わらないでしょ?」


「はいはい。でもね、幽霊や妖怪っていうのは、人の強い感情を嗅ぎつけて現れるものなんだ。恐怖とか、慕情ぼじょうとか、好奇心こうきしんなんかをね。恐竜の霊を怖がっている人なんて、実際は居やしないだろう? だからティラノサウルスの幽霊なんてどこにも出ないよ」


「ぼじょー?」


「ええと、会いたいと思う気持ち……かな?」


「へえー、会いたいと強く念じれば、恐竜の霊とも会えるんですね! へへへ、良いこと聞いちゃったなぁ」


 これにはさしもの八雲先生もタジタジだ。

 僕は勿論もちろん、弟のシンジ君もあきれていたっけ。




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