第16話 きもちいい?
「どうして……」
そう口にしながらも、リエラはその理由は解っていた。
この『鳥籠』は彼女の意図に反したことはしない。
だから、鍵が開けられたということは、つまりは――
(私は、このままこの子が外に出て欲しいって……)
アネットは鍵を持った手を、しかしそこから何をするでもなく下げて、振り返って『鳥籠』の中央にしゃがみこんだ。
そして。
リエラを見た。
「ご主人さま」
「…………アネット」
その眼差しは相変わらずで。
リエラは、彼女の妹が、ペットが、奴隷が、何を望んでいるのか、自分が何をしたいのか、理解している。理解させられている。
それを認めることは、到底できないはずだったが。
「きてください」
その言葉に応じるように、リエラの手は鍵の開いた『鳥籠』の扉に伸ばされた。
カチリ、と音を立てて、扉が外開きに開いていく。
「……………」
それを感情のこもらない目で見ていたリエラであるが、『鳥籠』の中でアネットの身じろぎする気配が伝わると、つい目を向けてしまう。
アネットはしゃがみこんでいた姿勢から、脚をすらりと伸ばし、右膝だけを抱え込むようにしてリエラへと潤んだ眼差しを向けていた。
「アネット……」
彼女の妹の所作、姿勢は、扇情的でありながらも何処か秘めやかであった。
リエラはそれ以上の言葉を口にすることもなく『鳥籠』の中に踏み入る。
それは荒野をただ一人明かり灯し掲げて歩み続ける聖者に従う、巡礼者のように足取りであった。
やがて。
「さあ」
アネットはそういって、姿勢を膝立ちにしてから両手を広げて。
「――――撫でて」
リエラは言われるままにしゃがみ込み、アネットの首へと両手を回し込み、抱き寄せた。
◆ ◆ ◆
「ごしじんさまぁ」
「~~~~~~ッッッ」
甘い声が耳元で囁かれ、そのたびにリエラは体の奥からえもいわれぬ痺れが起きる。
その痺れのままに彼女の手は動き、アネットのお腹の上を撫で回す。
逆の手は髪の中へと指をかきいれ、櫛流している。
指が動くたびにアネットは声をあげ、時にリエラの顔を舐め、甘噛みする。
リエラはそのアネットの頭を抱き寄せると、髪の中に鼻をいれて匂いを吸い込む。
ふふ、とアネットの笑みが聞こえた。
「きもちいい? きもちいい?」
「うん……うん……うん……?」
何度も聞かれ、何度も頷き、しかしリエラの頭の中身は、次第に体と切り離されたように、何処か遠いところから眺めるかのように、自分のしていることを冷静に分析していた。
(なんだろう……なにか……間違ってるような……)
間違ってない、ような。
すんすんと鼻を鳴らして、アネットが顔をリエラの胸に押し付けてくる。
それだけで、リエラは背筋を駆け上る衝撃を感じた。
(いや、いいんだ……これでいいんだ……これでいい……)
ずっと前から、こうしたかったのだと思う。
リエラはアネットを撫で回す。
お腹を撫でて、背中を撫でて、頭を撫でて。
その都度にアネットは悦びの声を上げ、唇を寄せ、舐め回し、甘噛みすらしてきた。
まるで、大きな猫のようだ。
(ずっと、ずっと昔から、私はこうしたかった……妹を甘やかして、甘やかして、そして喜んでほしかったんだ……)
それはアネットのそれとは違うが、これもまた一方的な、姉としての愛だ。
姉として、妹を可愛がるのは当たり前のこと。
自分はそうする機会が今までになく、あるいは、かつてあったとしても、それは遠い記憶の彼方にあって霞んでしまっている。
そのような飢餓が何処かにあったのだろう。
だからなのかはよく解らないけど、隠れて動物を愛でていた。
代償行為というものなのかもしれない。
ずっと、そうするしかないと思っていた。
しかし今はこうして、妹に愛を向けられ、愛に求められた。
それを止める者も、法も、この世には存在しない。
自分は魔王で、この城は魔王の領域だ。
誰も自分を止められない。
自分たちに指図する者など、いやしない。
「ふふ……」
耳元で笑い声がする。
それだけで、頭の中が真っ白になるほど気持ちがよかった。
それは可愛い可愛い、ペットの声だ。
魔王になった元落ちこぼれの姉に飼われています。 奇水 @KUON
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