終話 これからも、三人で
ええっと、正直この後もひと悶着あった。けれど、大怪獣バトルみたいな黄金との戦いと比較すれば、随分と地味な絵面が続いたもので。
要するに、魔導院ほど鬼畜な処遇はしなくとも、幻影は幻影なりに相応の処罰を俺に下した。当然だ。偽吸血鬼の比ではない。偽吸血鬼でさえ、禁忌指定であるというのに、その原典たる金色の王を体内かどこかに飼っているとなれば、それは歩く厄災であり、螺旋巴の人格が汚染され、黄金に取り込まれるというリスクを、幻影の魔術師たちは無視できなかった。
たとえそれが、ゼロに近しい確率であったとしても。
魔法使いという強大な力があったとしても。
見逃してはならないのが組織というもので、自分自身もその処罰には納得がいってた。
一ヶ月、俺は星影総悟と一緒によく分からない場所に監禁され、実験じみたことを何度もされた。体を抉るとか、そういうものではないけれど、何度も意識を失ったし、気分を悪くもした。
でも、逆に言えばそれだけで済んだ。
それから数ヶ月はspec-Bのメンバーとして怪異絡みの事件に参加して、慣らし運転のようなノリで経験を積んだ。最初こそ、内包している能力は誰よりも高いだろうって、spec-Sのメンバーと組まされて動いたけれど、結局、自分は黄金の旧血種を取り込んでいるだけで、身体能力が上がったとか、そういうわけもなく。結局すぐに降格されて、比較的安全かつ単純な仕事に取り組んでいた。
要は、ほとんど変化がないってことだ。
その気になれば黄金の力を利用できる……と紡稀や星影は言うけれど、結局その引き出しの開け方が分からない。
ただ、唯一できることといえば、偽吸血鬼であった頃と同じように、白い炎や煙を吹いて体を再生させることだけ。その引き出しだけは、既に開け方を知っていたのだから上手く使えている。(ただ、これにもコンディションはある)
結局、そんなこんなで赤石に帰ることはなかった。
七月末、あの再開の日までは。
◆
というわけで物語は少し遡り、最後の話。
【2021年 7月 29日 午後23時】
あの屋上での再会の後、また失踪されては困るとそのまま蒼のマンションへと連れていかれた。
盲杖桜の家に居候していたときは普通に紡稀も連れていたのだが(陽以外のご家族には紡稀の詳細はほとんど語っていない)、いくら魔法使いとはいえ見た目は小学生そのもの。真夜中に出歩かせるのは如何なものかと倫理観が働き、盲杖桜の家で待機するように言っていたんだけれど、やっぱり筒抜けというか、ひょいひょいと一人で校門までやってきた様子。
蒼と久々の再会でぎゅーっと抱き合ったあとは、そのままマンションまでの道のりを夜の散歩だと称して三人で歩く。
上手く言えないけれど、夜風がとても心地よかった。
それで、蒼の家に到着したら、一息つきつつも、これまでのいきさつを洗いざらい話す。これには一時間以上の時間を費やすこととなった。
「――――というのが、これまであったお話です」
「です~」
俺が説明して、細かいところを紡稀が補足する。そんな風に半年間の出来事を話した。
紡稀は満足がいったように、ミルクティーを飲む。
「うまい!」
機嫌がよさそうだ。足をプラプラさせて鼻歌を歌っている。
紡稀はあれからずっと、幼女姿のまま。これには力をセーブするという目的があると言ってたけど、精神年齢まで幼くなってる。
そんな状態で監視とか、大丈夫なのか? って思うかもしれないけれど、有事の際はスンと冷静になって大人紡稀が戻ってくる。
子供時代をまともに過ごすことができないまま、色んなことを知ってしまったから、俺は今の紡稀の方が彼女らしくていいと思っている。
いつの間にやら頭を撫でるクセが定着してしまった。
「な、な、な………」
正面に座っている人は、これまでの話を聞いて真っ白だ。
「ナイスリアクション。俺はもうそれで満足だ。魔導院での出来事を盲杖桜が先に漏らしてなくてよかったよ」
「…………そういえば、ほとんど話す機会なかったわね。同じクラスだったけど変わっちゃった」
「意外だな。今は盲杖桜だって幻影の一派だぞ」
年明け前から、世界樹顕現を止めるために仲間入りしたんだ。俺の情報が蒼に漏れるとすればアイツしかいない。
「そんな話、私には言わなかったもの」
と、思ったけれど陽は学校で性格変わってたな。魔術師としての行動がバレないように、自己暗示をして、自分を一般人だと錯覚させる……だったか。学校という場じゃ、蒼に問いただされてもびくともしないし、その場合当人は魔術なんて完全に蚊帳の外だ。思ったより口は固いのかもしれない。
「……とはいえだ、アイツはお前のことが好きだった。自分からベラベラと喋りそうだけど」
「人の気持ちってすぐに変わっちゃうものよ」
その言葉の意味が分からなくて、首を傾げる。
蒼はそれを見て、吐息を漏らした。
「烈火ちゃんと付き合ってるみたいだし」
「な、なんだってー⁉⁉」
「倉井戸さん倉井戸さん、烈火ちゃんって、あの
「他に誰がいるのよ」
「な、なんだってー⁉⁉」
巴くんびっくりしすぎて勢いそのまま椅子ごとひっくり返ってしまいました。
「夜の11時ですよ? 近所迷惑です」
紡稀がすごい蔑みの目で見てきます。ごめんなさいそんな顔しないで。
「しっかし……そうかぁ……アイツ、幻影に所属したクセにほとんど顔出さなかったのはそれが理由か………」
魔導院なんてアイツほとんど観光だったしね。
朝日烈火は魔術とは無縁の一般人だ。魔術師とはいえ、危険な事にホイホイ足を突っ込むワケにはいかなくなった――アイツの中でそういう思考回路が芽生えたってのか。
「うーん、なんだこの敗北感」
というか、何故俺に報告しなかった。嫌がらせ? いや、確かに思い当たる節は結構あるけどさ。
「烈火がアプローチして、盲杖桜がOKしたの」
「へぇ。朝日烈火ってアイツのこと好きだったのか」
「…………ドンカン」
蒼は頬杖をついて、つまんなさそうに漏らす。
「鈍感ではないだろ」
「恋愛小説でも読んでみるのはどうでしょう?」
紡稀が空笑いをしながら、そう言った。
「…………色々あったから、そういうの、よくないって思ってたみたい。けど、私が押したの」
色々あった、か。朝日烈火といえば、時雨さんと仲がよかったもんな。
「みんな、ちゃんと前に進んでる」
蒼は聞こえないくらいの声音でそう漏らした。
「俺たちも、進まなきゃな」
「え?」
蒼がギョッと目を丸くする。
「え? なに?」
しばらく間があって、蒼はすごーく長いため息をした。そしたら今度は急に大声で笑い始める。紡稀も同調するように、笑いだした。
「やっぱり、巴くんのそういうところってどこまでも治らないものね」
笑いすぎたのか、涙を拭きつつ彼女は笑う。
「巴くん、しばらくこの街にいるんでしょ?」
「え? まぁ。久々の休みだし」
「じゃあ、また以前のように部屋を貸してあげる」
「マジ? 正直盲杖桜の家に居候するのは気を遣いすぎて死にそうだったんだ――――助かるけど………今更ながらそれってどうなんだ?」
当然、女性の家に入り浸る未成年の男ってどうなんだ? という意味である。
「それじゃあ、盲杖桜さんのお宅でお世話になれば?」
そう言われると弱い。二択を出されると、絶対にこっちの方がリラックスできる。青咲巴を、螺旋巴を形作った第二のホームグラウンドなのだから。
帰るべき場所を失った今、ここは数少ない“居場所”でもある。
だから。
「………………お言葉に甘えてもいいですか?」
もちろん。と、蒼は笑った。
そして、
「それじゃあ改めまして。おかえり。巴くん、紡稀ちゃん」
俺と紡稀は、一緒に声を合わせる。
「ただいま」
魔法使いと吸血鬼 九夏 ナナ @nana_14
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