「勝敗の決、此一戦に在り……唯吾向ふ所を視よ」――『名将言行録』より

 最初にちょっと恥ずかしい告白を。本作のある個所で、私はある珍しい体験をしました。感極まって泣いたのです。

 作中の悲しい、あるいは嬉しい出来事で涙を流すことは(稀に)ありますが、歴史という壮大な綴れ織りの糸が織りなす運命に、思わず目頭が熱くなってしまったというのはおそらく初めての体験でした。
 レビューでネタバレはしない主義なので詳細は書きませんが、歴史好きの方なら、同じような感想を抱いてもらえると思います。

 小説の面白さは、作者の想像力にかかっています。そして歴史小説の面白さを生み出す想像力とは、史実の埋もれたエピソードを発掘して膨らませたり、史料が語らない空白を埋めたりする技量のことだと思っています――例えば、「あの人物にはこんな一面もあったのか」とか、「あの有名な事件にはこんな背景があったのか」と読者を唸らせることができれば、歴史小説として成功した作品だと考えています(※個人の感想です)。
 その点、本作は素晴らしい歴史小説だと断言できます。司馬遼太郎と池波正太郎と隆慶一郎に青春時代を、藤沢周平に社会人の自由時間を捧げた私が保証します。

 本作の内容は、後北条氏興隆のきっかけとなった「河越の夜戦」を巡る群像劇。主人公である北条氏康は、西の今川氏・北の武田氏・東の両上杉その他大勢の関東諸侯を敵にした状態で、最前線の河越城攻囲の報に接することになります。
 そんな絶望的な状況から、どうやって河越の夜戦に勝利できたのか? なぜ関東の覇者になれたのか? その答えは諸説ありますが、本作で示された答えは、歴史小説好きなら興奮不可避。主人公・氏康とその武将たちだけでなく、彼らと戦う諸勢力――今川、武田、扇谷上杉、山内上杉等々――にも濃密なドラマが用意されており、読む者を飽きさせません。

 本作の最後の「あとがき」で、作者の四谷氏は「児童生徒に薦めたい」本を念頭に執筆された旨書かれておられますが、私はむしろ「大河ドラマ」だと思って読んでいました。
 各話、冒頭の一文(詩や名言)から始まり、アバンタイトルというべき導入部が終わると、その回のタイトルが示されるという構成も、まさに大河ドラマのような仕様。話数も42話なので、もう少しあれば一年放送できますし。

 歴史好きの方もそうでない方も、ドラマ化される前に是非ご一読ください!

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