ニシノさん

・・・

私達人間のニューロンが死滅する時、

その最後の電気的明滅を集めている。

  そこに残された情報は非常に価値がある。


  人の死にゆく瞬間を記録することに何の意味が。

  そう言う者もあった。


 ・・・

「こんな仕事なら誰だって出来る。『不死』にでもやらせりゃいいんだ」

 Dはぼやいていた。人間がしょうもない仕事にばかり宛がわれていると。

 それを聞いたニシノはディスプレイから目を離し、彼の方へ向き直った。

「そもそも仕事は誰にでも出来るようにプロセスが決まっているだろう。しょうもないかも分からないが、それだけ自由が増えたろう」

「だから面白くない。俺はもう帰る。ニシノさん、お疲れ様」

 ぼやきつつも仕事は速いDは席を立ち、さっと鞄を持って出て行った。

 時計はまだ十五時を回っていない。しかし、オフィスにはニシノを覗けばまばらにしか人がいなかった。

「そう言ってはみたが、私も飽きた」

 ニシノはそう呟き、今日の仕事を終え端末の電源を落とした。

 すると、彼の携帯電話が鳴る。

「お世話になっております、CiHのニシノです。はい。そうですか、分かりました」

 仕事だ。ニシノ達の業務は机上でのデータ分析とたった今請けた現場作業だった。当然業務時間でなくとも対応しなければならず、それを加味すれば仕事の時間は不定期だった。

 それ故、Dのように机上作業だけの日は早く帰るなんてことも出来た。

「仕方ない。今日は真面目に仕事をするか」

 はっきり言ってしまえば机上作業も、データを読み込むだけで大半の解析結果は機械が出してくれる。

 彼らが第一にすべきは「承認」すること。ほぼそれだけだった。

 人がやる仕事は確かに少なくなった。人でしか出来ない仕事で、ニシノが出来る仕事はそれほど多様ではない。彼はそれも分かっていた。

『君よりAIの方が信頼出来るから、AIを出してくれないか?』

 そう言われ、コールセンターの仕事を追われたこともある。彼は対人関係が主となる仕事か、単純な肉体労働を選ぶ他なかった。

 以前、ニシノは営業や怪しげな健康機器の技術者などを数年勤め、それなりに成果を出してきた。どんなことにも対応できる能力があり、こんな時代でも適応できると考えていたのだったが、歳を取るにつれてそれもままならなくなってきた。

「飽きた、とはいえこんな楽な仕事もない」

 人間がするべき仕事は徐々に高度なものを要求されている。それが出来なければ、酷い肉体奉仕以外にない。

 その中で、今の仕事は辛くはない。彼の中ではその利が大きかった。

 しかし、世間では高度なものを求める機運が高まり、これまでにも幾つかの大規模メーカーが消えていった。

 技術レベルが低かった。経営戦略が悪手だった。おざなりな計画だった。結果の水増しがあった。

 外から見れば革新的に見えたであろうものの虚飾がじわじわと組織を蝕み、傲りを含み、駄目になっていった。

 そんな中、ニシノは《Cocoon in Human(通称CiH)》に所属している。

『人の中を革新する』を標語に掲げ、これまでに幾つかの革新的な遺伝子治療法を確立させたことで有名になった会社だ。

 そこでニシノは記録者として働いている。ほとんど作業者みたいなものだったが、待遇は良かった。

「彼等のように『死の快楽』に陥らない為にも」

 彼はそう言うと気持ちを切り替え、鞄に注射器と幾つかの書類,PCを入れてオフィスを後にする。

 ・・・

 ニシノは連絡のあった成田家に向かった。事務所からはさほど遠くなく、車を十分も走らせれば目的の日本家屋が目に入った。

「留める場所は……ないか。付近の駐車場に停めておいてくれ」

『分かりました。場所はお任せ、でしょうか?』

「ああ」

 彼は車に適当な場所への駐車を指示して降りた。

 車は自動運転中という表示をガラス全面に表示し、何処かへ走り去る。

 余計な事に気を使わなくて住むのはよいことだ。ニシノは車を見て頷く。

「お待ちしておりました。成田家のさかえと言います。主治医も来ておりますので、こちらへどうぞ」

 玄関口に成田家の長男を名乗る中年の男性が待っていた。髪には白髪が多く混じり、疲れた様子は隠せなかった。

 簡単に挨拶を済ませニシノは客間に案内される。そこには、丁寧に年を経た革張りのソファに医者と思しき人間が座っていた。

「こちら、CiHのニシノさんです」

「主治医のNだ。記入が必要だろう、出し給えよ」

 主治医はやや高圧的だった。それもその筈で、ニシノ達『記録者』の仕事は死が訪れる瞬間を残すこと。

 その時に生じた身体反応全てを情報として利用することが目的だ。

 彼は主治医のそうした態度には慣れていた。提携している病院であれば何も問題はないが、人の死を利用しようとする態度が気に入らない者は多い。

 医者に限らず、葬儀屋、寺の人間、納得していない親族、NPO団体など、色々な人達から抗議される。

「すみませんが昌さんのご同意がありますので、こちらのナノマシンを注入してください」

「嫌だ。と言っても始まらないか。僕も知り合いから君らのことは聞いている。『不死』だって? 馬鹿馬鹿しい」

 そう言いつつも書類にサインをして、ニシノが取り出した注射器を受け取った。

 情報を提供するとおおよそ二十万円が提供者に支払われる。それほど大きな金額ではないが、それなりに連絡はある。

「私はこちらで待たせて頂きます。先生、注射だけ頼みますよ」

「確認はこちらでも大丈夫なんですね? 葵、お茶を出しとけ」

 昌は妻らしき人に声を掛け、一礼して主治医と出て行った。ニシノは臨終の場にいるつもりはなく、またそうした行為は禁止されていた。

 注入は嫌悪感を露わにしている医者頼みになるが仕方がない。彼はPCの画面で、制御用のソフトを立ち上げた。

 ニシノの事務所でも数か月前にARを用いた装着型端末に置き換わる予定だったが、予算や手続き上の問題で今年一杯はPCの継続使用となった。

 彼が入社した当初はそれほど業績悪化が聞こえていなかったが、現在は厳しい状況に置かれていた。

 これまでに開発した遺伝子治療の一つに致命的な欠陥があり、癌の発生率が三倍程度に上昇することが判明した為、訴訟の最中にあるのだ。

「失礼します」

 昌に言われて葵がニシノにお茶を持って部屋に入ってきた。わざわざ茶菓子まで付けて。

「すみません、ありがとうございます」

「いえ」

 彼が礼を言うと、素っ気無い反応を返して出て行った。顔には血の気がなく、どこか上の空だった。

「俺はもっと楽しい仕事がしたいが……同じことばかりだ」

 出されたお茶と菓子を頬張りながら制御ソフトの画面上部から『Pick』のタブを選び、幾つか表示されている項目の一つ、主治医に渡したナノマシンクラスターを選択して反応が来るのを待った。

 今はDisconnectとグレー背景に表示され、右下に小さく日本語で『読み取り中』と書かれている。

 客間には嫌に静かな感じが漂い、そわそわとした雰囲気がある。人の死を待つ、というのは中々に気分が良くない。

 しばらく待って、反応が返ってくる。Connectと表示され、簡易人体図にナノマシンコアが定着したことを示した。

 人体の様々な情報が画面に表示され、流れていく。

「後は待つだけだ」

 ニシノはそう言って、鞄から本を取り出した。

 動作していることが確認できれば、後は待つだけだった。

 成田俊造が亡くなるか、問題が起きる迄はやることがない。

 ニシノが持つ本の表題は『世の中を変えた天才たち~その成功秘話~』と書かれている。中古で買ったらしく、全体的に黄ばんでいた。

 読書の中身は特に重要ではなかった。特に頭を使わずに時間を過ごせるものを考えたとき、彼にとってはこうした書籍がそれに当たる。

 そうして取り留めのない時間を過ごすうちに、雑駁な考えがニシノの頭の中を過ぎる。

 この仕事は、死を記録する為に作られたナノマシンを体内に注入し、死の瞬間の脳の働きを記録・サンプルを収集する。というものだ。

 対象の死の数時間前に連絡が入り、死を記録する為その瞬間に立ち会う。対象が死ななければ何もない。

 個人情報保護やそれ専用の機械導入の難しさの観点から人が出向いているが、それもすぐに解消されるだろう。

 そもそも、このような仕事もすぐになくなってしまう筈だ。

 残念ながらこの仕事は回っていない。記録者達が連絡を受ける前の自動応答で約半数が対応出来ずに死んでいった。人手が足りておらず、間に合いそうにないものは勝手に断られている。そして、種々の訴訟問題や賠償によって経営は風前の灯だ。ニシノはまた次の仕事先を探さねばならない。

 こんなやり方は、人権を侵害している。即刻辞めるべきだ、と日々苦情や嘆願書が届いているが、全て無視されている。

 彼らの言い分は、ニシノのような邪魔者が個人的で非常に大切な空間を侵害していると。

 そんなことを考えていると、端末の画面表示が切り替わり、『Dying and seeking.』と点滅表示され始めた。

 臨終の瞬間が近いことを知らせている。といっても、ニシノがやることは特にない。

 その瞬間の情報を得るのはナノマシンであり、彼が気にすべきは端末に電源が繋がっているか、余計な操作をしないか、その程度しかない。

「まことに残念です。成田俊造さんは亡くなりました」

 端末から主治医Nの声が聞こえる。心臓が止まり、瞳孔の反応が消えた。ニシノにとってはここからが大切な時間になる。その人が終末拡延性脱分極を迎えるまでが彼ら記録者の仕事の時間だった。

 彼はこの時間、いつも人間の死を想像する。

 人間が死ぬ前に最後の脳で起きる反応。幹細胞とニューロンのネクローシス。細胞壁は破れ、血管はボロボロと剥がれ落ち、電磁界の一瞬の明滅。

 細胞の不可塑的変形によって、私達は永遠にその生を終えることになる。それらを記録すること。

 大脳新皮質が低酸素下で致命的な損傷を負い、死が全体に広がってゆく。

 中脳、脳幹、人間は進化の歴史を逆戻りしていく。知性の光は失せ、匂いを感じなくなり、呼吸が止まる。

 反応で動く原始的な機能を失った時、人間は完全に死を迎える。

 脳死でも、心肺停止状態でもない。一個の生物としての終わりだ。機能は失われ、循環は失せ、数兆に上る細胞はやがて壁が壊れ体液が溢れ出す。

 七割ほどの水分が全身から漏れ出てゆく。体内、表面、地面、空気、その肉体の周囲にいる細菌やバクテリア、小さな昆虫が有機体を分解し、この世界の循環の一部へと還す。

 人間を含め、動物が死んでゆく様は、非常に効率的で、上手くこの世界と調和している。

 文化的には土葬、火葬などに付随する儀式を経て、残される者達の為に人は葬られる。それは悲しみを乗り越え、やがて来る終わりを恐れぬ為に。

 日本は故人を惜しみ、黒い服、坊様の儀式で人の死を乗り越えるが、アジア圏や中国で葬式は明るく、生きた人達のお祭りとして催される。文化によって様々な儀式があるのだ。

 どちらも、人間が死を乗り越えること。いつか死ぬ私達が健やかでいられるように、昔の人間達が生み出し、文明が発展した今日まで続いている。

 宗教による強い信仰があるわけでもない。ただただ人々が生と死を個々の人生として受け入れられるよう、残してきたことだ。

『人間は死を乗り越えられない』

 宗教的観念より、それらは克服出来るか。

 残念ながら、宗教は時の流れで摩耗し『神は死んだ』と人類に言わしめ、死を乗り越える道具として導入するのは難しい。

 また、それは科学の進歩が示してくれる。そうした期待もあるが、この宇宙が永遠でないことから、今はまだ死が確実なものとして存在している。

 それでもなお私達は、それを目指してしまう。動物の性か、全ては種の保存則によるものか。

 畢竟、私達は自身が永久に損なわれてしまうことに納得していなかった。

 そんなことを思い、考え、気付けば計測は完了していた。画面にはComplete! と表示されている。とても機械的だ。

 ニシノは端末を落とし、鞄から謝礼を取り出して昌が来るのを待つ。

「お待たせしてすみません」

 しばらくして、疲れた表情の昌が客間に戻ってきた。

「この度はご愁傷さまです。ご協力感謝致します。こちら……」

 昌は彼から現金の入った封筒を丁寧に受け取り、ため息を吐いた。

「実を言うとね、ニシノさん。こんなものはどうでもいいんだ」

 昌はそう言って受け取った謝礼を乱雑にテーブルに投げ出した。丁度それはニシノの目の前に置かれる形となり、彼は少々バツの悪そうな顔をした。

 今更丁寧に話すこともないと、彼本来の話し振りに変わった様子。

 ニシノは黙って彼の言葉を待つ。終わった後に文句の一つや二つ言ってやりたい、という人が時々いるのを知っているからだ。

「一つ聞き流してくれ。人が死ぬ瞬間に『不死』の秘密がある。そう聞かされているのは知っている。しかし、君たち記録者は誰一人それを信じていないのも私は知っている。だが、私は『不死』を見たことがある。だから、本当に『不死』になる方法があればなんだってしたいと思っている」

「恐らくお役に立てないと思います。繰り返されたところで」

 即答する。よく聞かれる事項の一つだった。そして、こうした話に乗ればすぐに連絡が行き、この家を出る時には人事が現れてクビを言い渡される。

 その場で全て物事がなされ個人的な荷物は全て処分、懲戒免職処分扱いとなる。ニシノもわざわざ自分が不利になる行動は取らないようにしていた。

「だから、あれはふざけたパフォーマンスでも、青写真でもないと。どうして争いにならないのか不思議なくらいだ。私の連絡先を教えてあげよう」

「必要ありません。ご協力ありがとうございました」

 ニシノは取り付く島もない態度で彼の連絡先を受け取らなかった。

「無駄にはしたくなかったが、繰り返しても仕方が無いか」

 そう言う昌の言葉に返答せず、ニシノは背を向けた。

 昌はそれほど気にした様子も無く、彼が出て行くのを見守っていた。

 途中、襖の隙間から葵と主治医の姿が見えた。

 葵はニシノに気付くとお辞儀をしたが、主治医Nは彼のことを見るだけで、挨拶をしようとはしなかった。

「失礼致します」

 ニシノは一礼の後、特に気にせず靴を履いて外に出る。

 彼は死の瞬間の脳の働きを記録することが仕事だ。そこに残された情報に『不死』を解く鍵があると事前に説明されていたが、あまり実感はない。

 彼は『不死』なんて在り得ない。それは不条理だ。と考えていた。

 それ故ニシノはこの仕事を生きる為に仕方なく行っているに過ぎない。

 例え、目の前に『不死』の事例が存在していたとしても、それを目指すなんてことは御免だ。彼はそう思いながら車を呼び出した。

『お疲れ様です。頃合だろうと思い、既にそちらに向かっております』

 これらの業務に当たる時間の相場すら把握して車は動いている。人よりも確実で、それでいて人よりも人に寄り添っている。

 人の仕事の在り方が変わってくる訳だ。

 彼はそんなことを思うと、なんだか惨めな感じがしてきて考えるのを止めた。車はすぐに成田家の目の前に着けて停車する。

「後は、データと書類を処理して……十九時には帰れるだろう」

 まずは目の前にある仕事と生活に集中する。ニシノは車に乗り込むと自動運転を設定してしばしの間、目を閉じた。

 ・・・

「さてと、やるか」

 ニシノは収集したデータ処理を行う為に事務所に戻ってきた。

 と言っても、基本的な解析は既にデータを上げた時点で完了している。

 彼ら記録者の仕事は、それに特異なものがないか、AIの出す仮説検証の実行判断を行うだけだ。

 実質、判子を押すだけの仕事のようなもので、無駄なプロセスだとニシノは折に触れてもっと能力が活かせる業務は無いかと進言したこともあった。

 しかし、『他にやるべきことはない』とロクに相手にされなかった。

「こんばんは。今日はもう誰もいないものかと」

 Dのデスクに見知らぬ青年が座っていた。ニシノは暫し面食らった様子だったが、すぐにそれが誰であるか思い当たる。

 この会社が他にない唯一と言ってもよい成果である『不死』、ヒトが永久に生き続けるという事象をこの世に知らしめた。

 ソレが彼の目の前に居た。

「何故……? どういうことだ」

 ニシノは困惑していた。何故『不死』がここに居るのか、そもそも存在は秘匿されていて、限られた人間以外会う事はなかったのではないか。

 第一、目にしたことが知られたら、これは非常に不味い状況ではないか。

 解雇されるだけで済めば良いが既にこのことは知られていて、なるようにしかならないのか。不自然な事故や行方不明、そうならないとも限らない。

 彼の脳裏には嫌な想像が浮んでいた。

 それが顔に出ていたのか『不死』は笑う。

「大丈夫、『不死』が職員に話しかけた事例は、幾らでもある。この席のD君とも話をしたことがあるよ」

 確かその時、彼は好きな食べ物だとか、個人的な話をした。だから、何も特別悪い事象でもない。と彼は言った。

「本当に『不死』なのか?」ニシノは懐疑的だ。

 見た目は普通の青年だった。やや痩せぎすな感じはあったが、過去の発表の際に見た姿とそれほど変わりは無かった。彫刻のようにバランスの良い鼻が印象的だ。

 彼らが『不死』を発表したのは五年前の話で、そうなった当人も一度発表の場に姿を見せたきりそれ以降の話は聞かなかった。

 当時は大きな騒ぎだったとニシノはDから聞いた。しかし、今はまだ誰もその不死を証明できないのだから当然だろう。五年経っても、彼が『不死』であることは証明できないのだ。幾ら細胞の劣化を克服できたとはいえ、人の寿命を越えて生きた事実にはならない。

 不死は本当だろうか? ニシノは信じていなかった。

「僕は『不老』だと考えている。そして実験が成功したかは、人の寿命を越えて、この大気が吹き飛ぶまで生きていないと分からない」

『不死』もそのことは理解している様子だった。ニシノは自分がこれまで見聞きした情報を思い返し、疑問が湧いてきた。

「細胞を全て新しいものに入れ替える。そんなことが可能なのか?」

 ニシノはそう言いながら可能だから今ここに彼がいるのだろう。と思ったが、それでもあまり現実味のある手法と考えてはいなかった。若者の血液に入れ替えることや、臓器移植などと似たような話と素人ながら想像は出来たが、納得には至らない。

 人間の寿命はどれだけ伸ばそうとしても脳が百五十年程度で活動に終わりがやってくる。これをどうにかして乗り越えること。正常な細胞分裂が適度なボリュームで続き循環していく。それを終わることなく継続させる。

 どういった定義であれ、ヒトが『不死』を獲得する手法は幾つか考えられていた。

 テロメアに働きかけて細胞分裂の制限を増やし続ける。肉体全ての細胞を全て別の新しい細胞で置き換える。全身の機械化を行う。自身の人格のコピーを電子化して残す。確立することの一つでもあった。

 自我とは離れたところでは、自身の創作物や成果がこの世界に残ること。そういった形の不死性を求めてもいる。

 人間はそうして、自身を何らかの形で世の中に遺そうとしてきた。

 文化、という土台の中では既に不死。その次に在るのは自我の不死、といったところだろう。

 そうしたことの内、全ての細胞を新しいものに入れ替えることで『不死』を確立したと《CiH》は公表している。

 勝手にそう謳っているだけなのか、はたまた本当にそうなのか。

「だから、僕がまだここにいるんだと思う。でも、それは分からない」

 彼は少し嬉しそうな顔をしている。

「どうして?」

 ニシノは何かを話したい様子に見えた彼の言葉を促す。

「僕自身がそのような存在にはどうしても思えない。自我も僕もここに囚われて……繰り返しているだけで」

『不死』だなんて大仰な言われ方をするから、それを期待し続ける。彼は自身の存在に疑問を抱いていた。ニシノは彼の話を黙って聞く。

 唯一の結果には、人権的に多くを与えられていない事は想像に難くない。

「僕の後にも前にも何度も失敗した人がいた。職員なら『死の快楽』についても知っているね。呆けた幸せな彼らを」

「それは知っている。失敗した人達のことだろう」

 私達人間は、死の間際に麻薬にも匹敵する快楽を得ることが出来る。

 これは、ニシノ達記録者が集めた情報から示され、実際のそれらの反応を模擬させたところ、マウス、猿、そしてヒトに至るまで、動物がその快楽によって他の機能が壊され、呆けた様に動かなくなってしまう。

 その様な結果から『死の快楽』と呼ばれるようになった。

「失敗。じゃないんだ。僕と同じように『不死』なんだから」

 彼が言うには『死の快楽』に囚われた人達も同じように『不死』だと。こうして、意思の疎通や自立した行動が可能なのは存在しない。

 生きてはいるが、人間的、文化的な生存とは程遠い。

「初耳だ。だから私の仕事があるのか」

 ニシノは合点がいった。仕事はそこで起きる事象を把握すること。

 しかし、彼はこの仕事が社会的に認められている仕事には思えなかった。

 これまでの仕事でも、グレーな事柄や詐欺に近いものもあったが、これは人の尊厳に関わりやしないか、これは問題行為に近いのでは、と。

「僕のような事例は他に無い。でも、もう……それも難しい」

『不死』は穏やかに言う。ニシノは彼がここに来た目的が分からない。

「僕は死のうと思う。これ以上、こんな無駄な遊びに付き合っているのはウンザリなんだ」

 ニシノの疑問に答えるように『不死』は言う。その言葉はどこか唐突な感じがある。しかし、穏かではない。

「死ぬ、以外の選択肢はないのかい?」

「ない。これまでも何度もそれについても検討したんだ」

 彼の物言いは他人からの拒絶を含んでいるように見えた。ニシノはそれに何か言おうと少しの間頭を巡らせたが、何も言うことは出来なかった。

「そうか。話は変わるが、どうして君は『不死』になろうとしたんだ?」

 人の決めた事に物言いはすまいと、ニシノは自身の疑問を彼にぶつけた。

 すると特に言い渋らず、あっけらかんとした様子で『不死』は言う。

「面白そうだった。というのと、なんでも縛る親への反発からだよ」

 別にあの時は自分がどうなろうと、あまり気にしていなかった。と、彼はDのデスクにあったペンを回していた。

「ニシノ君は、何故この仕事しているかを説明出来る?」

『不死』は彼を見る。

「たまたまだ」

 ニシノは自分に出来ることを選んだ結果、記録者という仕事をしている。

 そう正直に答えると『不死』は微笑んだ。

 あらかじめ質問の答えが分かっていたかのように。

「そういうこと。僕の死について聞かれてもニシノ君のせいじゃない」

 どうせ、このオフィスも盗聴されている。前に居たところもそうだったから。と彼は言う。ニシノはそれを聞いても驚かなかった。

「どうにもこの会社は……」

 言いかけて止めた。盗聴されているとわかっていて、言動を慎まないことの方が難しい。きっと、カメラもある。

 ニシノはある事に思い当たり、彼に聞いた。

「ひょっとして、最期に誰かと話をしたかった?」

 彼は肩を竦めた。恥ずかしいことがばれてしまった少年のように。

「もしかすると、何かを期待していたのかも」

『不死』はそう言って、おもむろに手を差し出した。

「握手をしよう。なんだか、そうしたい」

 ニシノはその提案に、黙って手を差し出して握った。

 特異なところは無い。普通の手だ。他の人と何も変わらない。

 彼は一体何を期待していたのだろう。

 ニシノはその手を静かに離し、デスクの上に置く。彼の次の行動はもう分かっていた。

 もう話すことは無い。彼からはそんな感じがしていた。

「僕はそろそろ準備があるから行くよ」

 そして『不死』は腰を上げる。彼はこれから自殺を図る。不死、と銘打たれているのに、彼は死ぬのだ。

「本当に死ぬのか?」

 ニシノは彼の答えが変わらないと分かってはいたが、そう言わずにはいられなかった。

 彼はゆっくりと頷く。

「いつ死ぬか選ぶ権利はある。不死になって、五十回以上繰り返した」

 そう言い残してオフィスから出て行った。

 ニシノは彼を追おうとはせず、残された言葉の意味を少し頭に巡らせた。

 五十回も同じように死のうとしたが死ねなかったのであれば、尚更彼の自殺を止めるべきではない。そう彼は思いつつ、自身に残った仕事を片付ける為、端末を操作する。

 既に解析されていた結果を確認すると『死の快楽は生じていません。不死に関する重要な情報として、詳細分析を承認願います。』と出ていた。

 いつもとは違う結果だったが、ニシノは『承認』するだけだ。

 本当であれば、それらの解析・分析結果を自身で確認して、結果が正しいかを判断すべきだったが、これまでの結果全てにおいて間違いはなかった経験から、記録者の誰もがこの手順を踏まずにただ『承認』をするだけとなっていた。

 そもそも、記録者達にその様な知識と経験があるかどうかも疑問だろう。

 私のような人間でも成り立っているのだから。と、ニシノは自分を自虐して見せたが、それだけ仕事が楽になったとも考えられる。それほど悲観することでもないか、と思い直した。

「『不死』も考え物だな。何を繰り返しているのかは知らないが」

 何度も自殺を図っていれば、あんな風に自由ではいられないだろう。何か名目を付けられて監視されるのがオチだ。恐らく、『不死』を保つ為の何かかがある、と考えるのが妥当だろう。

 ニシノは彼が望んでいるのだからと、特に止めることもせずにいたことは正しいと考えていた。

「それに、私が何を言ってもあの様子じゃ無駄だろう」

 ニシノは言い訳のように呟く。音声が記録されていることを意識した発言だった。

 しかし、彼はそう言いながら自身の言葉の薄さを感じてもいた。

『不死』の心に決めた様子を見れば、お為ごかしのような台詞は出てこないはずだ。

 それ以降、ニシノは喋らず殆ど雑務に近い自身の作業を坦々と終わらせ、すぐにオフィスを出て行った。


 ・・・

 次の日、ニシノが出社するとすぐにDに話しかけられた。

「ニシノさん! 『不死』が死んだみたいです。なんでも自殺らしくて」

「そんな明るい雰囲気で言うような話題でないだろう」

 昨日彼自身から聞いていたからか、ニシノは平然としている。

 しかし彼は訝ってもいた。そんなことがありながら、何故警察が居ないのだろう、と。会社の存続に関わる為か、なんとしても外部に漏らしたくはないのか。

 そんな事を思ったが、それならば何故彼はあのように出歩けていたのか。

 実際、ニシノは彼についてはほとんど何も聞かされていない。

「マネージャーが呼んでいた。オフィスにいる筈」

 Dはそう言ってトイレに入っていった。それなりに内情に詳しい彼は、本当はもっと別の立場なのかもしれない。ニシノはそう思った。

 オフィスが入っている建物はCiHの所有で社員が出入りしているが、彼らにも慌てたような様子や、おかしな雰囲気は感じられない。

 Dの話が耳に入った人もいたが、いつも通り変わらない。ニシノだけは何か変な感じがしていた。一人だけ知らない事があるかのように。

「担がれたみたいだな」

 ふと、そんな言葉が漏れた。ニシノは『不死』少し話をしただけだった。

 他の人は何事も無いように振舞っていて、彼だけが異物のようで。

『ニシノさんのせいじゃない』そう言った彼の顔が浮かぶ。

 彼の宣言は、その不死性を危ぶむには十分だったが、聞いて困るような情報は無かったはず。強いて言えば、彼の他に失敗した者がいたということだけだろう。

 何より、彼の自殺を止める。というのは仕事に入っていない。

 そうは思っていても、そんな風にドライに捉えられることはないことも彼の頭にはあった。

 事務所に入ると、マネージャーがすぐにニシノを見つけ話しかける。

「ニシノ、聞きたいことがあるから、荷物を置いて私の部屋に来なさい」

 彼は有無を言わさぬ様子で足早に去っていった。

 太った体が忙しなく動いている。正直に言えば、ニシノは彼が何をしているのか知らなかった。採用された時にも彼に会ったことが無く、今日まで話をしたことも無い。

 これまで一度か二度、目にしたことがある程度で彼がどんな顔をしていたのかも分からず、記憶にあったのは横に大柄な人、という印象のみだ。

 以前Dが「上司はいても、いないようなものだから」と言っていた。

 そして、ニシノもその通りだと思っていた。彼がいなくとも特に問題なく仕事は回っていた。

 ニシノは荷物を置くとすぐ、彼の部屋に向かう。おざなりなノックと共にドアを開け、彼が指し示した椅子に座った。

「就業時間を過ぎており、セキュリティの為にカメラが動いていた。そこに、君と『不死』が居た。時間もないので単刀直入に、昨日彼がどんな様子で、どんな話をしたのかを説明して貰いたい」

 彼は椅子の背にもたれ、淡々と口を動かした。

「分かりました」

 ニシノはマネージャーに言われた通り、昨日合ったことを説明する。

『不死』に会い、彼が自身の存在を疑問視していた。そして、彼が自殺しようとしていたことを。また、止めても無駄な様子だったので、彼の気持ちを尊重した、と。

「それで、最後に握手をして別れました」

 ニシノが説明を終えるまでマネージャーは表情を一切変えなかった。

 そして、彼が話し終えると、すぐに立ち上がって言う。

「もう帰っていい。処分は追って連絡する」

 そんな彼の有無を言わさぬ様子に、ニシノが抗議する。

「処分があるのはおかしくないですか、私は何をしていない」

 マネージャーはその言葉を背中で聞いた。彼は既に部屋から出るところで、ニシノの言葉は彼に追いつくことはない。

 ほぼ無視に等しい彼の態度に、ニシノは怒りを覚えたがもう部屋にはいない。為す術もなく言われた通りにするしかなかった。

「こんなにも不当な扱いをされるとは」

 ニシノは部屋から出て、自身のデスクに置いていた荷物を取る。オフィスにDはいなかった。彼の端末を見ても、電源は入っていない。

 そしてそのまま誰とも会話することなく、彼はオフィスを後にした。

 ニシノは建物から出て空を見る。青空が半分ほど雲の隙間を埋めていた。

 このまま、ただ帰宅するのも何かシャクだ。と、彼は何かを思いついた様子で使い古しの携帯電話を取り出した。そして、誰かを呼び出す。

「はい、どちらさまで?」

 電話口の声は昨日会った成田昌だった。

 昌が連絡先を渡そうとした一瞬で連絡先を覚えたのだろうか、連絡先は受け取っていないが、ニシノは彼に電話を掛けることが出来た。

 それも、全く不自然なところが無く、そうすることが予め決められているようだった。

 ニシノは刹那に違和感を抱いたような顔をしたが、それはすぐに消えた。

「ニシノです。昨日はお世話になりました」

「上手い事いったようだ。それで『不死』には会えたんだろう?」

 昌も昌で彼が連絡してくることがわかっていたように振舞っているのが、声の調子から判断できた。始めから決め付けていた様子だった。

「会えました。が、ついさっき……」

 ニシノは『不死』が自殺したと昌に告げた。彼は驚く様子も無く、反応も薄かった。

 予め知っていた。既に連絡が行っていたと考えるにしても、全く動揺した様子を見せない。

「いつかこうなる日が来る気がしていた。想像していた」

 自分から電話を掛けたにも関わらず、ニシノは彼が話を続けるのを待つ。

「息子はまるで標本か何かのように扱われていた。元々繊細だったあの子がそんな扱いに耐えられる筈が無い。あの時も何度も忠告したが、そうじゃない。あの子はただ私に認めて貰いたかっただけで、それを私が分かってやれなかったんだ」

 後悔先に立たず。とはよく言ったものだ。昌は言う。

 彼は言葉では悔やみ、悲しんでいるように思えたが、そこに感情が感じられない。

 息子だというのに。ニシノは自宅へ向かい歩きながら、モヤモヤとした違和感を抱いている。

 どうしてそんなに、そっけなく話が出来るんですか。そう言って仕舞いたくなったが、曲がりなりにも息子を亡くした人にそのような言葉を投げかけられなかった。

 そしてやはり昌の話を待って、自分から話そうとはしない。

 そもそも、何の為に電話を掛けたのか。始めからニシノに目的は無いように見える。

「私も昔CiHで働いていた。それで、息子は『不死』についてある程度知っていた。私は口が軽くて……あの子に話してしまったというワケさ」

 彼が話すところに依ればCiHでは、提携している病院から重度の精神病患者などを使って、先進治療の名の下に『不死』の実験を行っていた。

 その結果『死の快楽』に囚われた人々を生み出し、ようやく『不死』を可能に出来た。非人道的で明らかに法を犯している行為だったが、誰かの意向もあり見てみぬフリをされていた。

「彼らは幸せだろう。死ぬまでああして呆けている。そう思わないか」

 昌は同意を促し、ニシノは彼のそんな白々しさが鼻に付いた。

「私には、それが幸せとは思えませんが。貴方の息子さんと同様に」

 仕舞った。と彼は思ったが、既に言葉は余計に連なった。

「私も、君も、『不死』も、あの子も、終わるんだ。宇宙ですら終わりを迎えるのに、不死、などあるわけが無いだろう。繰り返すだけだ」

 若干の苛立ちを見せて、昌は一方的に電話を切った。ニシノはやってしまった、と後悔したが、謝罪は叶わない。

 もう一度電話を掛ける気にはなれなかった。そもそも何の為に電話をしたのか、自分の行動を奇妙に思っていた。

 自棄になって、色々なことをぶちまけてしまいたかった。

 そう行動に色づけしてみたがしっくりとはきていない様子。

「分からないな」

 昌が何を言いたかったのかも、自分が何をしたかったのかも、ニシノは上手く説明をつけることが出来なかった。

 そうして歩くうち、自宅に帰ってきた。

 オフィスから徒歩で十数分、三階建ての一軒家の一階を彼が借りていた。

 鍵を開けて中に入ると、玄関に見慣れない靴が一足置いてあった。誰かが家に侵入している。注意しなければならないにも関わらず、無用心にもニシノはリビングに通じるドアを引き、チクリと太股に痛みを感じる。

 見るとダーツのようなものが刺さっていた。

「ニシノさん。悪いね」

 Dの声がした。彼はテーブルの向かい側に座っていた。手にしていたのは麻酔銃で、ニシノは自身の身に何があったかを理解した。

「これは……何故だ?」

「『不死』のせいだ。拘束させてもらう」

 非常に強い麻酔薬なのだろう。ニシノは急速に意識が混濁し、足元がおぼつかなくなっていく。

 崩れ落ちながら椅子の背に手を掛け、そのまま倒れ込んだ。

「その為に俺がいる」

 Dの言葉はかろうじて聞えており、目の前にやって来た彼を見た。

「ぇ…ぅ……」

 ニシノは何かを言おうとして、そのまま意識を手放した。

 彼が倒れたのをDは少し眺め、それきり動く様子が無いのを確認すると、そのままにしてニシノの家から出て行った。

「繰り返せ……ね」

 聞き取れないほど小さな声でそう呟いて。


 ・・・

「IA-667-59が終了しました。対象の回収をお願いします」

 画面には気絶したニシノが倒れているのが映っている。女性はそれを見て、彼を回収するよう連絡をしていた。

 部屋の中央には、ニシノ達がいる町の縮小版が表示されており、彼等の様子を含め町人々の一部始終が記録されていた。

 そこに二人入ってくる。一人は若い新人で、もう一方は先ほどのマネージャーだった。先ほどとは打って変わった様子で表情は柔らかい。

「今回で五十九回目になる。この町は延々と同じ時系列を繰り返している。私達の仕事はそれを矛盾なく繋げること」

 ここはニシノが勤めていたオフィスの二つ上の階にある小さな監視センターで、彼は 丁度、新人に仕事を説明している所だった。

「要は『不死』達を見守り、その環境を壊さないようにしてやること」

「成る程。本当にこんな仕事なんですね」

 新人は興味深げに、中央に映し出された映像を見ていた。

 その町の一帯はかつてCiHが徹底して実験を行った場所だった。全ての住民が同じ施術を、様々な理由をこじつけて受けさせられていた。

『不死』となる為の人体実験が行われていたのだ。

 その結果、数多くの失敗例が生まれ、彼らは死の快楽に囚われた。

 また、幾人か現れた不死も対象のあるなしに関わらず、ある時系列の行動を繰り返すだけで、彼等CiHが求めていたものとは程遠い。

「次回の動きはいつになるか分かっているんですか?」

 教育は本日が最終日で、新人もある程度仕事の内容を理解していた。

「凡そ十日に一度。繰り返す行動によっては一日前に彼等は準備をする」

 これは無意識の行動だ。そもそも、繰り返す行動自体も無意識みたいなものだ。と彼は新人に言った。

「元に戻す方法がないと聞きましたが大前さん、それは本当ですか?」

 新人が聞くと、マネージャー大前は溜息を吐いた。彼が説明しなくとも、誰かお喋り好きな人がいるようだ。

「情報が漏れているな。そうだ。今は何も分かっていない。ただ『不死』は成功して、彼等はそこに居る」

 ニシノも昌も『不死』も死ぬことなく、閉じた時間の中で生きていた。

 CiHの実験は不完全ではあるが、成功したのだ。

 彼等はある決められた時間の中を過ごし、終わりまで進むと、数日から数週間は仮死状態になる。そして、目が醒めれば全く同じ時系列を繰り返す。

 彼等がそうなる前に生きていた時間のどこか一部を切り取り、それに近しい行動を取ることが知られていた。

 つまり、今の手法には完全な『不死』は得られない。それ故、彼等を観察し、体を調べ、彼等の求める『不死』に近付けないかと、CiHは町一つを巨大な実験場として管理していた。

 ニシノの例で言えば、記録者としての行動がそれに当たる。

「教えてもらいましたが、繰り返しに矛盾が生じると彼らは亡くなってしまうんですよね。残っている者も少ないとか」

 また、彼等は自身が不死である事は自覚がなく『不死』だけが自身を不死だと認識していることがこれまでの傾向から知られていた。

 傾向が分かるまでに矛盾が生じ、死の快楽に囚われるか死ぬかしていった者達も多かった。

「傾向を掴むまでに時間が掛かってしまったのは悪手だった。そうならないように、きっちりと仕事をする必要がある」

 大前は過去に何度も失敗した例を経験していた。実験の始めから関わっている人物の一人だった。

 そして『不死』を確認したのも、対象が自身の過去の行動を繰り返しているのを発見したもの、彼だった。

「先ほどある時系列を繰り返すと言ったが、必ず『不死』が関係するエピソードにすり替わっている」

 大前が言う通り、元々ニシノの記録者としてのエピソードに不死は存在していない。彼は同僚Dと仕事をしており、成田家の記録時には坦々と業務をこなして一日を終えている。その次の日に、会社の都合で解雇を言い渡されていたが、その辺りが『不死』と関係する内容にすり替わっていた。

「つまり……元々『不死』は居ないのですね。とすると、誰かが不死を演じているんですか?」

 彼等が繰り返している時間は、関係する人が既に存在していないか、実験対象でなかった一般人である際に、矛盾が生じる。

 それらを補うため、大前や新人が整合性を保つ役目を負っていた。

 欠けた役者を埋め、彼等が事象を繰り返す手助けをする。

「いいや、『不死』はただ現れる。それを見守るのが私達の仕事だ」

『不死』は誰かが演じているわけではなかった。大前は続ける。

「誰もあの『不死』の身元は分からないし、彼等がその時現れて自殺をしてみせるが、その死体は不意に消えている」

 新人は疑問があるような顔をしてメモに何かを書き込んでいた。

「だから、微小な変化も見落としてはいけない。綻びに全てを知る鍵が有るはずだ。彼らを観察していると、少しずつ定型行動から外れているのが分かってくる」

「例えば、どのようなことでしょうか?」

 大前の発言に新人が疑問を呈した。定型行動とは、彼等が繰り返すある時系列間に実際に行われた行動や発言を指している。

 そこから外れるとはどういう事か、彼が疑問を抱くのも尤もだ。

 大前はニシノの例を出して説明する。

「先ほど終了したニシノの例で言えば、彼らの発言に『繰り返す』という単語が何度か出ていたが、これらは前回には無かった発言だ。このことから彼等は現実に干渉出来る可能性があるかもしれない」

 ニシノ達が同じ事を『繰り返している』のを認知できているのであれば、限定的で無意識の反応を繰り返す不死でなく、自我を保ったまま『不死』であること。その可能性がまだ残っている。

「分かりました。因みに役を演じるのって、大変では?」

「大変だよ。しかし、先ほど私が演じていたマネージャーの役割は、肩書きが付いていて、体格が横に大きいこと、それだけあれば誰だって代わりは効く。君でも十分出来るさ」

 新人は太ってはいない。しかし大前は気にも留めていない。

「太るのは難しいと思いますが」

 彼がそう言うと、大前は笑いながら脂肪を取り外して見せた。

「こうした扮装道具を使うんだ。後で道具の倉庫を案内しよう」

 それは単に体格を大きく見せるだけの道具だった。

「次にニシノさんが起きた時は、君がDとマネージャーをやるんだ」

『不死』を演出する為、彼らを大前は演じていた……。


 ~~終~~

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同人誌にしたやつ @meet_spike

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