第2話 衣を捨てる
その市までは一本道だった。
分かれ道もなく、戻ることもない。
店には人っ子一人いないが、声だけが聞こえる。呼子の声、売り子の声、値切りの声。みんな見えないが、そこにいる――存在しているのだ。
確かな気配を感じ、身震いをしたカンパネラは彼らが神様だと気付いた。そして、売買しているのはみな死者の衣なのだろう。拘りや僻みや妬み、どす黒い影のようなものがこびりついていた。
不意にカンパネラは衣を脱ぎ捨てたくなった。市に入ってすぐのことだ。
「ああ、服を脱がなければ僕は」
服の脱ぎ方なんてもう覚えていない。だけど、脱がなければならないと強く思ったとき、服の方からするすると落ちていった。
何の疑問も浮かばない。
それが当たり前だからだ。
「どうして衣を捨てるの?」
いつの間にか忍び寄ってきた黒い影が言った。とても小さい影だ。子どものようにも見える。
「解らない。だけど捨てないと。ここから先には進めない」
カンパネラは答えた。
「別に進めなくていいよ。ぼくは衣が欲しい」
子ども――今やそれは少年だと判った――は言うが早いか、商品の一つに手を伸ばした。
カンパネラがあ、と言う間もなく走り出していた。
そうやってずっと生きてきたのか、慣れた手つきだ。
その割りには一枚も衣を身に付けていなかったが。じきにその答えが解った。
『お前にはその権利がない』
どこからか神々しい声が聞こえたかと思いきや、巨大な輝く手が上から伸びてきて少年を捕まえた。
そして最初に戻されるだけなのだと、カンパネラは理解した。
少年は現世のしがらみに固執した乞食だったのだろうとカンパネラは考えた。
そして静かに微笑んだ。
カンパネラの旅路~銀河鉄道の夜より~ 葉月瞬 @haduki-shun
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