自由奔放の暴力が
「ここが話に聞く場所なのね……」
祖母が何かに頼み
長い髪を靡かせて進む女性は見目麗しい顔立ちをしている。
全体的にほっそりとしているがひ弱さは感じない。力強く動かす足の運びなどベテランの域に達する兵たちが見れば目を剥くことだろう。
『この若さでどうすればその域に……?』と考えること間違いない。
細いが鍛えられた四肢を包む服は、訪れた大国の国王から送られた物だ。
国一番の職人たちが彼女のためにと作り上げた物を、彼女はこの場所で着ることで相手に対する敬意とした。
ゆっくりとユキが視線を巡らせれば……石畳で作られた舞台を囲うように作られた席には客などは居ないことに改めて気づく。
この場所は芸を披露する場所では無いからだ。芸を奉納する場所だと聞いている。
静かな足取りで、足の裏が舞台の石畳に吸い付く感じを彼女は楽しんでいた。
昨夜の雨で舞台上は湿っていた。気を付けないと滑ってしまいそうだが、
「いっけ~」
「コケ~」
球体な生き物に乗った妹が、猛スピードで滑って舞台の袖へと消えて行った。
護衛に付いて来ている人たちは大騒ぎだ。
本当に自由奔放と言う言葉が付いて回る妹だ。騒ぎを起こす天才なのだ。
故郷に居た頃などは『今日もヒマワリが……』とそうしみじみとその日の出来事を家族に告げると、祖父がいつも優しく肩を叩いてくれた。ただその後に続く言葉は『まだまだだぞユキ。あれに比べればヒマワリはまだ可愛い』と祖母を指さす。
『どれ程の迷惑をかけて生きて来たのか祖母よ……』と思うが、皆が祖母の話を語る時は言葉を選ぶのだから祖父の態度が正しいのだろう。
誰かあの場妹の面倒を見てくれる祖父のような人が現れて欲しい。
立ち止まりユキはゆっくりと空を見上げた。
昨夜空を覆い雨を降らせていた雨雲はもう居ない。どこぞの妹が立ち入り禁止となっている聖地の聖域に忍び込んで踊っていたのが原因だろう。
『あしたははれ~』と騒いでいたから晴れただけだ。祖母と2人で良くする踊りだから気にしない。気にしないが祖父が居ないから誰も止めない。
聖域で踊る妹を拝みだすシャーマンたちも良くない。
仕方なく聖域に入り馬鹿の頭を叩けば周りが絶望じみた悲鳴を上げる。本当に割に合わない立場だ。
老人の叱る声に視線を巡らせれば、馬鹿を猫持ちした老人の姿が視界に入った。
今回自分に次いで苦労している老将のツルギだ。
故郷に行けると言うこともあったが、それ以上に自分の世話役を務めている人物なだけあって今回の旅に無理して付いて来た。
《そろそろ自分の年齢を考えて欲しいのだけど》
まだ老けるには早いが、それでも色々と無理してきた人だ。
戦場で受けた傷も多く、ひとたび裸になればその全身は傷痕だらけだ。
戦となれば祖父の元でいの一番に駆け出し暴れ回っていたとも聞く。
『あの家族は色々と勘違いが激しすぎる』と祖父が良くぼやいていたが。
クスリと笑いユキは腰に差す刀を抜いた。
真っ白な刀身。
素材は鉄では無く骨だ。
祖父が討ち取ったナーガと呼ばれる竜の化身の肋骨の1つだとか。
軽くて素晴らしい獲物だが欠点もある。鍛冶師が『骨か』と若干蔑むのだ。
これほど素晴らしい獲物を理解できない鍛冶師が全て悪い。
だからユキはその度に店一番の獲物を叩き斬っては、良く母親に叱られたものだ。
静かに息を吐いてユキは刀を構える。
流れる風が心地いい。気のせいか舞台に昇ってから体の調子が良くなる気がする。
馬鹿のおかげで心が若干重いが、それでもため息を吐けば胸の奥が少なからず軽くなる。
『あの場所ならずっと踊っていられるわよ~』と祖母が言っていた。
ずっとは無理だとしても確かに多少の無理が出来そうな気はした。
《相手は? ゴン爺で良いか》
祖父の知り合いで槍使いの人物をユキは思い浮かべる。
いつもヘラヘラとしているが恐ろしく強い人物だ。
祖父と共にどんな絶望的な戦場に赴いても笑って帰って来た人物の1人だ。
そして自分の師の1人でもある。
《師匠》
そっと脳裏に思い浮かべた人物を目の前に移動させる。
回数など思い出せないほど対峙して来た人物だ。その動きの全てを覚えている。
《三枚に下ろします》
出立の前日……風呂を覗かれた恨みは忘れていない。
帰ったら三枚に下ろす練習を今からしておく必要がある。だからユキの動きに淀みが無い。
自分の持てる力の全てを発揮し、憎き師匠の首を狙う。
その姿を見た者は誰もが視線を奪われた。
『自分は踊れないので』といつも言っている人物の舞いだ。
実戦的で直線的だがその動きは、白い刃は時に優雅に時に鋭く空を舞う雪のような動きを見せる。
どれ程の時間がたったのだろう?
舞台の中心で白き美姫は動きを止める。
刀を鞘に戻し……悔しそうに石畳を蹴った。
「あは~。ゴン爺の勝ち~」
「煩いヒマワリ」
「にゃは~」
祖母の血を最も継いでいると言われる妹は、にゃぱにゃぱと笑いながら丸い球体を踏み台にして舞台へと昇って来た。
「おねーちゃん。舞台は踊る場所だよ~」
「……そうね」
汗を拭ってユキは妹に舞台を譲り、静かな足取りで歩き存在する段差など気にせずに飛び降りた。
音も立てずに着地したユキは背中越しに振り返り舞台上の妹を見る。
自分の鍛錬に触発された妹のやる気は満々に見える。
これなら祖母に命じられたことも叶えられそうだ。
『あの場所で踊って欲しいのよね。出来たらヒマに』
『ですが』
『分かってるわよ。あの子ったら気分屋さんでしょ? 本当に誰に似たのやら』
その場に居た全員が黙って祖母を指差し、そして黙って祖母はガチガチに硬くなった長いパンを手に自分を指さした者たちを追い回した。
『出来たらお願いね』
全員を殴り飛ばして戻って来た祖母はそう言って来る。
こちらの苦労など無視してだ。
『でもお願い。きっと見たいと思うから』
『誰がですか?』
その問いに祖母は何も答えてくれない。
ただ出立の日に……ポツリと呟くのを聞き逃さなかった。
『きっとみんなが見てくれるわよ』と。
「ん~。音がな~い」
舞台上の幼子はそう言って不満げに周りを見渡す。
ただここは聖地だ。踊り子たちが住んで暮らす場所だ。
「こけ~」
まず音を発したのは球体状の鳥だ。
パタパタとおまけ程度についているように見える羽根を動かし……少女の頭の上に止まった。
「コケコッコー」
まるで『朝だ』と『さあ始まりだ』と告げる声に応じたのは聖地を守護する狼たちだ。
普段は姿を隠し生きている彼らが、その全てが姿を現し舞台をぐるりと囲うように身構えたのだ。
護衛の者たちは一瞬焦るが、ユキはクスリと笑って手を上げた。
妹の呼び声に強制的に従わされた可哀想な子たちだ。それに武器を向けるのは可哀想すぎる。
周りの狼を見つめていたユキは一頭だけ毛並みの違う“者”を見つけた。
それは金色の毛を持ち……ゆっくりと前に進むと姿を変える。
一糸まとわぬその姿に護衛の兵士たちが皆息を飲む。
大変美しい女性だ。スラリとした美人であり、そしてユキは彼女を見て思った。
「初めまして。叔母様」
「私ももうそんな風に呼ばれる年齢なのね」
拗ねる叔母の姿が、普段祖母の護衛をしている人物によく似ている。
「母様は?」
「たぶん今日も元気に走り回っているかと」
「それはそれは大変ね」
クスクスと笑った美人はユキの横へと来た。
「一族の者が私を急いで呼んだ理由が分かったわ」
「それはご苦労掛けます」
「ええ。だから」
叔母は顔を上げ軽く声を上げた。
それは狼の遠吠えだ。
澄んで流れる声はどこまでも遠くへと響き渡る。
「一族の者が自慢していた踊りを見せてくれなかったら、一晩中貴女たちのことを舐め回すから」
「祖母がぐったりするあれですか」
元気の塊である祖母が嫌がる行為をユキは知っていた。
狼の習性らしいから仕方ないが、自分も同じ立場になるのは遠慮被りたい。
「でしたらまず音を。そうすればヒマワリは上限なく踊りますから」
「それは楽しみだわね」
女性は軽く手を叩く。その手拍子に狼たちが顔を空に向け遠吠えを始める。
それは無作為に見えて一定の音を奏でていた。
「お上手ですね」
「ずっと練習して来たのよ」
クスリと女性は笑う。
「この場所で行われた『奇跡の舞い』と呼ばれる踊りに匹敵するものをいつか見られるようにと願いながらね」
「そうですか」
それはそれは長い年月を待たせてしまったとユキは素直に思った。けれど、
「ですがお待ちした分だけの期待には応えられるかと」
「本当に?」
「はい」
ユキは舞台に目を向けた。
中央でぴょんぴょんと軽く跳ねている妹はやる気になっている。自分の知らない狼たちの歌に心底楽しんでいるのだ。もうああなるとあの馬鹿は止まらない。
『本当にヒマワリは踊りが好きね』とあの祖母が認める才能の持ち主。
「ねえ姪っ子さん?」
「ユキです」
「ならユキ」
狼の叔母が優しく声をかけて来た。
「あの子の色は?」
「……」
実に嫌な話だったのでユキは一瞬顔を顰めた。
シャーマンと呼ばれる女性は必ず“色”を掴む。それは生まれて間もない赤子が掴み、そして放さない。その手放さなかった色がそのシャーマンの色を表すからだ。
「最初に掴んだ色は“白”です」
「へ~」
続く沈黙と相手の視線にユキは折れた。
「……私の髪です。ギュッと掴んで離さず仕方なく切りました」
「あらあら大変ね」
おかげでしばらく変な髪型で過ごす羽目になったユキはあの頃の記憶を消去することにしている。
行く先々で指を向けられ笑われたのだ。本当に祖父の知り合いは性格の悪い人が多くて困った。
「ならウチのシャーマンとどっちが上かしら?」
舞台へと昇る女性にユキも気づいていた。
昨日出会った現在この場を預かる巫女だ。
祖父と祖母の知り合いであるシャーマンが産んだ女性の娘だと聞いている。
シャーマンの強さを表す色は白。
その人物の登場にぴょんぴょんと跳ねていた妹が……何か悪戯を思いついた顔をしている。
無邪気な邪悪だ。あの顔をしている時は近づかないに限る。が、それを知らない巫女は踊りだした。
静かで優雅な舞だ。そう舞だ。
祖母もあのように静かに踊ることもあるがその回数は少ない。
きっと性格の都合だろう。祖母はとにかく落ち着きが無い。あの馬鹿と同じで。
緩やかで風に舞う木の葉のように美しい。
狼の歌に乗って優雅で艶やかだ。
色香とは無縁な妹には絶対に出せない表現だろう。
「どう?」
「そうですね……」
腕を組みユキは素直な気持ちを口にする。
「ウチの妹たちの中であれほど踊れるのは半数ぐらいでしょうね」
「……半数?」
「はい」
ユキはコクンと頷く。
「まさか私たち姉妹が2人だけだと?」
「……」
どうやら正解だったとユキは察した。
「祖父と祖母の間には10人の子が生まれ」
「10人!」
やはり何処に行っても驚かれる数らしい。
「孫は軽く50を超えています。そして今も増えています」
「……」
言っててユキもゾッとした。
聞いていた狼も本気でゾッとした。
自分の二の腕を擦り狼の叔母はもう一度身震いした。
「妹のヒマワリはその中で最も優れた才能を持つシャーマンの1人です。祖母の後継者と私たちは勝手に呼んでいますが……」
判定理由が祖父の、どれほど周りに迷惑をかけたかという基準だ。
しかし反論は出ない。祖父の判断が正しいと誰もが思っているのだ。
巫女の舞いが終わる。
砂の国から遣わされた護衛たちが皆手を叩き喝采している。
けれど、やはりだ。
老将ツルギは顔色一つ変えずに義理で軽く手を叩いていた。心が動かされた気配は無い。
「さてと」
息を吐いてユキは身構えた。
「始まります」
「……後継の舞いが?」
「いいえ」
半眼となりユキは舞台を見やる。
「自由奔放の暴力が」
『にゃはっ』と掛け声なのか笑い声なのか分からない声を発しヒマワリが踊りだした。
小柄の少女の舞いだが……その実態は人を引き付ける何かを孕んだ暴力だ。
そして舞台上で何かが弾けるのを観客たちは見た。
蕾が花開いたと言う優しい表現ではなく、しいて言えば蕾が弾け飛んで花が咲いたと言うべきだ。
生の躍動。それがヒマワリの舞いだ。
美しくはない。艶やかでもない。ただ見ている者が知らず知らずに活力を得る……命の踊りだ。
「……絶好調ね」
苦笑しながらユキは周りを見た。
妹の踊りに魅入られた狼たちが操られたように歌い続けている。限界を超えて声を発している。
護衛の者たちは立ち尽くし舞台を見つめて凍り付いている。あれが一番危ない。下手をすれば呼吸を忘れ見入ってしまう。
「どうですか?」
「……ここまで」
「声を出せるだけ上等ですよ」
叔母は必死に抵抗している。
額に玉のような汗を浮かべ魅入られないように抵抗しているのだ。
もし抵抗を止めれば魂まで掴まれ踊りが終わるまで見つめ続けるだろう。
「それで叔母様」
「なに?」
ユキは軽く下っ腹に力を込めた。
「残念ながらヒマワリの踊りは尻上がりに調子を上げます」
「……」
ニヤリとユキは笑う。
「何処まで叔母様が抵抗できるか……楽しみですね」
頬に汗を滴らせ狼は苦笑した。
「貴女も結構いい性格しているわね?」
「はい。私は祖父ミキの後継者と呼ばれていますので」
「……最低ね」
結果ヒマワリは半日踊り続け、その後姉の手により尻を30回ほど叩かれたと言う。
『少しは遠慮しなさい』と叱る姉に少女はこう告げた。『無理だよ。お祖父ちゃんの友達がみんなで「踊れ踊れ」と言って来るんだもん』と。
それを聞かされたユキは苦笑し……50回の予定を20回ほど減らしたのだと言う。
~あとがき~
個人的に楽しむために書きおろした物です。
ですのでこれから続きが書かれる保証はありません。
ただこの作品を愛してくれた人が、少しでも楽しんでいただければと…御裾分けですw
© 甲斐八雲
異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~ 甲斐八雲 @kaiyakumo
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