外伝
かの地にて偉大なる者と出会いけり
砂のアフリズムと呼ばれる国がある。
南部の砂漠地帯に栄えるとても豊かな国だ。
先代の王ウルラーのお陰で、平和な時を過ごす国の南端が……にわかに騒いでいた。
見たことの無い船が"東"よりやって来るのを監視していた兵が見つけたのだ。
『東部所属の旗も掲げていない、何より船を引くのが海獣である』
その二点のことから……港を預から代官は、王都に使者を走らせ寄港した船には海上での待機を命じた。
王都からやって来た将軍は、船へと上がり代表者と対峙する。
代表者は、白い髪を背中に流す女性であった。名は『ユキ』と名乗った。
「我が祖父ミキの命によりこの地にやって参りました。国王ウルラーとの謁見を希望します」
「生憎と前王ウルラーは病にて五年前に他界した。現在はご子息のセルラー王がこの国を支配している」
「そうでしたか。失礼を」
まだ年若き少女にも見える女性の凛とした姿に、迎えに訪れた使者である彼は軽く笑った。
「何か?」
「否。父より聞いていた通り、貴女の一族は動じないのだなと思って」
「もしかしてワハラ様の?」
「ああ。子のユハラと言う」
名乗った相手にユキは改めて深く一礼をした。
「祖父が大変な無茶を押し付けていたとか」
「それは良い。父の話である」
笑う使者と共にユキは王都へと案内された。
「お初にお目に掛かります。セルラー王」
「貴方が英雄ミキ殿のお孫殿か?」
「はい。祖父ミキと祖母レシアの子、サチの娘になります」
事前に祖父から手渡されていた手紙と身分証明に渡された宝石をセルラー王に預ける。
宝石は先王のウルラーから預かったアフリズム王家の文様が刻まれた物であり、それを確認したセルラー王は本物であると認めた。
そして手紙を読み……父から聞いていた通り無茶をする人物であると理解した。
「東方に渡り街作りの為に船を解体した、と?」
「はい。結果として戻るに戻れず、新しく船を作るにも技術が足りずにこの年までかかりました」
祖父たちの非礼を詫びる孫に現王の目はとにかく優しい。
話に聞いていた通りなのだと理解するごとに、余程苦労して来たのだろうと納得出来る。
環境などでは無くその性格と行動にだ。
「長いこと何の連絡も無かったので、家臣たちは『皆死んだのであろう』と言っていたらしいが……父であるウルラーは『どうせ騒ぎに巻き込まれてそれどころでは無いのだろう』と言っていた。実際に船が無かっただけではあるまい?」
「……はい」
渋々と言った様子でユキは頷いた。
「東方……こちらで言う東部の山脈を抜けた向こう側には、こことは比べられないほどの広大な陸地が存在しております。祖父が言うには『自分たちが居て大陸と呼んでいた場所は、この広大な本当の意味での大陸の西部の先端部分でしか無かったのだろう』と」
少女の衝撃的な言葉に居並ぶ家臣たちが驚き声を放つ。
それを片手で制したセルラー王は、改めて口を開いた。
「それは誠か?」
「はい」
柔らかく頷きユキは言葉を続けた。
「祖父たちは山脈の向こう側へと渡り街を作りました。ですが異国の者である私たちは直ぐにその場所の近くにある国と敵対することとなり……それからずっと長きに渡る戦乱の日々を過ごしました」
「それは壮絶であったのだろうな?」
「……いいえ」
「なに?」
どこか遠い目をしてユキは口を開く。
「祖母はその……遠慮を知らないので。そして祖父も祖母に甘いので」
「……何をした?」
「はい。その土地に居た"仲間"を味方にしては圧倒的な数の暴力で敵を蹂躙し、手当たり次第に不戦の関係を結んでは祖父たちを恐れて襲って来る国々と戦い続けることとなり、気づけば三十年で大国と呼ばれるほどにまで国を大きくしました」
空いた口が塞がらないようにセルラーが国王らしからぬ表情を見せる。
と、謁見の間の入り口に立つ兵が少々騒ぎ出した。
謁見中とのこともあり、王は気を利かせ自ら兵に質問をする。
「何事か?」
「はっ。客人のお連れの者が至急とのことで」
「良い。通せ」
「はっ」
案内されたのは初老の男性だ。五十くらいか……背筋をピンとさせた武人のような人物だった。
「姫様」
「どうかしましたか? それとツルギ。今はその名称で呼ばないようにと言ったはずです」
「申し訳ございません」
祖父の忠臣であったクベーの息子である老人が軽く頭を下げながら歩み寄る。
「失礼ながら、ヒマワリ様がお逃げなさいました」
「……」
ピシッと少女の額に青筋が走るのをその場に居る全ての者が見た。
天性の素質を持つ巫女見習いは、鉄の牢獄如きでは監禁することも出来なかったらしいと知り……姉であるユキは内心泣きそうな気持になる。
あれが外で騒ぎを起こせば……騒動などでは済まないからだ。
「失礼ながらセルラー王」
「うむ。許す」
「はい。我が妹であり巫女見習いが逃げ出しました」
「逃げたと?」
「はい」
深く深く息を吐いてユキは疲れた表情を見せる。
「もっとも祖母に似て才能豊かな問題児にございます。片手間で仲間たちを集め、一万もの兵を撃退したことすらある問題児です。何か問題を起こす前に捕らえたいと存じます」
「……」
母親から"巫女"の武勇伝を伝え聞くセルラー王はその対応に窮した。
どうするべきかと悩んでいると……また謁見の間の入り口で騒ぎが起きた。
「何事か?」
「はっ。イースリー様が」
「良い。通せ」
「はっ」
問題続きで泣きそうになっている兵を内心労いつつも、セルラー王は静々と歩いて来る母親を見て目を点にした。
「あっお姉ちゃん」
「ヒマワリ……貴女、それは?」
「友達になったの!」
「コケ~」
額に手を当てて息を吐く姉。
前王妃の手を握り、空いている手にはどこで捕まえたのか知らないが七色の球体を掴む妹。
何より全てを察して慈愛のような笑みを浮かべ幼い巫女見習いの手を引く前王妃。
セルラーは改めて母親の偉大さを実感した。
「セルラーよ」
「はい」
「会話は食事をしながらになさい。あの人の孫であるなら食べ物を与えておけば静かですから」
「……はい」
謁見は会食の形へと変化し、つつがなく終えることとなった。
日も沈み王城内にある中庭へと案内された姉妹は、そこで前王妃との茶の席へと誘われた。
一杯飲んで茶菓子を漁った妹は、早々に飽き出し……イースリーは彼女の相手を"息子"に命じた。
現王を馬とし、頭の上に七色の球体を乗せて遊びだした妹の様子に、ユキは後で尻を叩くと心に誓った。
「ユキさん」
「はい。イースリー様」
「様など要りません。私のことは祖父から聞いているのでしょう?」
「……はい」
アフリズムに行くにあたりユキは祖父から色々な話を聞いた。
「とても美しくてお優しい女性だと」
「もう。あの人ったら」
苦々しい表情を浮かべてイースリーは笑う。
「貴女はこの地に来て何をする気なの?」
「はい。折角の機会なのでこの地を見て回ろうと。それと祖父から仲間たちの墓参りを言われておりますので」
「そう」
微かに笑いイースリーは星空を見上げる。
視線を上にしたのは、馬になっている息子を見たくないという気持ちもあったからだ。
「あの人たちがこの場所を出て五十年。みんな年老いて旅立ってしまった。もうあの時のことを知るのはこの場所にも僅かです」
「ええ。とてもすごい争いだったとか」
聖地解放と呼ばれる戦いのことを祖父と祖母はあまり語らない。
故に孫であるユキは断片的なことしか知らない。
「ですから自分の足で何かを見られればと思っています」
「そう」
柔らかく笑いイースリーはユキを見た。
何処かミキの凛々しさとレシアの愛らしさを持つ美人だ。
「なら貴女の滞在中に彼らの武勇伝を聞かせてくれるかしら? あっちに行ったらウルラーに話してあげたいから」
「はい」
柔らかく笑うユキにイースリーは笑顔を向ける。
「なら今夜は何を聞かせてくれるの?」
「……」
いきなり話すことになるとは思っていなかったので、ユキは答えに悩む。
ならばととっておきの話をすることとした。
「でしたら長い話になりますが?」
「ええ。貴女の滞在中に全て聞けるなら」
「はい」
一度飲み物で喉を潤し、ユキはゆっくりと口を開いた。
「ならば祖父と祖母の最も苛烈であったお話を」
言葉を区切りユキは紡いだ。
『ノッブナーガとその一族の野望』を。
~あとがき~
『ノッブナーガとその一族の野望』と、これを書く為だけにこの物語は誕生しましたw
とんでもない暴露トークから始まったあとがきです。
本当に"ノッブナーガとその一族の野望"と書きたくてこの話は作られました。
元々は
ならば誰か剣豪で、闘技場で剣を振るっていて……ラブロマンス要素を入れてと考えた結果、宮本伊織にするはずがまさかの三木之助w
意外と宮本家にとっては重要な役回りなのに伊織に取って食われた可哀想な養子です。
享年がはっきりしているし、何より本多家に仕えていたとか想像が膨らみやすいのもあってミキは誕生しました。キャラ設定は昔に書いた小説のキャラをそのまま流用。その物語のヒロインは、著作『嫁ドラ』のあらあらうふふな歌姫なお姉さんだったりします。
ある程度キャラと設定が決まれば、後は行ってこいでどうにかなる物です。
結果として趣味全開で書いたこの物語も無事に終わったんですから。
ちなみに続編は一切書く気はありません。孫たちの話は少し書いても良いかなって気もしますが、ミキたちの話は自分の中で完結したので書く気は今のところ全くありません。
それにしても本当にこれほど長く趣味だけで話を書くことになるとは……自分の馬鹿さ加減に笑えて来ます。
ですが完結しました。ミキもレシアもまだ頂きの天辺を目指して精進してますし、自分も負けないようにこれからも小説を書いていこうと思います。
また何かネタが出来たら時代劇風ファンタジーを書くこともあるかと思いますが、この話はここまでです。
読んでいただいた皆様に最大級の感謝を持って……ありがとうございました。
(C) 甲斐八雲
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