終章

事の終わり

 時は流れ……二年の月日が流れた。




「本当に出来上がるとはな」

「……冗談だったのか?」

「否。本気だ」


 古くからの同僚であるワハラの言葉に答え、ミキは眼前の大型船に目を向ける。

 船倉と居住部分に大半の容量を割いた船は、大きな樽のような形をした不可思議な物となっている。

 帆などは小型の物が飾りのように付けられていて、とても船を動かす推進力を得られるとは思えない。


「保存食は100日程度。水は巫女様が居るから最低限だが問題あるまい?」

「十分だ」

「……全く。今後はこんな厄介な仕事を持って来るなよ」


 ドンと肩を叩いてワハラは仕事に戻るべく歩いて行く。

 相手を見送ったミキはその視線をまた船に向け、その様子を見るかのようにゆっくりと歩き出す。


 砂のアフリズムの南端で製造された大型船は、アフリズム王の大陸捜索の任務を受けた調査船だ。

 大陸各地から集められた『物好き』たちを乗せて、東の山脈を海路で迂回し、誰も見たことの無い大陸の東方を捜索する任務を得ている。


 東方捜索の責任者を押し付けられたミキは、やれやれと頭を掻いて桟橋を行く。

『聖地解放』と呼ばれる戦いを終え、ミキは個人の都合を片付ける旅にまた出ると……その途中でアフリズムに立ち寄った。


『大陸の東には人の暮らす場所があるかもしれない』


 国王との宴席で伝えた言葉にいたく感銘を受けた若き王は、調査船の製造を部下に命じた。

 動力は海に住む海獣。シャーマンの巫女が居なければ絶対に運航できない構造だ。


『厄介払いか……』


 苦笑してミキはまた頭を掻いた。


 西部の支配者であったファーズンを相手に僅かな仲間たちと共に実質勝利したミキの存在を、各国の王たちは危険視していた。

 アフリズムが『客将』として迎える動きを見れば、ハインハルがそれを制して『宰相』として招くと宣言した。そうなると各国と共に自国に取り込む動きを見せ、ミキたちは個人の用事を終えると同時に中立である中央草原の聖域に引き籠るしか無かった。


 そんな状況となり、大陸の東の調査はミキからすれば渡りに船だ。

 責任者と言う地位が厄介であるが、断ることなく引き受けた。

 何より……『世界の全てを見て回る』という約束を妻と交わしていたことも理由の一つではある。


「ミキの旦那~」


 軽い口調で声をかけられミキは足を止める。

 数人の男とそれ以上の女……見知った二人にミキは苦笑した。


「ミツ殿。やはり来ましたか」

「ああ」

「話しかけたのは俺っちですよ?」


 ゴンが苦笑いして来るが、ミキはミツと握手をする方を選択した。

 怒らせると厄介なのはどっちか良く理解しているからだ。


「あまり楽しくない旅になるかもしれませんが?」

「仕方ない。あの騒ぎに参加して名が売れたからな……おちおち女を囲って盗賊稼業も出来ん」

「そう言う理由なら喜んで」


 逃げる先に東方の未知の地を選ぶ辺りミツらしい。


「部屋の方は俺たち用に一室寄こせ」

「大部屋の一つを手配しましょう。ただし全員で一部屋ですからね」

「案ずるな。俺は覗かれようが縮み上がる男では無い」


 笑う剣豪に軽く一礼をし、ミキは船に向かい歩き続ける。


 途中育ての親である老人二人が、子連れの女性に怒鳴られている姿を見て……ミキはそっと足を向ける方向を変えて回避する。

 夫であるマデイが必死に妻のクリナを制している姿が笑えたが。


「あら? 旦那様?」

「……居たのか?」

「居ますよ。貴方は私の旦那様なんですから」


 水を詰めた樽の上に座っていた美女が軽い足取りで降りて来る。マガミだ。

 聖地での戦いで死にそうな怪我を負ったが、三日で完治させてミキの子種を奪った猛者である。


「……子はどうした?」

「ええ。婆が『後継者にする』とか言って取り上げられたわ」


 やれやれと肩を竦める彼女は、自身が産んだ子供がこの地に残ることに抵抗はないらしい。

 下手をしたらまた改めて産めば良いとか考えて居そうで、ミキはそっと相手と距離を取った。


「どうして離れるのかしら?」

「……あっちでレシアがこっちを」


『睨んでいる』と言い終える前にマガミは尻尾を巻いて逃げて行った。

 本当に懲りない相手だと呆れながら、ミキは歩みを続ける。


「ミキさ~ん」


 呼び止められてミキは足を止める。ホシュミの家族が桟橋の近くに居た。


 彼女たちは『残る』ことを選び、見送りに来てくれた仲間だ。

 彼女らの近くに幼子を抱いた女性を見つけ、ミキはその足を向ける。


「来てたのか?」

「はい。この子にも見せたかったから」

「そうか」


 柔らかく笑うのはサーリだ。

 現在は聖地で暮らす彼女は、アムートとの間に出来た息子を抱いていた。


「元気な子に育つと良いな」

「はい」


 母親らしい柔らかな表情で彼女も笑う。


「留守を預かる巫女の代理は?」

「ラーニャさんならアフリズムの国王様に掴まって」

「……イースリーが居るからどうにかなるか」


 シャーマンとの強い結びつきを願うウルラー王は、自身の子供と次代の巫女との婚姻を強く願っているらしい。

 ただまだ身重の状態な王妃がどちらを産むかは誰も知らない。


「まあお前たちが頑張ってリシャーラを育ててくれ」

「はい。頑張って……大人しくさせます」

「本当に頑張ってくれ」


 どうも最近やんちゃを覚えた幼い巫女様を周りのシャーマンたちが本当に心配している。

 何より才能があっても性格に難のある巫女と言う実例を知るだけに、皆の心配というより恐怖は半端の無いものとなっている。


「済まんな。後回しになって」


 ぐずりだした我が子の相手に戻ったサーリから、ホシュミに視線を向けてミキは軽く詫びをする。


「良いわよ。子連れでも若い子の方が良いでしょうから」

「そう言うな。聖地を預けるからどうしてもな」

「はいはい」


 笑うホシュミは今日の為にミキたちの服をこれでもかと作って持って来てくれた。


「タインはどうした?」

「サクラを連れてこの周りを見てるはずよ。ほらあの子って世間を知らないでしょ? だからどこに行っても全てが新鮮なのよ」

「なるほどな」


 納得してミキは軽く世間話をしてその場を離れる。

 それから挨拶に来ていたラインフィーラたちと別れの言葉を交わしたりし、ゆっくりと旅立ちの準備を終えて行く。


「……」


 だがそれを見て彼は足を止めた。

 両脇の下に杖を挟み必死に歩く彼を、必死に止めようとしている娘の姿を見たからだ。


 あの戦いで生き残ったクベーは、今回の調査について行くと言って止まらなかった。だから彼の妻は諦めた様子で、自分も一緒に行くと宣言し、幼い子供二人も一緒となった。

 唯一長女であるヒナだけは自身の家庭があるから残ることを選び、そして現在……揉めていた。


 スッと気配を消してミキは揉める家族を避けて船へと上がる。

 飛んで来た船員たちに色々と指示を出して船の先端へと歩いて行く。


「見なさいサチ」

「あ~い」

「これから私たちが征服しに行く大海原ですよ」

「は~い」


 胸に抱いた子供をあやす妻を見て、ミキは歩き近寄ると……拳骨を振り落とした。


「ぬおっ!」


 両手で頭を抱える妻から我が子を奪い取り、ミキは優しくサチを抱きしめた。

 白い服を纏った幼子の両手首には、白いリボンが巻かれている。

 サチもまた才能のあるシャーマンとして生を受けたのだ。


「ミキ……頭の形が変わりました」

「お前がサチに変なことを教えているのが悪い」

「事実です。私たちはこれからこの大海原に出て、世界の全てを手に入れにっ」


 もう一発放った拳を回避したレシアが怯えた表情を見せる。


「俺たちに世界など要らんよ」

「はい?」

「俺たちは世界の全てを見て回る……だから世界はそのままで良いんだ」


 よしよしと我が子の背を軽く叩きミキは大海原に目を向ける。

 そっと抱き付いて来たレシアは子供を挟むようにして夫を見上げた。


「なら次は世界を相手に戦わないで下さいね」

「ああ。気をつけよう」


 気軽に答えミキは我が子の目を手で覆うと、そっと妻と口づけをした。




 アフリズムから大陸の東に向かい調査船が旅立ったという。

 だがそれから五十年……その船がどうなったのか誰も知らない。




~あとがき~


 これにてミキとレシアの物語はお終いです。

 東方へと旅立った彼らがどうなったのかは……次の外伝で語られます。


 残り一話ですが、最後まで楽しんでいただければと思います。




(C) 甲斐八雲

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