第58話 疑惑

 わたしたち『水菓子の花便りウォータークッキー』の特色がアリーチェの突出した戦闘力だとするなら、『fra/sco』の特色はおそらくチームワークにある。

 掛け声や合図すら挟まずに連携を成立させる姿はまさに以心伝心といったところだ。

 アンティがアリーチェとの鍔迫り合いに負けそうなると、鳥翼族ハルピュイアが雷を纏った羽根を放ち、宝珠族カーバンクルの回復を受けた鎧蟲ミュルドンがわたしたちの横槍を防ごうと立ち塞がる。そのタイミングは実に的確だ。

 しかし、アリーチェという戦力差を埋めるには至らない。


「ちょこまかと鬱陶しいわね!」


 アリーチェは焦れた声をあげると、それまで避けるか、切り落とすかしていた羽根を強引につかんだ。熱した鉄に水滴を落とすようにジュッという音が響くが、粘態スライムにとって大した問題ではない。

 アリーチェはつかんだ羽根を鳥翼族ハルピュイア目掛けて投擲した。あまりにも自然で流れるような動作。たとえ警戒していたとしても、対処は容易ではないだろう。

 攻撃態勢にあった鳥翼族ハルピュイアは避けることもできず、自らの羽根で翼を貫かれた。


「まずは一人」


 落下する鳥翼族ハルピュイアに目を向けることもなく、アリーチェはつぶやいた。今、注力するべき相手は目の前のアンティだとわかっているからだ。いくら剣技で上回っているからといって油断できる相手ではない。

 事実、投擲したことで崩れた態勢を、アンティは的確に狙ってきていた。

 突き出されたブレードが粘態スライムの体組織を切り裂く。


「――どういうことだ」


 アンティから困惑の声があがった。

 それはブレードを刺しても平気だから――ではない。粘態スライムコアを傷つけられない限り死なないのは有名な話だ。アンティもおそらくそれは知っているだろう。

 だから、アンティが驚いたのは、それ以前の問題。

 そもそも刃が刺さっていなかった。


「どういうことだ。粘態スライムではないのか?」


 アンティがそう思うのも無理はない。

 粘態スライムの体組織は非常に柔く脆いものだ。刃物を突き立てても刺さらないなんてことは普通あり得ない。


「あぁ、これね。もちろん、アタシは粘態スライムよ。ただ、この前、竜の血を浴びてからちょっと硬くなったみたいなのよね」

「……」


 アンティは相変わらず無表情のままだが、空いた間こそが彼女の驚愕を代弁しているようだった。


 一方その頃、わたしたちは鎧蟲ミュルドン宝珠族カーバンクルを相手に戦っていた。

 人数差は三対二。よほど実力差や相性差があるでもない限り、人数差は覆すのは容易ではない。

 わたしたち三人の猛攻を鎧蟲ミュルドン宝珠族カーバンクルは抑えきれず、すぐに勝敗は決した。

 鹿鳥ペリュトンの襲撃により眠りに落ちる『fra/sco』のメンバー達。

 残るはアンティただ一人。


「さて、結果は出たみたいだけど」

「……」

「この状況でもだんまり決めこむ気?」


 刀を突きつけられてもアンティは黙したままだ。右腕はすでにブレードごと切断され、金属とコードの断面が剥き出しになっていた。

 痺れを切らしたアリーチェが小さく舌を打つ。刀の切先が揺れる。


「ア、アリーチェちゃん! これ以上はもう――」

「わかってるわよ」


 制止するヒナヤに、アリーチェは食い気味に返すと、刀を鞘へ納めた。


「……殺さないのか」

「あのね。こっちは仕掛けられたから対応しただけ。もともと、切りかかるつもりなかったの」

「殺気は消えていないようだが」

「でしょうね!」

「そういうものか」


 アリーチェは語気を荒げたが、刀を抜く素振りは見せない。それでようやくアンティも臨戦態勢を解いた。

 刀に変わり、半透明の指を突きつけながら、アリーチェが言う。


「アタシが聞きたいことは単純にひとつよ」

「何だ」

「選抜試験でアタシたちに妨害工作したのって、あんた?」


 あまりにも直球過ぎるアリーチェの質問に、アンティだけでなくわたしたちも言葉を失った。

 直接的なんて言葉では足りないほどのど真ん中ストレート。さすがにもう少し遠回しに探るものだと思っていた。

 いくら何でもこれでは疑っていることがバレるうえに、嘘をつかれたら見抜きようがない。


 今さら止めるわけにもいかず、呆然と見つめるわたしを置き去りに二人の会話は続いていく。


「……」

「返事が無いってことは図星?」

「いや、否定する。あまりにも予想外の質問だっただけだ。私たちは一切関与していない」

「らしいけど、実際どうなの、シュテリア?」

「…………え、ボクですか?」


 まさか、話を振られるとは思っていなかったのだろう。わたしの隣で槍を磨いていたシュテリアは単眼をぱちくりと瞬かせた。


「だから、アンティが嘘ついているかどうかよ」

「……あのですね。アリーチェ、もしかして、勘違いしてません? ボクが見えるのはあくまで感情です。あまりに言動とそぐわなかったり、激しく動揺していると嘘をついている可能性が高いってだけで、別に嘘発見器じゃないです」

「え、そうなの」

「そうです。ちなみに、彼女の場合、感情も読み取れないですね。魔除けをつけているか、機械生命体アンドロイドが元々そういう体質なのかはわからないですけど」

「……そう」


 おそらく、アリーチェとしてはシュテリアに判別してもらうつもりで直球の質問を投げかけたのだろう。

 単眼族ゲイザーのような眼を持たずとも、今のアリーチェが動揺していることは手に取るようにわかった。


「私たちは一切関与していない」


 再び同じ台詞をつぶやくアンティ。その言葉が本当かどうか、無機質な表情からはとても読み取れない。

 アリーチェの縋るような視線が痛い。こうなってしまったらもう無理だと思うけど。

 できることといえば、今後につなげて長い目で見て判別していくことだろう。


 わたしは内心ため息をつきながら、膠着した場で声をあげた。





 わたしたちも『fra/sco』も探索者としての目的地は『不気味の谷』だ。それなら、お互いに情報共有するなど協力し合うこともできるはず。


 そんなわたしの提案は『水菓子の花便りウォータークッキー』と『fra/sco』のどちらにとっても、落とし所の見えなくなっていたあの状況ではちょうど良かったのだろう。


 『不気味の谷』にはどんなモンスターが出てどんな対策をすれば良いか、マップ構造はどうなっているのか。

 互いに牽制し、探り合いながら情報を共有していく。殺し合いに比べたら遥かにマシな流れだ。


 結局、選抜試験の事件の犯人については見当もつかないまま流れてしまったが、『不気味の谷』の攻略という面ではそれなりに進歩があった。

 これはこれでよかったのかもしれない。なんて思いながら過ごすことしばらく。実は裏で致命的な事態が進行していたと知ったのは数日後のことであった。


「エイシャ・クルルティカさんですね。調査にご協力お願いします」


 警察手帳と共に突きつけられた言葉。

 宿屋からギルドハウスへ向かおうとしていたわたしは、警察官を名乗る二人に引き止められていた。

 わざわざ名指しで呼び止められたということは、どう考えてもわたしを探してきたわけで、嫌な予感がする。


「……あの、なんですか」

「アリーチェ・トスカーニの行方を探っているんですが、エイシャ・クルルティカさん、あなたは探索者として彼女とパーティを組んでいましたよね。どこに居るか、心当たりはないですか」


 心当たりも何も、わたしとアリーチェは同じ宿屋に泊まっている。ギルドハウスに向かう時もだいたいいつも一緒だ。

 しかし、今日に限ってはアリーチェの姿が見当たらなかった。どうも昨日から帰ってきていないらしく、てっきりギルドハウスにでも泊まっているのかと思っていたけれど、警察官が出てくる事態になっているなんてどう考えても尋常じゃない。


「……何があったんですか」

「現在、逃走中のアリーチェ・トスカーニには殺人容疑がかかっています」


 警察官から放たれた言葉はあまりにも信じ難いものだった。

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人外少女たちの迷宮攻略配信 赤猫柊 @rorororarara

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