第57話 fra/sco

「それで引き受けたわけ?」

「まさか。さすがにそんな安請け合いできないし」

「よかった。安心したわ」


 だいたい、わたしたち水菓子の花便りウォータークッキーだって『不気味の谷』に挑んでいるのだ。いつ帰ってこられなくなってもおかしくない。


「……にしても、そんなぶっ飛んだ相手と会っていたなんて、さすがに思いもしなかったわ」

「ホンっトにそれ」


 激しくうなずくわたしの姿に、アリーチェは半笑いを浮かべると、ティーカップを口元へ運んだ。


「でもさ、エイシャ。聞いてて思ったんだけど、製造プラントってそもそも、機械生命体アンドロイドを生み出すための施設なのよね。製造プラントを維持する人が欲しいなら、それ用のロボットを作るんじゃだめなの?」

「あー、ね。わたしも同じこと聞いたんだけどさ……なんか、一回やったことあるんだって」


 そして、失敗した。

 何でも、あの製造プラントで作られた機械生命体アンドロイドは『不気味の谷』最深部に向かう目的を刻まれるらしい。例外はないという。


「『不気味の谷』最深部にたどり着くことが、自分の命よりも大切な存在意義。そう思っている機械生命体アンドロイドがお留守番役なんて任せられたら、どうなると思う?」

「……うわぁ、碌なことにならなさそうね」

「おっしゃるとーり」


 実際、碌なことにならなかったという。

 何が起きたのか、一度だけ尋ねたけれど、意外なことにアンティが「回答の必要性を感じない」と嫌がるそぶりを見せたので(失礼ながらそれまでのやりとりで機械生命体アンドロイドは聞けば何でも答えてくれるものだと思っていた)、それ以上の追及は避けた。


「なるほどね。それにしても『不気味の谷』を探索している機械生命体アンドロイドかぁ」

「……うん? それがどうかした?」

「例の選抜試験の犯人探しの件でね。『fra/sco』ってパーティが気になってるんだけど、そこのリーダーも機械生命体アンドロイドらしいのよ」

「へえ」


 まあ、それくらい別に珍しいことでもない。

 わたしはカップに口をつけた。


「ちなみに名前は?」

「アンティよ」

「……あー」


 口の中にブラックコーヒーの香りと苦味が広がった。





 探偵に依頼したにもかかわらず、結局自分でも探し続けているアリーチェにとって、わたしの持ち込んだ情報は到底無視できるものではなかった。

 会わせて欲しいと何度も何度も頼み込んでくるアリーチェ。

 正直、厄介事になりそうなので会わせたくなかったけれど「余計なことは言わないし、大人しくしてるから」「疑わしきは罰せずでしょ。わかってるわよ」と言うので、まあそれならいいかと、先にわたしが折れ、『水菓子の花便りウォータークッキー』全員で廃墟群へ訪れることとなった。


 そして、その選択をわたしは早くも後悔していた。


「これはいったいどういうつもりだ。エイシャ、ヒナヤ、返答を求める」


 製造プラントの入口が隠された廃墟の一画で、わたしたちと向き合うアンティ。前回出会った時と変わらず無表情のままだ。

 共に名を呼ばれたヒナヤは、あたふたとわたしを見つめている。


「あー、や、どうも何も……知り合いを連れてきただけなんだけど」


 まずかったかな?

 ……まぁ、まずかっただろうな。

 機械生命体アンドロイドのアンティにとって、製造プラントの場所を他人に知られることはとても気分の良いものとも思えない。


 しかし、言い訳みたいだけど、そもそもわたしとヒナヤにこの場所を教えたのはアンティ自身だ。恨むなら、初対面の相手に不用意に情報を与えた自分の迂闊さを恨んでもらいたい。


 そんは思いを飲みこみながら、アンティに笑いかける。


「いや、アリーチェがどうしても会いたいって聞かなくて。あ、あのー、話だけでもしてくれない? ダメ?」

「敵対意思は無いということか?」

「もちろん」

「そうか。理解した」


 相変わらず表情を変えずにうなずくアンティ。なんとか話は聞いてくれそうだと安堵したわたしは、隣に立っていたアリーチェに強く腕を引かれた。


「エイシャ! 危ないっ!」

「のわっ!?」


 わたしと位置をぐるりと入れ替えたアリーチェはいつ間にか刀を抜き放っていた。足元には切断された羽根が数本。まるで放電するかのように青白い雷光をバチバチと発している。

 事態を把握できずにいるわたしを置き去りに、アリーチェは鋭く声を飛ばした。


「いきなり仕掛けてくるなんてどういうつもり?」


 アリーチェの怒声が周囲に響き渡った。

 いったいどこに隠れていたのか、廃墟の陰から種族も性別もバラバラの三人の人物が現れた。

 アンティが淡々と告げる。


「敵は排除する」

「『fra/sco』のメンバーね……なによ、アタシたちと総力戦でもしようってわけ?」

「ここは私たちの本拠地だ。敵意ある者に存在を知られた以上、帰すわけにはいかない」


 どうやら、アンティの中でわたしたちは完全に敵と認識されているようだ。


「敵対意思はないって、エイシャが言ったわよね。聞いてなかった?」

「聞いた。しかし、エイシャがそうだとしても、貴方は違うだろう。私の感情検知器はそう告げている」

「……まあね」


 そういえば、この機械生命体アンドロイド単眼族ゲイザーのように感情が見えているんだった。

 今の今まで忘れていた自分が恨めしい。

 余程、敵意がだだ漏れていたのだろう。アンティが、いや、『fra/sco』がアリーチェに向ける視線は冷え切っていた。


「エイシャ、これ諦めた方がいいですよ。あちらのメンバーも、うちのアリーチェも、どっちもやる気です」


 後ろからシュテリアの声がかかる。


「や、でも、そんなわけには――」


 わたしが言い終わるよりも早く、再び矢のように放たれた羽根たちが、先ほどとは比べ物にならない量の雷雨となって降り注ぐ。

 シュテリアはそれらを『青白眼』で停止させた。


「ほら、もう始まっちゃいましたし。それに意外と力でねじ伏せる方が早いこともありますよ」

「……それは感情が見える単眼族ゲイザーとしてのアドバイス?」

「いえ、どっちかというとボクの経験則ですね。口で伝わらないことは、拳が伝えてくれます」


 意外と物騒な経験則を語るシュテリア。

 しかし、シュテリアの意見に賛成するかはともかく、すでに戦いの火蓋が切られたのは事実だ。このまま立ち尽くしていても事態は好転しないだろう。


「え、エイシャちゃん、どどどうしよう」

「あー、ね……やるしかないか」


 どうにも、踏ん切りがつかずにいたわたしだったが、横で狼狽するヒナヤを見て覚悟が決まった。


「水神の涙に告ぐ! 魔眼を避けし雄々しき枝角えだつの。夜の翼。揺籃ようらん見つめる影法師。汝は鹿鳥ペリュトンなり!」


 身体中の魔力がごっそりと持っていかれる感覚がした。が、構わない。

 相手を傷つけずに無力化するなら、眠りに誘う鹿鳥ペリュトンの力こそが最適だ。機械生命体アンドロイドのアンティに効くかはわからないけど、それ以外のメンバーには通用するだろう。

 戦いの舞台である廃墟跡の至る所に影があるのも追い風だ。鹿鳥ペリュトンの影渡りに都合がいい。


 ここにいる『fra/sco』のメンバーはアンティを含めて四人。

 光輝く羽根を放ったと思わしき人物は、空で翼をはためかせている。全身を覆う羽毛や、鉤爪のついた足、それから嘴を見る限り、おそらく有翼人エスフォークではなく、鳥翼族ハルピュイアだろう。

 残りの二人のうち一人は、甲虫さながらの鎧の身体でアリーチェの前に堂々と立ち塞がる鎧蟲ミュルドン

 そして、もう一人は、ふさふさの毛で覆われた手足と、額で輝くルビーのような宝石が綺麗な宝珠族カーバンクル


 まずは遠距離から攻撃を仕掛けてきた鳥翼族ハルピュイアを何とかしたいところだけど、さすがに空中にいる相手には影を伝った不意打ちはできない。

 正攻法で挑むべきか。

 などと考えていると、アンティがすかさず左の手のひらを鹿鳥ペリュトンへと向けた。そのあまりにも無造作な動きの直後、視界を焼き尽くすほどの光があたりを覆った。


「ッ!?」


 アンティの放った閃光弾。

 それはわたしたちの視界を奪うという意味でも、鹿鳥ペリュトンの影渡りを一瞬封じるという意味でも、有効な一撃だった。

 集団戦において致命的な隙が生まれた。

 しかし。


「そんなんでアタシたちを止められるとでも?」


 アリーチェの頼もしい声が響く。

 わたしの視界が戻ってくると、そこには瞬く間に鎧蟲ミュルドンをのし、鳥翼族ハルピュイアの遠距離攻撃をいなし、右腕からブレードを生やしたアンティと刀を交えるアリーチェの姿があった。


「これくらいの修羅場、もう慣れてんのよ」


 『fra/sco』は選抜試験の合格チームだという。そんな上級探索者たちを相手にたった一人でもなんなく立ち回るアリーチェ。


「かかってきなさい」


 選抜試験の首席候補。その肩書きは伊達ではない。

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