第56話 製造プラント
アンティが向かおうとしている場所はどうやら廃墟群の地下のようだった。
ついここまでついてきてしまったけれど、さすがに出会ったばかりの相手に連れられて地下に行く気にはなれない。
今からでも引き返すべきじゃないか。
陽の光の届かない階段の先を見つめていると、なおのこと不安が膨らんでいく。
「エイシャちゃん、どうしたの?」
そんな不安とは無縁の明るい表情でヒナヤが急かす。
「あー、いや、さすがにね。このままついてくのはどうかなって」
『不気味の谷』周辺の廃墟群は、元々
階段を降りることを渋るわたしにアンティが口を開いた。
「危害を加えるつもりはない」
「……それはそうかもしれないけど」
残念ながら、口では何とでもいえるのだ。
「わかった! じゃあ、ヒナヤがいっしょに行ってくるから、エイシャちゃんはそこで待っててよ」
「え、いやちょ――」
これぞ妙案とばかりにヒナヤは得意げにしてみせるが、どう考えてもそういう問題ではない。もしそれでヒナヤが危険に陥った場合、わたしにどうしろというのだ。わたしには危険を察知する能力なんてなければ、強引に押し入って救出するような力もないのに。
しかし、わたしが止める間もなくスタスタと階段を降りていくヒナヤ。
「――あー、もう、しかたないか」
こうなったら別行動している方が危険だろう。
わたしは覚悟を決め、暗闇の中へと足を踏み出した。
暗闇を行く。そう感じたのはほんの一瞬だった。
というのも、階段の先にはすぐ扉があり、さらにその先の通路はとても明るかったからだ。
松明や燭台のようなむき出しの赤い光ではない。かといって、ヒカリゴケで描かれた魔法陣が放つような柔らかな光でもない。
電子機器に組みこまれた発光ダイオードが放つ、硬質で無機質な冷たい光だ。
「おおー! ヒナヤ、こういうところはじめて見たかも!」
「……なに、これ」
想像していたものとは全く違う光景に、思わず驚きが口からこぼれた。
とても廃墟とは思えない。少なくともこの通路はまだ生きている。
「ね、ねえ、ここは、いったい。廃墟なんじゃないの」
「着いてこれば分かる」
アンティはそれだけ告げると、再び歩き出した。金属光沢のある床に、カンカンと規則的な足音が響く。アンティが通路の最奥にたどり着くと、扉はひとりでに開いた。
そこには、地上の廃墟群からは想像もできない近未来的な空間が広がっていた。
備えつけられた電子機器からはホログラムのコンソールが浮かび上がり、部屋の奥に並ぶポッドは青緑の光を放っている。
「……え、うそ、ここには廃墟しかないんじゃ」
まだ生きている製造プラントが、無数の廃墟にまぎれて、世間から見つかることなく偶然残っていた。
そんなことがはたしてあり得るのか。
あり得たとして、なぜアンティはこの場所をわたしたちに教えたのか。
「あの、どうして、わたしたちをここに」
「その質問は理解不能。そもそも、製造プラントを見てみたいと発言したのはエイシャだ」
「それは、そうだけど……てっきり廃墟に案内されると思っていたから」
「現存する製造プラントには興味がないという主張だろうか?」
「いや、そういうことじゃなくて」
そりゃ、実際に見て回るとしたら、廃墟よりもこちらの方がいいに決まっている。
問題はそこじゃない。
「私は感情検知器は有しているが、人と呼称される精神構造体の心理パターンについては把握精度が低い。ゆえにエイシャ、あなたが警戒している理由を知りたい」
透き通った瞳が、
この
「……ねえ、アンティ、あなたに意志はあるの?」
「肯定する。私には私の自己目標が存在する」
「じゃあ、わたしが警戒している理由は簡単。あなたの目的……その自己目標とやらがわからないから。たしかにわたしは製造プラントを見たいと言ったけど、それだけでここに案内したとか言われても納得できない。教えてよ、アンティ。あなたはどんな目的があってわたしたちをここに連れてきたの」
「……理解した。話すと少し長くなるが、説明する」
そうして、アンティはゆっくりと語り始めた。
「そもそも、この製造プラントは他とは作られた時期が異なる。『不気味の谷』近辺が全て崩壊した後に建てられたと推測される」
「そっか! だからこんなに綺麗なんだね!」とヒナヤがうなずいた。
「そして、このプラントは
「『不気味の谷』に……それは、どうしてか聞いても?」
「その理由は、
アンティは一息でそう告げたが、それだけでは説明不足と判断したのか、解説を付け加えた。
「……私はこのプラントで製造された
「わたしたちをプラントに連れてきたのも、『不気味の谷』を踏破するためってこと?」
「部分的に肯定する。『不気味の谷』最深部にたどり着くためではない。正確には、その後のためだ」
アンティの解説はわかるようでわからない。
このプラントも、アンティ自身も『不気味の谷』を踏破するために存在しているらしいが、それがわたしたちとどう関わってくるのか。
「エイシャ、ヒナヤ。あなたたちには私が『不気味の谷』最深部にたどり着いた後、このプラントの維持を依頼したい」
「…………はい?」
「エイシャ、ヒナヤ。あなたたちには私が『不気味の谷』最深部にたどり着いた後、このプラントの維持を依頼したい」
「いや、聞こえなかったわけじゃなくて…………その、どうしてわたしたちに託す必要あるのかなって。実は『不気味の谷』は踏破したら死ぬってわかっていたりする?」
「前提が異なっている。目的は『不気味の谷』の踏破ではない。最深部への到達だ」
「う、うーん? え、エイシャちゃん、その二つって何が違うの」
困惑したヒナヤが首を傾げた。
「まさか、それって『不気味の谷』から帰ってくるつもりがないってこと!?」
「肯定する」
「そんな」
それでは、最初から死ぬ前提で生まれたようなものじゃないか。
命を投げ捨てているとしか思えないアンティの解答に、わたしもヒナヤも絶句した。
「だ、ダメだよ、そんなの!」
「依頼は受けられないか」
「そうじゃなくって、そもそも死ななきゃいけないのがおかしいよ!」
「理解不能。ルクナッツに代表されるように、死への忌避感は、万人に共通するものではない。また、『不気味の谷』への到達が死を意味するとも限らない」
「そ、それは、そうかもしれないけど」
一瞬でたじたじになるヒナヤ。助けを求める視線を向けてきたけど、今日出会ったばかりでまだ碌に話してもいない相手にそこまで干渉するのはためらわれた。
代わりに尋ねる。
「どうして、製造プラントの維持を頼む相手がわたしたちなの? 初対面なのに」
「あなたたちは製造プラントに興味があると言っていた」
「……まさか、それだけ?」
「肯定する。感情を観測した結果、あなたたちが製造プラントへの害意を所持している可能性は限りなく低いと判断した」
「……や、でも」
わたしから目を逸らすことなくアンティは淡々と述べる。
あまりにも迷いがない。
「以上が私の目的だ。返答を求める」
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