第55話 アンティ

 少女が振り向いた。

 フィギュアのような動かない髪に、塗装された肌。どこかカメラレンズを思わせるデフォルメされた大きな瞳は、瞬きひとつせずにこちらを見ている。

 人型ではある。しかし、無機質なその姿は、どう見ても有機的な生物のそれではなかった。


「……ロボットだ」


 ヒナヤがぼそりとつぶやいた。

 その囁きが聞こえたかはわからないが、少女は合掌していた手をゆっくり下ろすと、こちらへ歩いてきた。


「君たち、何者?」


 表情を変えることなく平坦な声が響く。声音に起伏がなく、感情が全く読み取れない。


「えっと、わたしたちは、ちょっとこの辺りを見て回ってて」

「この辺りは廃墟ばかり。何もない」

「その廃墟に興味があって。ほら、ここって昔は製造プラントだったんでしょ。どんな風なのか純粋に見てみたくって」

「…………」


 ――あー、マズったかな。


 口にしてから思った。

 どこからどう見ても機械生命体アンドロイドである彼女に、製造プラントというワードを出しても良かったのか。今さらになって後悔が湧いてくる。

 しかし、少女は「理解した」とだけ告げると、その場でくるりと旋回し、歩き出した。

 どこか突飛な行動の連続に理解が追いつかない。一つ一つの行動が飛び抜けておかしいというよりは、それぞれの行動の間にあるべき段階がすっ飛ばされているかのような、何とも言えないもどかしさがある。

 言うなれば、賢い人が自分の頭の中だけで結論を出して、説明もなく行動に移るのに似ているかもしれない。


「……えとえと、うん? ね、ねえ、エイシャちゃん、結局、何だったのかな」

「……さあ」


 少女の後ろ姿を見送りながら首をひねるヒナヤ。まったくもって同感だと、そう思っていると機械生命体アンドロイドは再び振り向いた。


「着いて来て。案内する」

「案内って、どこに」

「製造プラント」

「……え? いや、ちょっと」


 困惑するわたしたちには見向きもせずにまた歩き始める少女。


「エイシャちゃん、ど、どうしよう?」

「あー……とりあえず、ついてこうか。話してみないとよくわからないし」

「そ、そうだよね!」

「まぁ、どこまで会話が成り立つか、怪しいけど」


 どうせ、このまま保存状態の良さそうな廃墟を探すにしても、特に当てもないのだ。着いていくのも悪い選択肢じゃないだろう。


「どうした。来ないのか」


 わたしとヒナヤは顔を見合わせた。ヒナヤはすぐさま「今いくよー!」と大声を上げ、走り出した。わたしもその後をついていく。

 機械生命体アンドロイドの少女に追いつくなり、ヒナヤは「ねえねえ」と話しかけた。


「ねえ、名前はなんて言うの?」

「アンティ、と呼称されている」

「アンティちゃん! おお、カッコいい名前だ。あ、ヒナヤはみんなからヒナヤって呼ばれてるから、そう呼んでくれると嬉しいな。そして、こっちはエイシャちゃん」

「ヒナヤ。エイシャ。記憶した」


 相手が機械生命体アンドロイドであってま、まるで気後れしないヒナヤに会話を任せ、わたしは静かに後ろを歩く。


「そういえば、アンティちゃんはここで何してたの? もしかして、ヒナヤたちと同じで元製造プラントを見にきたとか!」

「否定する。目的がありここを訪れたのではない。今は目的を果たした帰りだ」

「……えーっと?」


 ヒナヤがゆっくりと振り返った。一目でわかる困り顔がすがるようにこちらを見つめている。

 まったく、仕方ない。

 わたしは口を開いた。


「……もしかして、迷宮探索の帰りに寄ったってこと?」

「肯定する」

「えぇー! アンティちゃんも探索者なの!? 実はね、ヒナヤたちもそうなんだ! 奇遇だね!」

「そうなのか。驚いた」


 後ろからではアンティの表情は見えない。

 しかし、正面に立っていたとしても、きっと表情は微動だにしていないに違いない。

 もしも、ここにシュテリアが居たのなら「たしかに驚いているようです」と太鼓判を押すだろうか。それとも「別に驚いてはいませんね」と否定するのだろうか。 

 そんなどうでもいいことが気になって仕方なかった。





 嘘をついているという感じはしない。しらを切っている様子もない。

 『セイレーネスの魔女』の面々の“表情”を見て、シュテリアはそう思った。


「さようでございますか。選抜試験の陰でそのようなことが……」


 『セイレーネスの魔女』のリーダーの尾鰭人マーフォークは物憂げな表情を浮かべた。しおらしく視線を下げてヒレのついた手で口元をおさえる。その姿はいかにもアリーチェに同情し、嘆いているように見える。

 しかし、あくまで見えるだけだ。そこに伴う感情が本物かどうかはわからない。

 というのも、感情が視認できないのだ。単眼族ゲイザーであれば見えるはずの感情の色が、何一つ見えてこない。


 それはリーダーの尾鰭人マーフォークだけではない。『セイレーネスの魔女』全員に言えた。


 理由はとても簡単で、彼女らが魔除けを身に着けているからだ。いくら単眼族ゲイザーの魔眼といえど、魔除けをすり抜けてまで感情を読み取ることはできない。


 ――これじゃあ、ボクはあまり役には立てそうにないですね。


 シュテリアは心の中で小さくため息をついた。

 そんなシュテリアを置き去りに、アリーチェと『セイレーネスの魔女』の会話は進む。


「選抜試験の時にあなた達も同じような妨害を受けていたりはしない? 今は少しでも情報が欲しいのよ。もし、犯人に心当たりがあるなら、何でもいいから教えて」

「わたくしは心当たりはありませんが……皆さんはどうでして?」


 『セイレーネスの魔女』のリーダー、尾鰭人マーフォークのテレースは優雅な所作でパーティメンバーに問いかけた。

 各々、首を横に振るメンバーたち。

 首にぶら下げたお揃いのアミュレットが胸元で揺れる。当然、感情はシャットアウトされ読み取れない。


 日常生活で魔除けを身に着ける人は、決して珍しいものではない。特に地上で活動する尾鰭人マーフォークは、小規模な幻想領域を纏うことで、地上でも水中のように自由に動くことを可能としており、その幻想領域が乱されるだけでも事故につながるため、魔除けを身に着けるのは一般的だ。

 『セイレーネスの魔女』は尾鰭人マーフォーク有翼人エスフォークの混成パーティなので、魔除けをつけていても違和感はない。身に着けている魔除けも全員お揃いなのでなおさらだ。


 ――もちろん、本心を隠すために魔除けを身に着けている可能性もありますけど。


「アリーチェさま、お力になれず申し訳ございません」

「ううん、いいわよ。……それとその『様』っていうのどうにかならない? なんていうか、その、くすぐったいんだけど」

「あら、失礼いたしました。しかし、幼い頃からの癖ですの。大目に見てくださると助かります」

「……うーん」

「それと、差し出がましいとは存じますが……アリーチェさまには、敬われるに足る理由があるのではなくて」

「理由?」

「一般試験の合格者でありながら、竜を討ち倒し、この短期間で上級探索者となり、なおかつ未踏圏に挑む者など、わたくし他には存じ上げませんもの。敬意を払って然るべきかと存じます」


 テレースの発言には一理ある。

 実際、『水菓子の花便りウォータークッキー』の今の注目度は凄まじい。


「……そうはいっても、偶然よ。竜と正面切って戦う機会自体そうそうあるもんじゃないわ」

「さようでしょうか。わたくしたちもあの場には居合わせましたが、アリーチェさま方のようにはとても。……戦うだけで精一杯でしたから」


 言葉の端々に滲む悔しさが、感情が見えずとも伝わってくる。

 アリーチェも感じ取ったのだろう。「……いや、そんな」と返答に詰まっているようだった。


 そんなわたしたちの様子を察してか、テレースは優しく微笑んだ。


「ふふ、申し訳ございません。ちょっぴり意地悪でしたね。では、ここはお詫びにわたくしの愚考をおひとつ」


 テレースはそう告げるとおもむろに首に下げていた魔除けを外した。


「アリーチェさま方を陥れた犯人を見つけたいのであれば、他を当たるとよろしいかと」


 そう告げるテレースの視線はアリーチェではなく、シュテリアへと向けられていた。


「アリーチェさまの腕前はわたくしも認めるところです。しかし、選抜試験の合格チームの席は三つ。仮にアリーチェさまが選抜試験に挑み、席を一つ埋めたとしても、わたくしたち『セイレーネスの魔女』はその隣に座っていたことでしょう」

「……」

「それにもかかわらず、アリーチェさま方を謀るなんて、とてもとても。わたくしたち、それほど世渡りには長けていませんの」


 アリーチェではなくシュテリアに。

 粘態スライムではなく単眼族ゲイザーに向けた言葉は、間違いなく潔白の主張であった。


「……心に留めておきます」


 どうやら、テレースは単眼族ゲイザーが感情を読み取れることを知っていたらしい。


「……疑うような真似をしてすみません」

「いえ、お気になさらずに。選抜試験が迫る裏で、はたして何が行われていたのか。わたくしも興味がありましたもの」


 嘘はない。

 テレースから感じるのは怒りではなく、好奇心だ。

 テレースの台詞を受けて『セイレーネスの魔女』のパーティメンバーの有翼人エスフォークが口を開いた。


「言いがかりみたいだから、さっきは言わなかったけど、やっぱり怪しいのは『fra/sco』だと思うな」


 『fra/sco』、その名前はたしか選抜試験の合格チームのひとつだ。


「あいつら、最下位の三位通過でしょ。それってさ、アリーチェさんがいなくなったおかげで合格したようなもんじゃん。ね、テレちん」

「……あまりはっきりと仰るのはどうかと」

「や、でも、事実そうじゃん。チームワークだけはやたら良かったけど。それでも、ウチらに並ぶのはキツいでしょ」


 あけすけと言いたい放題の有翼人エスフォークを前に、テレースは苦笑を浮かべたが、決して否定しようとはしない。


「ちなみにあいつら『不気味の谷』に挑んでるみたいだから。気にしとくといいよ」

「え、そうなの?」

「そうなんですか」


 『fra/sco』自分達と同じ未踏圏に挑んでいる。その情報はアリーチェもシュテリアも初耳だった。


「……『fra/sco』ってたしか、人間型機械生命体アンドロイドがリーダーよね。名前は、えーっと……なんだっけ」


 思い出せず匙を投げたアリーチェに、テレースが答えた。


「アンティ。彼女の名はアンティです。猫の国では『対抗』や『反抗』を意味するとのことですよ」

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