終章  夢幻

 今川館は再び平穏を取り戻した。

 館の新たな主となった義元よしもとは、寿桂尼じゅけいにの希望により、彼女と養子縁組をして嫡子の扱いを得た。


 良真ながさね越前守えちぜんのかみは花倉へ逃げ帰った。

 しかし、岡部親綱おかべちかつなの猛攻に耐えることができず、ついに花倉は陥落し、良真ながさね自刃する破目となった。


 今川家の家督を継いだ義元よしもとは、精力的に活動した。内政では分国法である今川仮名目録を改正し、外交においては、甲斐かいの武田家、相模さがみの北条家との甲相駿三国同盟を締結し、西へと戦力を集中するよう図った。



 そして時は経ち、永禄三年(一五六〇年)五月。

 海道一の弓取りとなった義元よしもとは、天下に号令するため、今川軍を率いて上洛することにした。

 駿河を発ち、遠江を通り、三河を制し、そして尾張に至った義元よしもとは、輿こしの上でついうとうととしてしまい、夢の中で、若き日の良真ながさねとの今川家の家督をめぐる戦いを思い出していた。


「だ、黙れえっ! お前だって死ぬのが怖かろう! ちがうか!」

「怖くはない。この義元よしもと、還俗したときより、この首討たれること、覚悟しておる」


 ――そのあたりで、義元よしもとは目が覚めた。

 そんなこともあったな、と輿こしの上で微笑した。

 そういえばあの時も、今と同じ五月であった。

 あの時から、自分の覚悟は変わらない。

 これからも。


 雨が降って来た。

 輿こしを止めた。

 近侍に、ここはどこか、と問うた。





「――桶狭間おけはざまにございます」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花倉の乱 ~今川義元はいかにして、四男であり、出家させられた身から、海道一の弓取りに至ったか~ 四谷軒 @gyro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ