エピローグ ハッピーエンドにはまだ早い
雲の上から陽光を浴びた時、ネフティスは嫌な気配に気が付いた。「幸福」でない者がいた。人間ひとりの残留思念くらい放っておいてもたいしたことはないが、気になるのでその気配の持ち主を探すことにした。相手は宮殿の広場の隅っこで石になっている少年だった。
少年の横に舞い降りる。貧相な顔の少年だった。ネフティスはしばしその顔を見ていたが、「幸福」ではない理由がわからず、術を解くと石化した人々の中に姿を隠した。
石化を解かれた少年はわけがわからない様子できょろきょろしていたが、周囲の人々が石になっているのを見て、最初は驚き、次に楽しそうに笑い出した。
「ざまあみろ」
これは天邪鬼というヤツだとネフティスは理解した。
「お前は世の中が憎いんだね。じゃあ、みんなが石化して満足だろう。幸福だな?」
少年の前に歩み出る。
「あ、あんたは至福冥還師のネフティス様。待って! 幸福だな、って。まさかオレを殺すのか?」
少年は驚きのあまり、地面に尻餅をついた。
「いいじゃないか。幸福なまま死ねるなんて最高のハッピーエンドだろ」
少年はあわてて土下座した。
「あんたは、こうやっていろんな国を消しているんだろう。オレも連れてってくれ」
「なにを言ってる?」
「なんでもするよ。だって、いろんな連中を幸福にしてから殺すんだろ。最高じゃん」
「それが楽しいのか?」
「オレは、幸福なんてわからないし、わかりたくもねえ。幸福なヤツが死ぬとうれしい」
「ふん。ちょっとおもしろそうだ。ついて来てもいいぞ」
「ありがとうございます! なんでもします!」
「とりあえず生きろ。お前はこれから他人の幸福を見て、絶望と羨望を感じるだろう。それでも死なせないよ。昏い憎しみがお前を強くして、あたしにふさわしい邪悪な武器になるんだ」
ネフティスはそう言うと、少年の顔を軽く撫でた。とたんに熱湯を浴びせられたように顔の皮膚が爛れ、少年は痛みに悶える。
「これでいい。その火傷は腐って膿をたらすようになる。醜さと痛みにさいなまれてお前は生きろ」
ネフティスは手鏡を少年に突き出し、化け物のようになった顔を確認させる。少年は言葉も出ない。両眼からぼろぼろと涙が流れ出す。
「行くぞ。ハッピーエンドはこれからだよ」
ネフティスがつぶやくとふたりの姿は消えていた。
至福冥還師 ハッピーエンドをあなたに 一田和樹 @K_Ichida
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