たんぽぽ娘
朔(ついたち)
第1話
懐かしい
駅からタクシーで一緒に来たマナカに尋ねる。
「誰かもう先に来てるのかな?」
「白木ンちじゃない?
「そっか」
しばらくして田中や鈴木や愛子やえみり……元担任の五十嵐先生も、懐かしい四年一組の仲間たちが続々と集まってきた。
「じゃあ行こうか。きっと待ちくたびれてるよ、
わたし達は今日、十年前に埋めたタイムカプセルを掘り返すために、今は既に廃校となった母校を訪れた。二分の一成人式で思い描いた子どもの頃の夢や憧れ、宝物――そして秘密を詰め込んだ、四角い銀色のアルミ缶。
「何を埋めたか覚えてる?」
「もう忘れちゃったよ」
「変なものが出てきたらやばいよね」
思い思いに口にしながら学校の裏山を登る。
思わず小さく手を振ると、シジュウカラがまるで再会を祝福してくれているかのようにさえずった。その鳴き声に、あの頃の想いが一気に蘇る。
◇
あたしの名前は
へんなの。ニックネームじゃなくて本名なのに。そう説明しても、蓮は頑固に「キミエちゃん」呼び。変に気を使われると余計に気になってくるじゃんか。
つまり何が言いたいかって言うと、なんというか蓮って、ちょっとこっちをもやっとさせるところのある子だってこと。
蓮のおうちはこの町一番のお金持ちだ。
このあたりの田んぼや畑は、ぜーんぶ蓮のおじいちゃんのだって聞いたことがある。あたしたちが通う
お金持ちってだけじゃなかった。
そんな
「
五十嵐先生が、申し訳なさそうに「お便り」と「宿題」のプリントをあたしに差し出した。
「またかぁ」
先生に見えないところで舌打ちをする。
あたしにだって、友達と遊んだり、月刊ASUKAの最新号を読んだり、アニメの再放送を観たりする都合があるのにさ。
でもそうは言えないので、あたしは今日もしぶしぶ蓮の家に行った。
インターフォンを鳴らすとお手伝いさんが現れて、いつものように小学生のあたしをわざわざお庭の見えるお座敷に通してくれる。
「いらっしゃい。いつもありがとう」
白いとろんとした生地のパジャマに水色のカーデガンを羽織った蓮は、相変わらず眠そうな目であたしを見る。
まぁまぁ元気そうじゃんね。
病人のわりにはほっぺが赤い。お手伝いさんが用意してくれた栗
「元気があるならずる休みしないで学校に来なよ」
あたしは唇を尖らせた。
蓮はあたしの抗議に目を細めて、仏様みたいにふふっと笑う。
これ。
こういうところが、もやっとする。
なんて言うんだろう? 一段高いところにいる感じ。変に落ち着き払っていて、何を言われても受け流して、
「そう言えばここに来る途中で愛子ちゃんに会ったよ」
あたしは話題を変えた。
愛子ちゃんはうちのクラスでは一番の美人さんだ。男子はみんな、あの子の名前を出すと身を乗り出す。だけど蓮は「へぇ、そうなんだ」と、特に興味を引かれた様子もなく栗
「気にならないの? 愛子ちゃんのこと」
「なんで?」
「愛子ちゃんちはここから遠いのに、なんでいたのかなぁ? とかさ」
「友達の家に遊びに来たんじゃない?」
「友達って誰よ。こっち方面、蓮とあたしんちしかないじゃん」
「そうだっけ?」
ふう。相変わらず会話が弾まないなぁ。
「愛子ちゃんて、美人さんだよね?」
蓮の長いまつ毛が
「まぁそうだね……、花に例えたら水仙って感じだけど」
水仙かぁ。やっぱり蓮にも愛子ちゃんは花のように見えるんだ。
「じゃあ、えみりは? 花に例えたら何?」
えみりも男子から人気がある。すらりとしてる愛子ちゃんと違って、ちっちゃくて、くりっとした目がリスみたい。あたしの質問に、蓮は
「前田さんはスズランかな?」
と、さらりと言った。
やっぱりこいつはあたしをもやっとさせる。
確かにえみりは可愛いけど……スズランだなんて持ち上げすぎもいいとこ。
そうこうするうちに帰る時間になり、役場の有線放送から「夕焼け小焼け」の曲が聴こえて来た。
玄関先まで見送ってくれた蓮に、あたしはついでのフリして訊いてみる。
「あたしは何かな?」
「ん?」
「お花に例えたら、さ」
恥ずかしいのを我慢して思い切って訊いたのに、蓮てばぽかんとしてあたしを見返した。そんなこと、考えてみたこともないという
「キミエちゃんはキミエちゃんだよ。何かに例える必要なんてない」
「ふうん」
あたしは「でしょうね」と付け足し、話を続けた。
「で、蓮は何? 名前の通りハスの花?」
わたしの話が聞こえているのかいないのか。蓮は、門扉の脇に生えていた庭木を眠そうな目で見上げている。
「まぁ、名前の通りでいいんじゃないかな?」
あたしは彼の視線の先を辿った。
まるで飛び立つ時の小鳩みたいな形の白い花が、枝いっぱいに咲きほころんでいる。
「飛べない鳥の羽ばたきみたいに見えるでしょう?」
蓮のこういう詩人なとこも、もやっとポイントなんだよな。
あたしは何も答えずに、くるりと蓮に背を向けるとスタスタと歩き出した。
夕暮れの帰り道。
道路の脇で、たんぽぽの花があたしみたいにしぼんでいる。
少しすると蓮の弾く『別れの曲』が、落ち込んでいるあたしを追いかけるみたいに遠く、細く、聞こえてきた。
それから何日かして五十嵐先生から、毎年十一月にやる「二分の一成人式」の日程が早まって、急遽五月にやることになったと発表があった。噂によると、老い先短い蓮のおじいちゃんのワガママらしい。
理由がどうあれ楽しいイベントは大歓迎だ。その日からあたし達は、合唱や合奏、劇や研究発表――などなど、式典の準備に大はりきり。教室に展示する「名前の由来」の作文や「十年後の自分」に宛てた手紙を書いたり、タイムカプセルに入れる宝物を選んだり……。
やることがたくさんあって、毎日はあっという間に過ぎていった。
◇
「あった! あったよー!」
五十嵐先生の持っていた正確な地図のお陰で、タイムカプセルを掘り起こすのにあまり時間は掛からなかった。
スコップ係の田中が、劣化してベタベタになったガムテープに手こずっている。悪戦苦闘してやっとの思いでせんべいの缶の蓋を外すと、箱の中にはぎっしりと、宝物という名のガラクタ達が入っていた。
最初に自分の宝物をみつけたのは田中だ。
「うおっ! 俺の人生唯一の百点!」
「良かったな、家に帰ってかーちゃんに見せてやれ」
「失くしたと思ってた髪留めこんなとこにあった!」
「ちょ、自分宛の手紙とかはずくない?」
「誰だよ、ほっぺちゃんのマスコット入れたの? 溶けてベタベタじゃん!」
「あれ? これはなんだろう?」
小さなステンレスの茶筒。
底を見ると、『僕の好きなもの、
わたしは、蓮を振り返った。
「
すぽん、と音がして蓋が開く。
覗き込むと筒の中には、
たんぽぽの綿毛――それが蓮の好きな物――。
一陣の風が吹き、綿毛たちが一斉に舞い上がった。
その光景に、亡き人の面影が立ち上がる。
彼が見ることのできなかった広い世界を目指して。
わたしはようやく、あの頃の気持ちの正体に――もどかしさの奥にあったものに――気づいたかもしれない。
「
五十嵐先生に促され、わたしは記念撮影の輪に加わった。
蓮を想うわたしの耳に、彼の奏でるショパンの音色が
甘く
優しく
鳴り響いた――。
〈了〉
たんぽぽ娘 朔(ついたち) @midnightdaisy1103
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
カクヨム甲子園体験記/朔(ついたち)
★78 エッセイ・ノンフィクション 連載中 83話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます