第5話 罠
12 深夜の攻防
「なにかがくる・・・空からおぞましいなにかが」
「綱手、どうしたのじゃ」
越中月影郡月影城の綱手は、深夜跳ね起きた。
綱手は、迫りくる異変をかんじとっていた。
綱手は警護のため特別に奥方の隣で寝ることを、城主月影深雪之助照道から許されていた。
「奥方様、お気を付けください。なにかが迫ってきます」
突如、天空から不気味な声が聞こえた。
「田毎姫~~今度こそお前を迎えにくるぞよ。待っておれ~~」
「あれはおろち丸の声!おろち丸がまたおそってくる!」
月影城に田毎姫の悲鳴がきこえた。
再びおろち丸が襲ってくる。田毎姫は美しい顔をゆがめて綱手にしがみついた。
月影城の兵士は一斉に外に飛び出した。
その夜は月もない闇夜だったが、天空から何か光るものがおりてくる。
暫くするとそれは、はっきりと姿を現した。
それは光る巨大な蛇!蛇が空にうかんでいるではないか。
「おおっ、あれは!」
兵士たちはすぐさま弓をはなった。矢は蛇をすり抜け闇に消えてゆく。
「わははは、無駄じゃ、無駄じゃ。矢の無駄じゃ」
天空におろち丸のあざ笑う声がきこえた。
「よいか、三日後の夜に田毎を迎えにくる。待っておれ」
「おのれ、おろち丸!」
綱手が術を発した。
「えい!」
綱手の気合が蛇に当たった。蛇は動きを止め、次第に姿をけしていった。
「おお蛇が消えた。綱手のおかげじゃ」
「奥方様、あれは幻術です。実態は別のところにあります。それを術で空に映しこんだのです。恐れることはありません」
「しかし、三日後におろち丸は来るといった。自来也はまだ帰ってこぬのか」
「自来也は鎌倉の足利様のところです。すぐ使いの者を差し向けます」
「わらわは恐ろしゅうて、恐ろしゅうて。自来也と二人でわらわを守ってたもれ」
「ははっ」
綱手は稽首したが、心では思っていた。
「鎌倉は遠い。自来也が到着するのはぎりぎりか・・・・」
そして、三日後の夜。月影城には厳重な警戒が敷かれた。
警戒には忠臣の高砂勇見之助や姫松須磨太郎をはじめとする強者がそろっていた。
当の田毎姫は、腰元の雪乃に震えながらしがみついていた。
「奥方様、わたしがついております。恐れなさるな」
雪乃は奥方を叱咤激励したが、奥方は震えるばかりであった。
深夜丑三つ時。
なかなか現れぬおろち丸に。、外の警備兵も綱手もしびれを切らしていた。
田毎は震えながら腰元の雪乃に言った。
「雪乃、わらわは喉がからからじゃ。水がほしい」
「水でございますか、ではわたしが口移しでのまして差し上げましょう」
「雪乃、何をいいだす」
「ふふふ田毎姫、おろち丸が惚れるだけあって美しいのう」
「生ぐさい匂い。お、おまえは雪乃ではない、おまえはだれじゃ」
「ふふふふ。わらわはもくず、おろち丸の母じゃ。さあ、お前をおろち丸の元へつれていってやろうぞ」
「だれか、だれかある!」
田毎姫が叫んだ。その瞬間、もくずは、金色の蛇にかわった。
「ひえ~~」
田毎姫は恐怖の悲鳴をあげた。
悲鳴をききつけた綱手と兵士が寝所に飛び込んできた。
そこには気を失った奥方を体に巻き付けた、巨大な金色の蛇がとぐろをまいていた。
「奥方様!」
高砂勇見之助が走りこんできた。
「おのれ、妖怪!」
勇見之助が切りかかった。その瞬間、蛇の口から黄色い液体を吐き出した。
「高砂殿、危ない!」
綱手は叫ぶと共に勇見之助をつきとばした。
液体は勇見之助のいた畳にかかると、ぶすぶすと焦げてとけた。
「あれは硫酸だ。かかると大やけどをするぞ」
「むむむ、恐ろしいやつめ」勇見之助はうなった。
綱手は印を結んだ。「えい!」
綱手の気合と共に巨大な蛞蝓があらわれた。
「こしゃくな小娘め、おまえか蛞蝓使いは」
「そうだ。奥方を放せ」
「だまれ、皆わらわの酸でやけてしまえ」
蛇は綱手たちに向かい、もう一度硫酸を放出した
瞬間、綱手の術が飛んだ。
「忍法、滝暖簾!」
蛞蝓が滝のような水を吹いた。水は綱手たちの前に滝の壁を作り、酸はそれにさえぎられて跳ね返った。
「むむ、おのれ」
蛇は鎌首をもちあげ、ゆらゆらゆれた。そして、田毎姫を放した。
「夜叉五郎、出でよ。田毎を運べ」
蛇の声とともに暗闇から全身黒装束の男が現れた。
顔には鬼夜叉の面をかぶっている。
男は田毎姫を担ぎ上げると、立ち去ろうとした。
「ふふふ、田毎姫は頂いていく。あばよ」
「貴様、何者!」
「俺はおろち丸様の手の者、夜叉五郎だ」
「おのれ、まだ仲間がいたのか」
「夜叉五郎、田毎をおろち丸のところへ早く運ぶのじゃ」
もくずが叫んだ。
綱手以下高砂勇見之助と兵士たちは身動きできない。
もくずに行く手を阻まれているからだ。
「ふふふ、綱手。これまでじゃな」
もくずが勝ち誇ったように言った。
「そうはさせん!」
暗闇から鋭く別の声がした!
瞬間、強い光が黒装束の男にあたった。
「うっ」
男は一瞬ひるんだように光に顔をそむけた。男の田毎姫を担ぐ手がゆるんだ。
鞭よう縄が田毎姫に飛んだ。縄は田毎の体に巻き付いて空中に飛んだ。
そして、田毎姫の体は、現れた別の男の手にしっかりと抱き止められた。
「むむっ、だれだ!新手の邪魔が入ったか」
夜叉五郎が叫んだ。
「我来るなり。自来也見参!」
暗闇から声がした。
「なに、自来也だと。奴は鎌倉にいるはずじゃ」
「ふふふ、大鷲にのれば思いの他早く着く。綱手の連絡をうけてすぐに出発したのだ」
「むむむ。おのれ自来也、死ね!」
夜叉五郎の剣が上段から自来也を襲った。
自来也はこれをかわしながら、横なぎの一閃をはなった。
「とう!」
勝負は一瞬できまった。夜叉五郎の腹から鮮血が噴出した。そして、ゆっくり沈むように倒れた。
「おのれ、自来也。またしても邪魔をしてくれたな」
金色の蛇が憎々しげにうなったが、徐々に姿をけしていった。
「さすが、自来也殿、お見事でござった」
勇見之助がかけよってきた。自来也は解せぬ顔で言った。
「勇見之助殿、何かがおかしい。ことが簡単に終わりすぎる。奥方をさらいにきたのがなぜもくずなのか。それも気になる」
「ぐふふふ、自来也、気が付いたか。いま貴様のいない鎌倉に大変なことがおきておるのだ」
苦しい息の下から、絞り出すような声。夜叉五郎だ。
「なんだと、それはどういうことだ」
「鎌倉はもうおわりよ。おろち丸様と犬懸禅秀様が持氏たちを襲っているころじゃ」
「なんだと!・・・・しまった、では奥方を狙ったのは罠か」
「そうよ、やっと気が付いたか、この虚けが。また、貴様らに邪魔をされるのは面倒だからな。むふふふ」
夜叉五郎は笑いながら息絶えた。
「綱手、わたしはすぐ鎌倉にひきかえす。公方様があぶない」
「では、わたしもご一緒に」
「そちは残れ。また奥方がねらわれるかもしれん。勇見之助殿、ここは綱手と二人で頼む」
「了解いたした。急ぎなされ」
同じころ鎌倉―――犬縣禅秀は足利滿隆の屋敷にいた。
足利滿隆は足利持氏の叔父にあたる。
「満隆殿、いよいよでござる」
「十月二日の夜でござるな」
「さよう、ぬかりなきよう」
「心得てござる。貴殿は持氏を、拙者は上杉を」
犬縣禅秀は杯を止めて、怒りに声を震わせて言った。
「冷や飯を食わされて一年あまり、長うござった。上杉憲定が予定より早く死んだので、持氏の鎌倉公方就任が早まった。わしはすぐに関東管領を解任されてしもうた。そこまでは我慢していたのだ」禅秀は唇をゆがめた。
「しかし、奴は関東管領を上杉憲基を任命しおった。これだけは我慢がならん」
足利満隆も呼応した
「いかにも。持氏のガキめがわしが面倒みてやったればこそ、公方になれたのじゃ。それを逆に疎んじ始めおって。恩を仇でかえすとはこのことじゃ」
二人はぐいと杯をあおった。
ふと足利満隆が思い出したように問うた。
「そうじゃ、あの妖術使いを使った策略はいかがいたした」
「途中まではうまくいっていたのだが、自来也とか申す邪魔ものがあらわれてな。失敗してしもうた」
「その妖術使いはいま何をしておるのじゃ」
「奴は甲斐にいる。浦富士のところじゃ。我らの計画を話にいっている」
「おお、甲斐も味方につけたか」
「当然じゃ。持氏に不満をもつものは大勢いる。奴は京都がいなければ何もできん。
まずは、鎌倉の足利持氏邸を襲撃する。拙者は今病気で寝込んでいるという嘘を流しておる。武将たちもその日は少ない。襲撃はこの日をおいてない」
蝋燭の薄明かりがゆれた。二人の後ろでいきなり声がした。
「禅秀、甲斐はうまくいったぞ」
「お、おろち丸、いつの間に」
禅秀がぎょっとしてふりむいた。
「忍者が気配をさとられるようでは終わりよ。それより鎌倉転覆の前祝いといこう」
「あいかわらず、きみの悪い奴じゃ。おろち丸、自来也は何とした」
「ぬかりはないわ。あちらは母にたのんである。俺の策略で自来也と綱手は足止めにしたわ。また邪魔されると面倒だからな。鎌倉が終わったらゆっくり料理してくれる。それより俺にも酒をよこせ」
三人は再び杯をかわしはじめた。
超説 自来也伝 秋田 朗 @akitarow
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