第4話 蠢く陰謀

10 もくず


 二匹の怪獣の声が夜の闇に響いた。

「やはりおまえか、おろち丸」

「自来也、よくもまた邪魔をしてくれたな」

二匹の怪獣の声が夜の闇に響いた。

巨大な蛇と蝦蟇が深夜の武家屋敷の屋根の上でにらみあっている。

なんと異様な光景であろうか。しかも二匹は言葉を発しているのである。

さきに仕掛けたのはおろち丸であった。

蛇の鎌首がぐっと持ち上がったかと思うと、大口が蝦蟇に襲い掛かった。

蝦蟇はその瞬間、隣の屋根に飛び移った。

そして、口から黒い水を放射した。

「ぐおっ なんだ、これは」

蛇がどなった。

「それは油だ」

蝦蟇が呼応した。そして、口から火炎を放射した。

蛇の頭はあっという間に炎に包まれた。

「ぐわわ~」

苦し気な蛇の咆哮が轟渡った。

「おろち丸、こんどは油だ。雨でも容易に火は消えぬぞ」

「おのれ、自来也~」

さすがの大蛇も鎌首をふりまわして苦しがった。

そのとき―――天から白い液体がおろち丸に降り注いだ。炎はみるみる消えていった。

「おろち丸、未熟ぞ」

突如、天から別の声がした。

「おおっ 母上か」

おろち丸の傍らにもう一匹、金色の巨大な蛇現れた。

蛇は蝦蟇に向かい、黄色い液を放射した。

「むむっ 熱い! 鉄より硬い蝦蟇の体が溶ける。これは硫酸!」

蝦蟇はあわてて飛びのいた。

「自来也とやら、また会うぞ」

金色の蛇はもう一匹を抱えるように絡み合うと、闇にきえていった。

庭には上杉家の家臣たちが集まってきた。

皆、この世のものとは思えない怪物に度肝をぬかれ、放心状態となっていた。

自来也は金色の大蛇にやられた手をおさえた。そこには爛れた火傷のあとがあった。

「あの金色の蛇はおろち丸の母、もくずか・・・・恐ろしい敵がまたふえた」


自来也は、深夜、上杉邸の小広間に憲定をはじめ上級家臣を集めた。

幼い幸王丸も勇気をふりしぼって参加していた。

「拙者の名は自来也。上杉憲定様の依頼によ幸王丸の寝所を見張っておりました。

皆様方、よくお聞きくだされ。幸王丸様は毎夜蛇の夢をみていたのではございません。あれは、全ておろち丸という妖術使いの忍者の仕業です。奴はかつて足利殿に滅ぼされた者たちの亡霊を蛇にみたて、幸王丸に恐怖を植え付け、鎌倉公方をあきらめさせるように仕組んだのです」

憲定はうなった。

「それでは、おろち丸が公方の座をねらっておるのか」

「いいえ、奴は権力とか政には全く興味を示しません。あるのは金と女。大蛇を操り、様々な陰謀に加担する奸賊であります」

「それではいったいなんのためにこんなことを」

「奴の裏には強大な敵がいるように思います」

「そ、それはいったいだれじゃ」

「それはまだわかりません。が、幸王丸様が公方になってほしくない方かと」

「なんと、それでは謀反ではないか」

場がどよめいた。

「おそれながら申し上げます。奴がここにからんできたとすると、何か陰謀の匂いがいたします。皆さまもあの巨大な蛇をご覧になったでござろう。奴はあのような怪物を操る難敵。しかも今回はもう一匹現れております。あれこそ、おろち丸の母、

もくず。越後の国青柳の池に住む大蛇の精。人ではござらん」

「じ、自来也殿、どうすればよかろう」

「謀反人は目星がついてござる。しかし、証拠がござらん。しばし様子を見るしかないでしょう。また、わたくしの蝦蟇の妖術が奴らにどこまで通用するか」

自来也は目をつむった。


11 浦富士兄弟


 ここは甲斐の国山梨郡の浦富士家の屋敷である。二人の男が酒を飲みながら話している。甲斐の領主で、一人は浦富士輝景、もう一人は弟の獄五郎であった。

「ええい、くそ。また京都が守護出銭を出せといってきたぞ。これでは年貢を召し上げられている百姓とおなじだ」浦富士輝景がぼやいた。


ここで少し当時の税金のこと説明する。このころの幕府の武士に対する徴収は、御料所と呼ばれる直轄地からの収入に加え、守護出銭とよばれる特別税があった。守護出銭の基準に明確なものはなく、在京する有力大名が勝手にきめていて、将軍はこれにみて見ぬふりであった。これらは、将軍や有力大名たちの遊興費にも充てられていたのである。


獄五郎が憮然として言った。

「まことにまことに。われらは尊氏様のころからの名門の守護ではないか。見下すにもほどがあるわ」

獄五郎は続けた。

「それに今度の鎌倉公方は幸王丸じゃ。あんな十二歳のガキになにができるというのか。兄者は執権犬縣禅秀殿の舅ではないか、なんとかならんのか」

「そうはいってものう。ええい、腹が立つ。甲斐は関東と京都の中間にある重要な要ぞ。われらの働きをなくして京都の安寧はありえぬのだ」

二人はぶつぶつ言いながら酒をあおった。

「そうだ、おれもそう思うぞ」

突然、庭から声がした。いつからか庭には見知らぬ男がたっていた。

二人は驚いて振り向いた。

「貴様は何者だ!どうやってここへ入った」

「ふふふ、わしに入れぬところはないわ」

「おのれ、くせ者!成敗してくれる!」

血の気が多い獄五郎は刀を抜くと、男に切りかかった。

「むん!」

男の気合が飛んだ。

「うわわ、なんだ、これは」

なんと、獄五郎の刀には、どこから現れたのか蛇が巻き付いていた。

さらに反対の腕にも、蛇がまきついていた。

その鎌首はいまにも噛みつきそうに大口をあけて、獄五郎の顔にせまってきた。

「ふふふ、どうした。動いたらその毒蛇に噛まれるぞ」

「うぬぬ、貴様、妖術使いか!なんの目的でこんなことをする」

「まあ。おちつけ。おれは話をしに来ただけだ。正面から来ても、追い返されるのがおちたからな」

「貴様、名をなのれ」

「おれか、おれの名はおろち丸」

「なにっ おろち丸だと」

おろち丸が手を振ると、蛇はするするとどこかへ消えた。

「お前たちが文句を言っている、京都と鎌倉に関しての面白い話をもってきてやったのだ」

「面白い話だと、戯言をいうな」

「おれは犬縣禅秀の使いだ。これでも聞かぬか」

「なにっ貴様、禅秀殿を知っているのか」

「そうでなくば、こんなむさ苦しい男どもの屋敷になぞ来るか、上がるぞ」

おろち丸は、吐き捨てるように言うと、ずかずかと座敷に上がっていった。

おろち丸は、座敷にどかっと座ると二人を見据えていった。

「近いうちに鎌倉に大変なことがおこる。お前らはそれに協力するのだ」

「なんだと!なにがおこるというのだ」

「ふふふ、それはな・・・・」

おろち丸が不気味な笑いを浮かべると、声をひそめて話だした。



























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