第3話 揺れる鎌倉

7 熊手屋欲四郎の暗躍


 ここは鎌倉管領の執権犬縣禅秀の屋敷。禅秀は不機嫌な様子で扇子をパタパタやりながら、豪商熊手屋欲四郎と面談していた。

 室町時代は、将軍は京都にいたため、関東の要である鎌倉に将軍の代理として鎌倉府を置いたのである。鎌倉府はその時代は鎌倉管領とよばれ、鎌倉府は関東10ヵ国を管轄したとされている。現在の関東地方に相当する坂東八カ国である常陸・上野・下野・上総・下総・武蔵・相模・安房、および、甲斐・伊豆である。その長官を公方と呼んだ。また鎌倉府を補佐するために関東管領もおかれていた。公方はほとんど世襲制であり、幼かった場合、執権が政治の実務を行うことが通例であった。

「犬縣様、本日はご機嫌がななめでございますな」

「ふん、商人は気楽でよいわ」

「ななめの原因は幸王丸様の件で」

「おうよ、あのガキがもうじき公方じゃ。わしはずっとこき使われる使用人じゃ」

「しかし、権力はお持ちではございませぬか」

「権力か、そんなものわしにはあってないようなものじゃ。よいか、貴様のところから茶碗ひとつ買うのも鎌倉に伺いをたてなければならん。そのくせ面倒なことは全部こっち任せじゃ。やってられんわ」

「では、今後どうするおつもりで」

「どうしたらいいか分からんから、こうしてイライラしておるのじゃ」

「足利滿隆様と組まれては」

「おお、滿隆殿とは非常にウマがあうわ。しかし、組めとはどういう意味じゃ」

「ここからは、わたくしの独り言でございます。お聞き流しを」

熊手屋は、ひと呼吸おいて言った。

「お二人で公方様の地位を頂くので」

犬縣禅秀は、もっていた扇子を落としそうになった。

「熊手屋、なにをいう。謀反をおこせというのか」

「とんでのない。ただのしがない商人の独り言ともう上げましたでしょう」

熊手屋は探るように禅秀を見上げた。

「わたくしの調べによれば滿隆様も同じようにイライラされております。滿隆様は幸王丸様の叔父にあたりますが、末席には変わりありません」

「しかしな熊手屋。幸王丸には関東管領の上杉憲定がついておる。しかも幸王丸も憲定を慕っておる。ことをおこせば、憲定がだまっておるまい」

「では、自分からやめたいと言わせればよろしいかと」

「ぶははは」禅秀はふきだした。

「幼い幸王丸でも、公方の地位がいかに大きなものか分からぬはずがあるまい。

戯言はやめい」

「いえ、戯言ではございませんぞ。わたくしに考えがございまして」

「なんじゃ。もうしてみい。もう戯言ならきかんぞ」

「では、失礼して」

熊手屋欲四郎は犬縣禅秀の耳元に顔を近づけた。暫く何かをひそひそ話していたが、

禅秀が大きくうなずいてニタリと笑った。

「なるほど。それならうまくいくかもしれん」

「禅秀様は、滿隆様に至急お会いになりますよう」

「あいわかった。熊手屋、お主は恐ろしいことを考える男よのう」

「何をおっしゃいます。これも禅秀様のためにと」

二人は顔をみあわせてまた、ニタリとわらった。


8 幸王丸


「もういやじゃ、もういやじゃ。公方になんぞなりたくない」

「若君、なぜそのような我儘を申されます。早く大きくなって、立派な鎌倉公方様になられませ」

家臣がいくらなだめても、幸王丸はきかなかった。

「じいは知らんのじゃ。我の寝所に毎夜蛇の妖怪が出るのじゃぞ。蛇は毎日少しずつ大きくなっていく。そして、最後は我を食おうというのじゃ」

「若君。夢でも見たのでござろう。蛇の妖怪などと」

「夢ではないわ。毎夜同じ夢をみるか。蛇は足利に滅ぼされた者たちの亡霊じゃと申しておる。公方をあきらめ、仏門にはいり、我らを供養せよと毎夜せまるのじゃ。その姿は次第に大きくなって・・・・ああ恐ろしい」

幸王丸は震えながら言った。

「幸王丸様、どうなされた」

そこに上杉憲定が通りかかった。幸王丸は憲定にしがみついた。

「おお、憲定。我は今日からお前の屋敷にいくぞ。こんなところで寝られるか」

幸王丸は憲定から離れなかった。


 後の足利持氏こと、幸王丸は十二歳になったばかりであった。いずれは鎌倉公方の地位が約束されていたが、今は若年のため元服を待つ身であった。

現在の鎌倉公方は、父の滿兼であったが、精神を病んでいたため、執権犬縣禅秀が政を取り仕切ることが多かった。幸王丸は口うるさい犬縣禅秀がきらいで、面倒見がいい上杉憲定になついていた。

 

 ことの起こりは数日前から幸王丸が寝所に妖怪が出るといいだしたことに始まった。家臣の者は子供の我儘と取り合わなかった。とくに犬縣禅秀は冷淡であった。

「まま、よいではないか。若君も憲定殿になついていることだし、少しの間なら憲定殿の屋敷で甘えさせてやればよい」

犬縣禅秀はなぜか、薄笑いをうかべながら言った。


 さて、こちらは月影城。おろち丸の事件の後、暫く何事もなくすぎた。自来也は客人として逗留していたが、ある日、月影照道から一人の人物を紹介された。

名は持丸富貴右衛門といい、手広く商売をやっている豪商であった。

「自来也殿、お初にお目にかかります。持丸富貴右衛門でございます」

照道が静かに言った。

「自来也、富貴右衛門は元武士じゃ。尾形家のな」

「・・・・・っ」

自来也は言葉が出なかった。富貴右衛門は父の元家臣であったのだ。

「若君、尾形周馬弘明様。お懐かしゅうございます。ご立派になられまして・・・・」

富貴右衛門はこらえきれず涙をこぼした。

「貴殿は父に使えておったのか」

「はい、下級武士ではございましたが、殿様にはよくしていただきました」

富貴右衛門は涙を拭きながら続けた。

「殿は謀反により無念の最後をとげられました。謀反人、鏑木入道は悪政を敷き、民は疲弊をしております。一刻も早くお家を再興なされませ。それには軍資金もいりましょう。わたしがお役だていたします」

「かたじけない、お家再興こそ我の悲願。富貴右衛門殿よろしくお頼みもうす」

自来也は富貴右衛門の手をにぎった。

「照道様、ずいぶん世話になり申した。そろそろ暇(いとま)の時かと考えておりました」

「こちらこそ世話になった。一日も早く本懐をとげられよ」

照道はねぎらった。富貴右衛門が続けた。

「しかし、城を落とすには軍勢が入ります。そのためには足利殿に恩をうり、兵隊を借りるのが良策かと思います」

「足利に恩を売るとはどういうことだ」

「私に聞こえし情報によれば、鎌倉管領に不穏な動きがあります。また、それにはおろち丸がからんでいるのでは、と思われるふしがあります」

「なんだと、あのおろち丸がか」

「はい、鎌倉管領はいずれ足利持氏様が就かれます。しかし、持氏様は元服前の若年であり、執権の犬縣禅秀様が補佐しております。そこにこの前、事件がおきました。持氏様が関東管領上杉憲定様の屋敷に逃げこんだとのこと。

その理由が奇々怪々。毎夜、蛇の妖怪が持氏様を襲いにくると恐れ慄いておられるのでございます。そして、もう公方になりたくないと申している始末。

家臣の間では、このような臆病者に公方がつとまるものかという声も聴かれます。

噂の出どこは、わが商売仇熊手屋欲四郎、鎌倉府に出入りして大もうけをしている豪商です」

「ううむ、蛇の妖怪・・・・おろち丸の仕業か。そして、鎌倉転覆を狙う、奸賊たちの謀反の動きも・・・・」

「さすが周馬様、鋭いご賢察。すぐ、鎌倉に向かい足利様をお救いなされませ。わたしがつなぎをとります」


9 妖怪

 

 ここは上杉憲定の屋敷、幸王丸の寝所である。幸王丸は上杉の屋敷ということもあってか、安心してぐっすり寝込んでいた。

時は丑三、部屋の隅の暗闇になにか動く気配あり。細長いものが現れた。

それは幸王丸の布団の方に、にょろにょろと動き出したではないか。

これは蛇だ!

蛇は幸王丸の顔にちかづくと、長い舌で幸王丸の顔をなめだした。

幸王丸は顔になにやら不快なものを感じ、目をさました。

布団の傍らに蛇!幸王丸は目をむいて飛び起きた。

「ひえ~~~」

「おきろ~~われは護良親王の亡霊なるぞ~われは貴様ら足利にころされた~

この恨み、はらさでおくべきか~~」

蛇がしゃべった。不気味な地獄から湧き出るような声であった。

「うわ~ 助けてくれ~ 誰か、だれかある!」

「幸王丸よ~~鎌倉公方などあきらめい~~われを供養せよ~~」

「わかった、公方になどならん、ゆるしてくれ――」

幸王丸は震えながら布団からあとずさりした。

その時――シュッと空気を切り裂く音、手裏剣が飛んだ。

「若君!恐れることはない。それは幻術じゃ、本物の蛇ではない」

天井から声がした。

手裏剣は見事に蛇の首を射抜いていた。

蛇は最初もがいていたが、みるみるうちに一本の紐にかわっていった。

「若君、大事ございませぬか」

音もせず天井から人が飛び降りてきた。

「そ、そなたは何者じゃ」

「我来るなり、自来也と申す」

「自来也?」

「さよう、上杉憲定様のたのみで、若君の寝所を天井からみはっておったのじゃ」

「自来也、誰が何のために我にこのようなことをしたのじゃ」

「それはこれから分かり申す。ごめん!」

いうが早いか自来也は表に飛び出した。

騒ぎをききつけて、上杉憲定以下家臣たちが寝所に駆けこんできた。

「若君、どうなされた。大事ないか」

「憲定、自来也と申す者が現れて蛇を退治して・・・・ああっあれを見ろ!」

幸王丸が表の屋根を指差した。皆は一斉に指差すほうをみた。

そこには月明かりに照らされた、巨大な蛇と蝦蟇がにらみ合っていた。



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