二人の船乗りの話

ねこK・T

二人の船乗りの話

 港の船着場に、老いた船乗りと、若き船乗りとが居りました。老いた船乗りは、さっきまで自身が乗っていた船を見ると、右手で示します。そして言いました。さあ、あの船に今度はお前が乗る番だ。そして、行くべき場所は自分で見つけるのだよ、と。

 若き船乗りは頷き、船を見つめました。そして、足取りも軽く乗り込むと、老いた船乗りの方を振り向きます。その顔には、希望に満ち溢れた笑みが浮かんでいました。これから出会うであろう人々や物事、広がる海や空の青さ――それらが楽しみで仕方ない。明確な言葉にはしなくとも、まるでそう語っているかのように。

 若き船乗りのその笑顔にまた、老いた船乗りは嬉しそうに笑みを返します。そして、行っておいでと手を振りました。


 白くまばゆい太陽が、強く熱く真っ直ぐに降り注ぎ、海を焦がしています。その広い海にぽつんと、船が浮かんで居りました。帆をたたんだまま、進みもせず、戻りもせず、ただ波に揺られているだけです。それは、先日港を出た若き船乗りのものに間違いありませんでした。

 甲板には、若き船乗りがぐったりと倒れています。降る太陽が彼の身体を白く照らし、刺し貫いては体力を奪っていきます。少しずつ、少しずつ。

 彼は乾いた唇を開き、震える右手を持ち上げて、老いた船乗りのことを呼びました。間を置きながら、何度も、何度も。しかし、それに答えてくれる声はありません。震える彼の手を取ってくれる手もまた、ありません。返ってくるのは、たぷんたぷんと船に打ち当たる波の音と、無言で降ってくる白い光だけです。

 何度言葉を繰り返した後だったでしょうか。若き船乗りは右手を甲板へと落としました。彼の唇は微かに開いたまま、動きを止めました。

 とうさん。

 かえりたいよ。

 彼が最期に落としたのはそんな言葉でした。


 しかし、老いた船乗りはそんな彼のことを知るすべもありません。港のすぐ傍の家、暖炉の前でゆったりと座りながら、若き船乗りのことを思い出すだけです。

 疲れたら帰っておいで。私は待っているからね。いくら胸の内でそう願っても、若き船乗りである息子へその言葉が届くことはありませんでした。


 若き船乗りは知らなかったのです。

 灯台のことを、北極星のことを。目指す場所に行くために、どういうものを頼りにすれば良いのかということを。そうした手がかりについて、老いた船乗りから尋ねておくことそれ自体を。

 そして、老いた船乗りもまた知らなかったのです。

 若き船乗りが、灯台や北極星を知らないということを。無知な彼が浮かべていたのは、希望だけではなかったことを。ただ闇雲に外へ出ようとする愚かさもまた、その笑顔には含まれていたことを。


 行っておいで。

 行くべき場所は自分で見つけるのだよ。


 中身の無い形だけのその言葉が、笑いながら風と共に吹き過ぎてゆきます。彼らの思いはただすれ違うだけで、再び合間見えることはありませんでした。

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