お気楽ごくらく~海の怪談~

如月しのぶ

お気軽ごくらく~海の怪談~

 海辺の温泉街。と言っても、源泉から湧き出す湯量が多くないために、宿の数は少ない。そのおかげで団体客を目当にした、観光業者頼りの経営になることはなく、祖父母の家に帰ってきたような心地良さがある、漁村と言った田舎町だ。

 夏には海水浴が出来る砂浜もあるが、小さい子供のいる家族連れや、地元の子供たちの遊び場といった感じで、のんびり遊ぶにはちょうどいい。

 と言っても決して狭くはない、広い砂浜へと下りる入り口には係員がいて、出入りの人数をチェックしている。地元の雇用もかねた、入場者が少ないからこそ出来るセキュリティーだ。

 バイクショップが主催したツーリングなので、参加するメンバーの好みをよく理解した、好い選択だった。一名を除いては…。



「なに、ちさとちゃん。その、『市民プールに遊びに行くって言ったら、お父さんに着せられました』みたいな水着は。せっかく海に来たのにっ! それでもJKか」

「これはスイムウェアーですって。さやかさんが張り切りすぎなんですよ。そんな一昔前の、リオのカーニバルみたいなビキニ」

「夏の海はオトナの女を猛獣に変えるのよ」

「狩人追い越して、ケダモノですか…」

「ケダモノ言うな! 女豹と言いなさい。女豹と」

「もう、ちょびっとだけ隠すんやったら、ぱぁっと男らしく全部脱いだらええのに」

「素っ裸でこんなトコうろうろしてたら捕まるわっ。って、何で男らしくやねん!」

「もう今でも十分捕まりそうやのに…」

「捕まりそうなんと、捕まるのとでは、別世界じゃ! それに女は全部見せてるより、隠してるトコロがある方が獰猛なのよ」

「やっぱりケダモノなんや。それにしてもここは、須磨やないんやから、そんな格好で砂浜で寝そべってても、なんもないですよ。泳いだり遊んだりでけへんカッコの方が、場違いやん」

「遊ぶって、誰と遊ぶの。今日のメンバーの中で男連れちゃう女、あたしらだけやで。ふらふら寄っていったら、空気読めへん邪魔モンや、他の男連中は誘って勘違いされたらいややしっ!」

「だからってあたしにくっつかんといてください。ってか、自意識過剰やっちゅーねん」

「なんか言うたか」

「いや…。あっそーかっ。狩人やったら漁師とぴったりやん! 狩ったり釣られたり…」

「アバターと生身ほど、住む世界が違うわっ!」

「とりあえず私は、この海最速を目指して泳ぐので、漁師の兄ちゃんにナンパされるのを、砂浜でお待ちください」




「ふっふーん、ここまで来ればあんな水着じゃ付いて来れへんやろ…、って付いてきてるやん~。 もうブイの所まで来てるのに…、裸同然やから逆に泳ぎやすいんか?」

「待ちなさぁーいっ。…。まぁ~てぇ~。…。」

「うわっ! こわっ! はいはい。これ以上邪険にしたらいじめてるみたいなんで、観念します」

「はぁ。はぁ。あんたはぁ、ちょっとはぁ、競泳用みたいはぁ、水着だかはぁ、ってはぁ。はぁ」

「おばさんは、体力ないなぁー」

「誰がおばさんやねん! まだ二十台前半やっ!! 女子高生やからって調子にのんなよ! だいたいお前は乳に抵抗がないから早いんじゃ!」

「脂身の浮き二つ付けててもお疲れみたいなんで、まぁ、ブイにでもつかまって、休んでください。さやかさんのビキニ、キラキラ光ってきれいですよ」

「なんや急に。さっきと態度が違うじゃない」

「いるのは子供とその親ばっかりやし、さすがにここまで来る人もおらんやろ。なにより肩から下は水に隠れて見えへんし」

「はあ?」

「いえ、いつもどうりですやん」

「まぁええわ。あぁ、そうそう、結局きのうのはなんやったん? みずほちゃんからの電話やったんやろ」

「刑事ごっこに探偵役で付き合わされただけでした」

「何でそんなこと」

「おやつにチョコ食べてて、鼻血出した子が居て、その子、かほりちゃんって言うねんけど、かほりちゃんが犯人兼死体役で遊んでたみたいですよ」

「たすけてって、鼻血やったんや。昔は、男の子は鼻血出すもんやけど、女の子が鼻血出したらあかんって言うたらしいからな、あわてたんちゃうの」

「いつもどうり、のびのび遊んでましたよ」

「ちなみに、チョコレート食べ過ぎたら鼻血が出るって言うのは、医学的にはウソらしいで」

「あたし鼻血出したことありますよ」

「そーやねん。カカオは媚薬やっていわれてたりしたやん、それで鼻血と連想すんねんけどな、チョコ食べて鼻血出したときの要因は、実は糖分やねんて」

「じゃあ、あんこ食べても鼻血でるんや」

「まぁ、そー言うコトらしいで」

「それにしても、糖分とったわりには、でたらめな密室トリックやったけど…。おかげで染み抜きさせられるわ、そうじさせられるわ、あげくのはてに、猫のテーマパーク行きそびれるわ、踏んだりけったりでした。ツーリング出発間際に呼び出すなっちゅーんですよ」

「あははっ。ええやん、そのかわり、かわいい子猫ちゃん三匹と戯れたんやから」

「ええ事ないです。そこまで塾のバイトのはんちゅうちゃう、ちゅーねん。バイト先生に遊び相手のアフターサービスは付いてません」

「ちさとちゃんは、ホンマよう子供にもてるなぁ。特に小学生の女の子に」

「さやかさんも魚にモテモテやないですか。いっぱい魚、寄ってきてるし」

「きっとこの魚はみんな雄やわ。あたしの魅力は種別をこえるのよ?」

「ははは、やっぱり漁師と相性ええんちゃいます。『何ぼ雄でも、魚にモテたってしゃあないっちゅーねん。おとなしさやかって、名前どうり物静かやったら、ってかしゃべらへんかったら、結構美人やからモテたやろうに…。何でこの人はこう、張り切りすぎるんだか…』」

「だぁーかぁーらぁー、ひゃっ!」

「どうしたん?」

「パンツ持ってかれた…」

「ヒモの先の金具とか、水着のキラキラ餌やと思われてたんや。そんな疑似餌だらけの水着で、海に浸かってるから…」

「笑ってないで、なんとかしなさい」

「いや、笑ってないです。あっ、私、水着の上に穿く用にショートパンツ、砂浜に持ってきてるんで、とりあえずそれ穿きます?」

「それ知ってるけど、あれは水に濡れたらめっちゃ透けるやろ。そんなんで宿まで歩いたら、あたし頭のおかしい女やわ」

「えー、さっきまでのビキニとたいして変わらへんのにぃー」

「セクシー美女と頭のおかしい女のどこが同じやねん! きのうはさんざん、ちさとちゃんのために連絡係したったやろ! こんどはちさとちゃんがあたしの役に立つ番ちゃうのん!」

「これもみずほのせいや」

「はっ」

「ううん、行ってくれば良いんでしょ」

「なるべく同じ様なの買って来て頂戴」

「じゃあ、アベノのモールまで行ってくるんで、帰ってくるのは明日になります。こんなとこに、そんな水着売ってるわけないやん」

「でも、下だけ買って来んといてよ」

「その方が安上がりやん。水着に限らんでもええから、種類もありそうやし」

「このビキニで下だけ変わって上がったら、海の中で丸出しになってたのばればれでしょうがっ」

「そんなトコは、気ぃまわるんや」

「それから、ついでとか云うてお土産の買いモンなんかしてたら、承知しないから」

「えーっ、ついでやのに」

「えーじゃないっ! これは乙女の危機なのよ!」

「乙女なんや…。あんなビキニ着る乙女なんかおらんちゅーねん。そのせいで今、こんなことになってるんやん」

「見つからへんうちに、さっさと行ってすぐ帰ってきて! 女の人ならかばってくれるかもしれへんけど、子供にでも見つかったら、散々おもちゃにされた挙句、言いふらされてさらしモンにされるっちゅうねん!! ちさとが帰ってくるまでに、もし誰かに見つかったら、あたしはあんたのこと、泣きながら怒るからね。そんで濡れ衣でぐるぐ巻きにして、あたしの立場まで引きずりこんでやるぅ~」

「うわっ、それはめっちゃ嫌かも」

「だったらさっさと行って来て!」




「さやかさん、顔真っ赤やったな。それにしても、人のこと貧乳、貧乳って、いっそブラも引っ剥がして、逃げたったらよかった」

「お譲ちゃん! 試食食べてって!」

「おっ! このイカおいしい!」

「イカの一夜干し。酒の肴にぴったり。お父さんに買っていったら大喜びでおこずかい倍増やっ! ほら、これも食べてみぃ。それも食べてみぃ!」

「うわっ、これもおいしい。これもっ。そしたらこの、海の幸セットってなに?」

「イカの一夜干しに、干物とかと、朝、漁港で上がった魚のええトコを、使いやすいようにさばいたセット。クール便で指定日のおとどけやっ。三千円、五千円、八千円。どれにする。あわびやサザエも付け足せるでっ」

「なんぼ、みずほのせいやって言うても、お母さんにはタダでお説教してもらうわけにもいかへんしな。おっちゃーん、お礼状とかいっしょに送ってくれるぅ?」

「宛名書きといっしょに置いといてくれたら、入れとくで」

「ほな、三千円のやつひとつ。昨日のうちに旅館のパソコンコーナーで調査報告書とか作っといて、正解やったな」

「明日の朝の発送でええかい」

「それで」

「お譲ちゃん、ありがとう。よっしゃ! お譲ちゃんが店先で『おいしい、おいしい』言うてくれたおかげで、お客さん、ようさん入ってくれたから、もうお譲ちゃんには、特別におまけして、これも、これも、それも、余分に詰め合わせとくわ」

「おっちゃん、ありがとう。送りモンやから助かるわ。あとなぁ、この辺で水着売ってるお店ある? 出来れば品揃えがいいほうがええんやけど」

「ほななぁ、その先右に曲がって駅の方行ってみ。神戸ちゅう店がこの辺では、一番なはずや。もうすぐそこやから」

「おっちゃんありがとう」

「おう!」




「結局お土産の買いモンもしてしもた。さやかさんから見えてるトコだけでも、急いでるふりせな。きょうは、あたしがこの海最速やっ」

「あのお姉ちゃん、泳ぐのはやぁーい」

「おそぉーい!! いったいなにしてたん。とりあえず、誰にも見つかってへんから許すけど」

「さやかさん、気ぃはやっ! 素っ裸やん。何でもう全部脱いでるのん。ここはヌーディストビーチちゃいますよ。平和な漁村の砂浜ですって。ブラくらい付けたままでもええやないですか」

「あたしをどんな女やと」

「あっそーかっ! さすがさやかさん、見つかった時のために中途半端はすてたんや。こそこそするより思い切りが豪快やわ。さすが獰猛なケダモノ!」

「いったいあたしはなにモンやねん」

「猛獣? いや、珍獣ムダハッスル」

「訳わからんわっ! ってか、ムダって言うなっ! それにあたしが好きで脱いだんちゃうっ! 結局上も魚に取られたのっ」

「手で押さえといたらええのに」

「あたしはシンクロの選手ちゃうねん。いつまでも足だけで立ち泳ぎなんかでけへんわっ。手でかいたり、ブイに?まったりしてる間にもってかれたのっ!」

「ハイこれ水着。はよ着てください」

「なにこれ、なんでこんなおばちゃんみたいなワンピやの」

「だから、アベノのモールやないんやから、さやかさんの体に合うのは、こんなんしかなかったもん。そん中でも一番マシやったのに。もうっ! 出っ張ったり、くびれたり、しすぎやねん」

「ごめん、ごめん。水着のまま買いモン行かして、文句言うたらあかんわな。ありがとう」

「ううん。もう岸に戻りましょ。で、これからどうします?」

「素っ裸が、いつ見つかるかとハラハラしながら居ったから、もうくたくたやわ。それにここは足元の水が冷たいから体も冷えたし」

「体冷えたって、まさかここでオシッコ漏らしてないですよね」

「素っ裸で岸には行かれへんからなぁ。しゃあないやん」

「ええっ!!」

「うそや、にげるな、信じるなっ! そこまでプライドすててへんわっ!!」

「なんや良かった。一瞬あたしまで汚されたかと思たわ」

「言いたい放題かっ!」

「お使いの、代償です。で、もうすぐ岸ですけど、ホンマにどうします」

「もう宿に帰って温泉に浸かって体温めるわ」

「けっきょくまたすぐ脱ぐんや。さやかさん裸になるの好きなんちゃうの」

「なんでやねん~」

「うわ、もうツッコミにも力ない。なんなら宿まで送りましょうか」

「お姉ちゃん、私達に早く泳ぐ方法教えてください。競泳大会で男の子に勝ちたいんです!」

「ちさとちゃんは、ほんま女子小学生にモテるなぁ。えぇよ、教えたり。あたしは宿に帰るわ」

「さやかさん、いっぺに十歳は老けたな…。よっしゃ。じゃあみんないっぺん泳いでみようか」




「さやかさん、ご飯行きますよ。何見てるんですか」

「なんか海水浴場に、パトカーとか来てるから、事件でもあったんかなって」

「ほんまや。城崎さん、なんか知ってる?」

「あぁ、なんか、女の人が海から上がって来ないらしいで」

「えっ、誰か溺れたん。海はホンマ怖いなぁ、なぁちさとちゃん」

「いや、たしかに、露出の激しい、えぐいビキニを着た女が、海に入っていく所を見たという人は、何人も居るらしいねんけどな。上がってきた所を見た人が一人も居らんねんて。でも、ここって出入りの人数、確認してるやろ。人数は合ってるらしいわ。念のため、警察とか消防団とか来てるけど、幽霊ちゃうかって噂も、ちらほら出てるで」

「さやかさん、それって…」

「ちさとちゃん、きっとその娘はマーメードで、海に帰って行ったんやわ…」

「さやかさぁ~ん…」



 後日その海水浴場は、『白昼堂々とエロい幽霊が出る海水浴場』としてマスコミをにぎわせ、『裸同然のビキニを着てまで、ナンパ待ちをしたのに、誰からも声をかけられずに、それを苦に自殺した女の幽霊』とか『裸同然のビキニを着てまで、ナンパ待ちをしていたのに、誰からも声をかけられずに待ちきれず、アメリカでは日本女性がモテるという噂を信じて、泳いでいこうとして、あっという間に溺れて死んだ女の幽霊』とか、『裸同然のビキニを着てまで、ナンパ待ちをしていたのに、誰からも声をかけられず、とうとう人間の男はあきらめて、魚の恋人になろうとして、海で溺れて死んだ女の幽霊』とか、散々な憶測を立てられたあげく、あっという間に他の話題に取って代わられ、夏の終わりよりも早く、人々の記憶からも消え去ったのでした。

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