永遠の旅路
その最奥にある泉からは聖水が湧き、泉から発する川の水を飲むと呪いから身を守れると評判らしい。
もっとも、森の奥に進むとどうしても道に迷ってしまい、泉そのものには誰も辿り着けないという話だった。
まだ薄暗い夜明け前、宿屋の離れに戻った
手と顔を洗い、首に掛けた月水晶を触りながら暖炉を見ていると、寝台から静かに起き上がる人影がある。
「お帰りなさい」
少し
身体中の咬み痕はまだ消えないが、
寝台に腰掛けると、音もなく身を寄せてくる。細い身体を抱いて背中を流れる銀の髪をすくうと、今もまだあの森の匂いがした。
実体でも、エリューカからはまるで血の匂いがしない。
先代の王に殺されてすぐ玉座につけられ、そのまま一人の人間も襲うことなく、誰の血も飲まずにいたためだ。
だから、と男は、あの泉で言った。
――お前は
詭弁です、とエリューカは力なく抗議したが、呪いの鎖たる銀の髪をことごとく切り離されて全身が自由になり、男に担がれて泉の中から
星が見える、と。
この数百年、泉の水面に映る光でしか見られなかった星が。
泣いているエリューカに男は言った。
――おれなら、たいがいの
――この泉と森の代わりにお前を守ってやることができる。
――だから、エリューカ。世界を終わらせるのはまたにして、おれとこの森を出よう。
そうして、共に旅をしている。
寿命の差から言えば、男はエリューカを置いて死ぬだろう。だからいつか一度だけ、と男は乞うた。
おれの力が衰えないうちに一度だけ血を吸って、お前の
エリューカは男のものになり、男はエリューカのものになった。
この世界の中でお互いだけが、お互いの保護者となる。
薄暗がりの中、男の身体を受け入れたエリューカが、熱を帯びた吐息を漏らしている。その唇を奪い、肌を
この世からお互い以外の吸血鬼がいなくなる日まで、そうして二人、逃げおおせよう。
秘密の約束を預け合って、
〈了〉
死月王の泉 鍋島小骨 @alphecca_
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