[the other side] 干渉、波紋、そして凪
※エピローグ前、拓海視点のお話です。
雨で湿気を含んだ空気が、雲間の太陽に照らされてじわりとまとわりつく。時々目に入る美月さんの頷きが、僕の言葉を引き出した。
生まれたときから片耳が軽度の難聴だったこと。
事故の障害で、両耳に補聴器をつけていること。
音が歪んで聞こえづらいこと。
周りのみんなが理解して助けてくれること。
でもそれに卑屈な気持ちを抱いてしまうこと。
「僕は、自分だけが辛いと思って、いつも周りに支えられているのにそれが見えなくなって、勝手に自滅してるんだよな。」
自分で自分を大切にできなくて、自嘲する。美月さんが不意に目の前に立ち、僕は彼女を下から見上げる。
「拓海くんがみんなと関わりたいって思っているから、周りのみんなも助けたくなるんだと思う。」
難聴であることは、僕の世界を健聴者とは異なる平面上に置いたのかもしれないけど、それでも周りに助けられ、相手の言葉に救われて、だから、今まで腐らずにいられた。もし僕が健聴者でも、みんなはみんなで、僕は僕だ。違う平面に手を伸ばせば、誰かもその手を掴んでくれた。みんな周りの世界に干渉して生きていく。
「そうかもしれないね、ちょっと気持ちが軽くなったよ。」
「うん、良かった。……」
会話が途切れて静けさが落ちた。僕は、彼女の世界へ手を伸ばす。
「美月さんは?どうして一人になりたかったの?」
彼女は不安そうに揺れる瞳を伏せ、再び隣に腰掛けて、こちらを向く。
「えっとね、わたしね、賑やかな場所が苦手だって言ったけど、それは聴覚過敏から来てるんだ。いろんな音が、一緒に頭の中に入ってくるの。」
聴覚過敏、という言葉は知っていたけれど、当事者からの話は、よりその辛さが伝わる。
不安や緊張が高まると、周りの音を全て聞き取ってしまうこと。
無理解からくる言葉に傷ついたこと。
誰にも分かってもらえないと悩んだこと。
今でも悩みを心の裡に押し込めてしまうこと。
普段の生活での不自由に孤独を感じること。
外から見ても分からない、感覚のズレから生じる辛さに、どこか他人事とは思えなかった。
「わたし、誰かに聞いてほしかったんだと思う。一人で抱え込んで、孤独だと思い込んで、当たり前だよね、みんなはそんなふうに聞こえないから。言わないとわからないものだよね。聴くことは世界を認識する方法の一つだけど、それがみんなと違うだけで、どうしてか差ができちゃうっていうのが分かって、悲しかったんだ。」
僕は美月さんと視線を合わせて、想いを吐露する。彼女はずっとこちらを向いて話してくれていた。
「うん、聴覚の世界がみんなとは違うって意識したときの怖さとか、寂しさって、なんか分かるかも。聴覚過敏と難聴なんて真逆だと思ったけど、そうでもないのかなって。……会ったばかりでおこがましいけど、理解できる気がする。」
グッと涙を堪えている様子の彼女に、僕は気づいて無いふりをして、前を見ながら続ける。
「僕もさ、聞こえづらいんです、ゆっくり話してくれますか?って言わなきゃいけないとか、補聴器をイヤフォンだと勘違いされて注意されるとか、社会で理解されてないんだって思う瞬間が、これまでいっぱいあった。でも、逆に自分がそうでなければきっと知らなかっただろうな、って思うし、なってみなきゃ分からないことが多いってのも理解できる。それって、美月さんも似たようなことを経験してて、僕は聴こえが敏感な世界は分からないけど、そういう人たちが理解されなくて苦しむ気持ちは、分かるよ。」
隣の気配を窺うと、彼女はその明るい煌めきに涙を溜めて、僕の方を見た。ありがとう、と聞こえた気がして、微笑む。
「世界が、重なったね。ほんの少しかもだけど、聴覚過敏と難聴の世界が、別々じゃないって思えたっていうか。」
重なった部分を、広げていけるだろうか?二人が聞く世界が違っても、同じものを見てみたい。
美月さんが不敵な笑みで、こう言った。
「また、暴露会するのもいいかもね。」
「ははっ、暴露会、やって良かった!」
雲の隙間から差す柔らかな光が、辺りを満たして、わたしたちは笑い合った。
君の声を聴かせて 椀戸 カヤ @kaya_A3_want
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