第4話
「やれやれ。天下無双というからどんな奴かと思えば――とんだ寂しがりやだったな」
断左衛門は、彼と交わした会話を思いだしていた。
檜扇忠臣という人間は、人と対話することを怠った。人と向き合うことを怠った。そして理不尽が生んだ怒りの矛先を、信仰というあらぬ方向へ向けてしまった。
「寂しいやつだったよ――俺みたいな嘘つきの言葉を信用するなんて」
そう、彼は――邪断左衛門は、嘘つきだった。
誤謬嵐という能力が使えるということも、この神社の僧兵長という肩書も、何もかもが嘘だった。
ただ、その場に居合わせただけの山伏であり。
たまたま、殺戮の場面に出くわしただけの――ただの、山伏。
「……それだけ、誰かに話を聞いてもらいたかったんだろうなぁ」
赦しがたい理不尽を前にして、神仏への信仰を問いただしたくなったのだろう。
あの局面において忠臣の身体が動かなかったのは、決して神通力の類でも、ましてや誤謬嵐という眉唾物の力が働いたためではない。
もっと、自分の話を聞いてほしかったから。
彼は――断左衛門を斬ることができなかったのだ。
そして断左衛門の言葉に呑まれたからこそ――
「――信じる者は巣食われるとは、全くよく言ったものだよ」
忠臣は己を絶対的に信仰していたからこそ、己自信に巣食われてしまったのかもしれない。
山伏は、そう思った。
そして、こういう心象こそを語り継いでいかねばならぬのだろう、とも。
邪断左衛門――否、ただの山伏は、宇佐神宮を後にした。
「弱きもの、信じるものに巣食われず――救われるべき己を見据えよ」
そんな呟きを残して、どことも知れぬ山中に身を眩ませた。
――それは戦乱の世。
あらゆる神仏へ反旗を翻し、
そして誰からも求められることなく信仰を殺し、
最期には己を殺した、
とある男の物語。
檜扇忠臣の八百万屠殺記 神崎 ひなた @kannzakihinata
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