第3話 「自由」
「だから、これがこうなるわけ。分かった?」
神崎さんと再会した日から週が明け、月曜日。体育後の授業ということもあり、ほとんどの生徒が寝ている。
そんな静かな教室に主任の斎藤先生が入ってくる。
「橘先生、少しよろしいですか?」
生徒のほとんどが寝ている授業を主任に見られるとは思っていなかったため、焦りを感じる。
「す、すみません……今すぐみんな起こしますから……」
私の言葉を無視したのか、気づかなかったのか、私にはなにも言わずに生徒の方を向く。
「すみません、皆さんは少しだけ自習をしておいてください。望月さん、少し来てください」
珍しく起きていた萌は気怠そうに従う。私達が教室から出ると同時に教室内は一気に騒がしくなるが、生徒に厳しい斎藤先生すらもそれを黙認し、生徒指導室に向かった。
「……なに? 別に私なんも悪いことしてないけど?」
彼女はいつも通りの疲れたような口調で言い放つ。
「いえ、そういうことで呼んだわけではありません」
「……じゃあなに?」
「身長は約165cm、都内のクラブに勤務している。本名は望月美月。この方が貴女のお母様で間違いないですね?」
「はぁ……そうですけど?」
萌がぶっきらぼうに答えると、数秒おいて主任が口を開く。
「……望月さん、貴女のお母様が亡くなったそうです」
その言葉に萌の顔が瞬く間に青ざめていく。
「嘘……。あの人が……あの人が死ぬわけないでしょ……?」
萌が動揺するのも無理はない。かく言う私も動揺を隠すことができず、声が出ない。
「……死因は? 別に病気でもなかったはずよね……?」
「死因は刺殺による急性失血死、死亡推定時刻は深夜4時とのことです」
予想外の死因に私は呆気に取られるが、先ほどとは逆に萌は冷静だった。
「…………なるほどね。良いんじゃない? あの人らしい……最期で」
泣くでもなく、悼むでもなく、その言葉はどこか母親への恨みのように感じた。
「先生……私帰ります。少し、整理したいので」
「……今回は仕方ないでしょう。すみません、橘先生。私は授業があるので、望月さんを送ってもらっても良いですか?」
先程の授業で今日の私の授業は終わりだったので私は素直に了承した。
私達はお互いの荷物を取りに行った後、駐車場で落ち合い、お互い無言で車に乗る。どちらから話しかけることもない。ただただ車のエンジンの音だけが聞こえた。
萌を家で降ろすと、彼女は軽くだが、頭を下げる。彼女にしては珍しい行動を不穏に感じたが、私にはどうしようもない気がした。
私は大人しく家に戻る。昼ご飯を軽くした覚えはないが、私はお腹が空いているらしく、お腹が鳴る。私はとりあえずお湯を沸かし、カップラーメンを作る。いつも通りの美味しさだが、食べ終わった瞬間、視界がぐらっと歪み、私は寝室のベッドに倒れ込む。
目が覚めると、かなり長い間寝ていたようで窓の外は暗くなっていた。部屋を出ると、綾人がご飯を作り終えたところだった。
「おかえり、帰ってたんだ」
「うん、今日は他の先生からも早く帰ってやれって言われてさ」
余計なお世話だと言おうとしたが、単純に考えれば至極真っ当だと思い、口をつぐむ。
「……聞いた? 望月さんのお母さんのこと」
あまり触れたくはなかったが、彼女の担任としてはこの話題を話さない方が不自然だろう。
「……聞いた。亡くなったんだってな」
その声に暗さはないものの、無理矢理明るくしていることはすぐに分かる。
「私、詳しいこと聞かないまま望月さんを送ったから、あんまり知らないんだけど、犯人は分かったの?」
「……犯人は望月の母親が働いてるキャバクラの常連の一人で、もう捕まったらしい」
「……そっか、怖いね」
この話をこれ以上広げると、聞いてはいけないことまで聞いてしまいそうな気がしたので、終わらせた。
「……どうしたの、望月さん」
二週間ほど休み、復帰した萌の姿に私は驚きを隠せなかった。
「ずっと先生達も染めろって言ってたでしょ」
何度言っても染め直さなかった茶髪が真っ黒になり、化粧やピアスどころかスカートすら折っていない。驚くなと言う方が酷だ。さすがにクラスの生徒もこの変わりようには驚きを隠しきれないようだった。
それから一週間ほど萌を観察し続けていたが、やはり彼女は変わった。誰も寄せ付けない孤高の虎のような威圧感が消え、ありえないほど親切に人に接するようになった。その姿はまるで昔の神崎さんのようだった。しかし、その光景を私は良いとは思えなかった。
「私今日はこのまま遊ぶ予定なんだけど、大した用事じゃないなら帰ってもいい?」
案の定、生徒指導室に呼び出した萌は不機嫌そうにしていた。
「ねぇ、望月さん。大丈夫?」
「大丈夫に決まってるでしょ。髪の染め直したし、勉強も頑張ってる。友達も沢山できた。パパ活も辞めたし、もう立派な優等生」
確かにその通りだ。目の前の彼女は理想の生徒。だが、それは本当の望月萌なのだろうか。
「心配しないで良いよ、先生」
私がなにも言えないことを悟ったらしく、彼女は荷物を持って部屋を後にしようとする。
「……逆に先生に聞いていい?」
扉から出る直前、彼女から予想外の質問が来る。少々戸惑ったものの、平静を保って頷く。
「どうやったら、虚しくない人生になると思う?」
「虚しくない……人生?」
「……やっぱ先生に分かるはずもないか」
溜息をついて、今度こそ彼女は部屋を後にした。その問いが妙に心に引っかかった。
「ねぇ、綾人」
「どうした?」
その日の夜、ご飯を食べ終え、お互い携帯を見ている中、私は急に切り出す。
「虚しくない人生ってなんだと思う?」
「急にどうしたの、そんなこと」
彼は携帯から顔を上げることなく、半笑いで返す。
「今日、望月さんに聞かれてさ。私答えられなかったの」
「望月の言うことなんかいちいち真に受ける方が馬鹿らしいよ」
「なんで……そんなこと言うの?」
「あれは問題児だよ? 自分の母親が死んだことすら知らなかったようなやつだ。ただでさえもあいつに時間取られてるのに、あいつの言動でさらに時間を取る筋合いはないだろ?」
私の中のなにかが切れた。初めて彼に怒りの感情が込み上げる。
「萌がお母さんの死を知らなかったのは、普段から相当接点が少なかったからに決まってるでしょ……? 何も知らない癖に……勝手にあの子を判断しないでよ!」
「千慧……?」
彼も困惑していたが、自分が彼に怒っているという事実に自分が一番困惑していた。
私もこれ以上なにか言えば保てている理性も切れてしまうと思い、逃げるように寝室に駆け込む。
私の違和感が確信に変わった。今なら、『なにか』の正体が分かる気がする。私は倒れるように夢の世界に向かった。
三度目となる赤い彼岸花の花畑だが、様相が明らかに変わっている。あれほど立ち込めていた霧がなくなったのだ。
しかし、『なにか』は影のような姿をしており、相変わらず正体は分からない。
「ふふっ、良かったね。神崎が死んで」
『なにか』にとって空気を読むという考えなどないらしい。
「二度も憧れを失った京綾人。今の彼に付け込めば、今度こそ彼は貴女の物になる」
彼に恋してから長い間待ち望んだ状況。私は代わりではなく、本物になれる。しかし、そんなことはもう、どうでも良かった。
「私は綾人から離れる」
「どういう意味……?」
『なにか』に明らかな動揺が走る。
「そのままの意味よ。私は京綾人と別れて、自分の人生を歩む」
「意味が分からない……意味がわからない! 京綾人は貴女が自分の不貞に気付いていないと思ってる。今なら、まだやり直せる。もう神崎はいないの!」
「私は本当になにもできなかった。彼に気に入られるためだけに生きて、同じ感覚を共有するために教師になった。私は……彼に依存しすぎたんだよ」
「今更……今更切り捨てられると? 十五年よ? 貴女はもう三十になる。このまま、彼と結婚すれば、全てが丸く収まる。どう考えても今の貴女は正気じゃない!」
いつも高圧的に私を支配するような行動をしていた者とは思えないほどヒステリックに叫ぶ。
「私が切り捨てるのは……綾人だけじゃない」
「なんですって……?」
「本当に切り捨てるべきは古い私。つまり、貴女」
「……気づいたの?」
「貴女の正体は、私の十五年間そのもの。綾人への恋心そのもの」
そう言うと、『なにか』から靄が消え、影から人が現れる。あどけない顔をしたかつての『私』。その身は白いドレスに包まれているが、派手ではない。
「貴女は『私』を否定するの?」
十五年間私だった者は寂しそうに呟く。
「そうだよ、『私』は間違ってた。ずっと彼のために尽くしてきたつもり。でも、それは彼への愛情なんかじゃなかった」
「だったら、なんだっていうの?」
「『私』は彼を利用して、自分の人生を輝かせるための材料に使ってきただけ。……神崎さんと変わらない」
「………」
『私』にも心当たりがあったのか、観念したように黙り込む。
「これから……『私』がいなくなったら、どうするの?」
彼女から敵意がなくなったようで、柔らかい声色になる。
「地道に探すよ。虚しくない人生を」
「どこにもないかもしれないよ? そんな人生」
「そうかもしれない。そんなの夢物語かもしれない。それでも、私は信じて探す」
「……そっか」
いつにもない柔らかい呟きとともに彼女の身体は光の粒子となって空に消え始める。それを追うように赤い彼岸花も消えていく。
「今までありがとう、『私』」
私の声に答えるように、『私』は一際大きな光を放ち、私はたまらず目を瞑る。
数秒してから、目を開けると、辺り一面に綺麗な
京綾人と別れた。最後まで彼は困惑していたが、受け止められないのも、仕方ないだろう。
五年近く同棲していたアパートの解約、新居探し、親への報告など、やる事はたくさんあるが、仕事は休むことなく押し寄せてくる。
その日の授業が終わり、自分の教室に戻ると、妙にざわざわしている。考えてみれば、今日は授業がなかったので、自分の生徒達に会うのは初めてだが、その間になにかあったのだろうか。誰もがこそこそ話している中、萌だけが私のところにやってくる。
「先生、別れたって本当?」
噂というものは恐ろしい。クラス中が返答を心待ちにしているように静まる。
「いやいや、私、彼氏いないから。もう……どっからそんな情報持ってきたの?」
私は笑って、明るく否定する。生徒達からは残念がる声が上がるが、目の前の彼女だけは神妙な顔をしている。
「ほら、望月さんも席に戻って、終礼するよ」
彼女は大人しく席に戻り、終礼は止まることなく終わる。流れるように生徒が出て行く中、彼女だけは私のところに来た。
「先生、後で来て」
どこに?と聞く間もなく、彼女は教室を出ていってしまう。
生徒が掃除を終えるのを見届けた後、荷物を職員室に置き、私は彼女の元に向かう。
場所を言わなかったということはいつもの場所だろうと思い、生徒指導室に向かう。だが、そこに彼女の姿はなかった。まだ来ていないだけ、というのも考えづらい。その瞬間、私の頭の中に嫌な予感がよぎる。
急がなければと思い、スーツを着ていることなどお構いなしに廊下を思い切り駆け抜ける。
「千慧!」
後ろから綾人の呼び止める声が聞こえる。さすがの私も足を止め、振り返る。
「俺の……なにが嫌になったのか……ちゃんと教えてくれ!」
喚き散らかす彼の姿を見て、みっともないと思うようになったのは私が変わった証拠なのだろう。
オブラートに包んで答えれば、関係性はまだ保てるのかもしれない。だが、それは彼のためにはならない。
「格下だと思う人を見下すとこ、浮気してるのがバレてないって思ってるとこ、相手の都合なんか考えないで自分の話をしたがるとこ!」
私が包み隠さずに伝えると、彼の顔は青ざめていき、なにも言い返さなかった。
「でも、別に私は綾人を嫌いになったわけじゃない。これはけじめだよ、私の」
私はそう言って、綾人の元から離れて行く。彼は分かるのだろうか、縛られた大人には分からなくなったであろう、私の心が。
階段を駆け上がり、立ち入り禁止の扉をくぐりぬける。
「はぁ……はぁ……」
悪い予感ほど、良く当たる。私が屋上に辿り着くと、そこに萌が立っていた。
「案外早かったね、先生」
「途中で邪魔が入らなければ、もっと早かったんだけどね」
「邪魔……か。本当に京先生と別れたの?」
「……別れたよ」
私が言わなくても、彼女はもう気付いている。私は言われるがままに素直に答える。
「なんでここなの?」
「この屋上には誰も来ないけど、ここから降りたら、みんな見てくれるでしょ?」
ここ最近の彼女は変わった。人との関わりを持ち、友達に囲まれ、普通の女子中学生と変わらない生活をしている。普通の人ならここで自殺など考えない。以前の私なら、どうして? と尋ねるが、今の私は良くわかる。
「虚しいの……?」
彼女はなにも答えず、口を開く。
「……お母さんが死んだって言われた時、別に悲しくなかった。むしろ、嬉しかったぐらい」
綺麗な髪が風で大きく揺れているにも関わらず、彼女の声は良く通る。
「何日かして、色んな手続きが終わって、私はいつも通りの日常に戻った。昼から夕方までパパ活やって、貰ったお金で美味しい物を食べて、楽しかった。でも、なにかが足りない気がした」
彼女は私に背を向け、運動場で部活に励んでいる生徒達や友達同士で集まって帰路に着く生徒達の方に右手を伸ばす。
「私にはぽっかり空いた穴の正体が分からなかった。人が恋しくなったのかと思って、とりあえず友達を作ることにしたの」
「それで髪も染め直したの?」
「そう。パパ活で使う笑顔と話術があるから、友達は簡単にできた。友達と遊びに行って、帰ってからも電話して、充実してた。楽しかった。でも、それだけだった」
伸ばした右手を握りしめ、忌々しそうな表情で振り返る。
「確かに楽しいけど、終わった時に感じる喪失感の方が大きかった。なによりも私を理解してくれないことが……辛かった」
人がいるからこそ、より一層孤独感を感じさせてしまったのだろう。
「そしたらね、いたんだよ。一人だけ、誰にも分からないって思ってた、私の心を理解してくれた人が」
彼女は足下に置いてある鞄から何冊かのノートを出し、私に投げる。
「神崎さんの……日記?」
綺麗な字で書かれたその日記は相当古く、日時は十数年前を指していた。
「遺品を整理してたら、出てきたの、二十年分」
二十年前からとなれば、私と知り合う前。マメな人だとは思っていたが、ここまでだとは思ってなかった。
「色々書いてあった。あの人の人生がそのまま書いてあった。なんで、あんな人になっちゃったのかも、今なら良く分かる」
数週間前の彼女からは考えられない神崎さんへの共感。彼女の中にも相当の心境の変化があったのだろう。
「神崎美月という人間はずっと、母親を恨んでた。私と同じように。でも、母親はあの人が中学に入った時に病気で死んだ。それ以降、あの人はおかしくなった。心の隙間を埋めるために容赦なく人を使って、陥れて生きるようになった。でも、埋められる物は見つからなかった。私を産んでも、幸福感を感じるどころか、重度のストレスで壊れそうになってた。笑えるでしょ……? あんなに人を利用してた人が、ずっと苦しんでたなんて……私となにも変わらない……!」
ようやく、彼女の言葉に感情が入り始め、握り締めた拳も微か震えている。
「その姿を見て、私分かったの。私はずっと……あの人が生き甲斐にしてたんだって……あの人を恨むことでこの人生に意味を持ててたんだって……」
彼女の大きな瞳から涙が溢れ出す。
「自分が同じ道を歩むって思ったら怖かった……見つけられないまま……あんな惨めな終わりを迎えるくらいなら……自分で死んだ方がマシだと思った!」
彼女は感情のままに叫ぶと、落ち着きを取り戻すように涙を拭い、再び凛とした視線を私に向ける。
「先生が話すことに納得できなかったら、私はこのまま落ちる。自信がないなら、早く離れた方が良いよ」
離れた方が良いというのは、私に責任を取らせまいとする彼女なりの配慮なのだろう。だが、私は離れようとは思わなかった。彼女と向き合うと決めたのだから。
「人に生きる意味を押し付けて、自分の幸せのために生きる身勝手な人間。私達は良く似てる」
同じにしないで、と言われるかと一瞬肝が冷えたが、そんなことはなく、萌はじっくりと私の言葉に耳を傾けてくれた。
「貴女が生きる理由を神崎さんに投げたように、私は生きる理由を綾人に投げた。彼に気に入られるように生きて、恋人としてふさわしい人生を歩んだ。その結果、私達は破綻した」
「でも、それは京先生が原因でしょ」
「確かに最終的に終わらせたのはそうかもしれない。でも、私は綾人がそういうことをしかねない人だって、分かってた。それなのに、私は嫌われたくない一心で目を逸らし続けてきた。私達はとうの昔に……破綻してたんだよ」
「そんなこと言ったら……ほとんどの人達の関係性は破綻してるってことになるよ」
「私はそうだと思ってる。でも、ほとんどの人はその事実に気づいてない、ううん、気づかないようにしてるだけかもしれない。理解できなくて、衝突して、でも、離れられないから、いつしか、破綻していることが正常だと思うようになる」
恋人だって、家族だって、友達だって、例外ではない。萌も無意識のうちにそれに気づいてしまったのだろう。
「じゃあ……人間のどこに救いがあるっていうの……? 八方塞がりじゃない」
「それは違うよ、萌。この解決法が私の結論」
続く言葉が出てこなくなる。これでいいのか、と私の心が囁いてくる。私の言葉で彼女が死を選ぶかもしれないという不安が心に暗雲となって広がっていく。
『胸を張って、言い切って』
不意に聴こえた『私』の声が私の心を照らす。覚悟を決め、私は最後の言葉を口にする。
「誰かのために生きれば良い。誰も自分を理解してくれないなら、自分が相手を理解する人間になれば良い。破綻しているなら、逃げずに本当の問題に立ち向かえるような人間になれば良い! これが……私の結論」
言い切った。言い切ったが、彼女は動かない。現実なのか、私の脳が見せている幻想なのか、私には判断できない。
「それだけの……ことだったんだ」
彼女は糸が切れた操り人形のようにその場に座り込む。
私は走りたい気持ちを押さえつけ、ゆっくりと彼女の元に向かい、手を差し伸べる。
「誰かのために生きるなんて間違いかもしれない。きっと、難しくて、苦しくて、出来ないことだらけ。でも、賭ける価値はあるって私はそう思う」
「……先生の勝ちだよ」
彼女はそう言うと、私の手を取り、立ち上がる。その顔は今までとは違い、生気に溢れていた。
「ほら、早く出ないと。先生だって怒られるかもよ」
「……誰のせいだか」
大人というものは心を麻痺させて虚しさを感じないようにできるようになった人のことではないだろうか。
なんでも色眼鏡越しで見てくる大人が多い社会で純粋に生きていくには難しい。そんな中を私達は歩いていかないといけないのだろう。きっと、私達みたいな人が世の中には大勢いるのだから。
「うわ、大変だよ、橘先生。斎藤先生が階段の下で待ち構えてる」
「誰のせいよ……本当に」
「大丈夫だって、私も謝ってあげるから」
でも、私達はきっと大丈夫。だって、私達に鎖はもう、ないんだから。
鎖 相模奏音/才羽司 @sagami0117
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