空を走る

 ふと思い出したのは、詞の、『ありがとう』という言葉だった。

 僕のためにこんなすごいものを作ってくれてありがとう、勉強とか仕事とか、諦めさせないでくれてありがとう、希望があることを教えてくれてありがとう……。



 自分は、詞を自分のものにしたかったわけじゃない。

 ただただ詞の自由を、尊重したかった。

 どんなに無理だと周囲が否定しても。

 私が、詞の自由を守りたかった。


 喋らなくても、動かなくても。

 彼が生きていることに、私は、きっと価値を見いだしていた。







 はっと目を見開いた時には、彼女の手は呼吸器を止めていた。

 手が震えていた。

 頬から何かが落ちた。

 それが涙だと理解した時、どっと、涙が溢れた。

 台風の音なんて気にならないほど、葵は泣いた。

 後悔した。自分は、彼の生きたいという自由を阻んでしまったのではないかと。

 悲しかった。もう二度と生き返れないことに。


 そして、どうやってもこの人は自分では無いのだと理解した時、孤独を知った。

 孤独になったのではない。

 孤独だったことを思い知らされた。

 自分は彼にはなれず、彼も自分にはなれない。

 当たり前の事だ。

 当たり前のことなのに、寂しくて痛い。

 耐えきれないほど苦しい。


 それを甘んじて受けていいと思えるほどの人だった。





 葵は、SNSで殺人を冒したと自白した。

 詞という人間が今まで生きていたことを世に知らしめるためだった。

 すべての価値は命にある。それを、葵という人間に向けて送られるヘイトを通して、知らしめたかった。


 このことをきっかけに、葵の社会的評価は落ちたけど。

 誰かの役に立つかとか、金になるかとか、そういう条件は、


 そう考えると、天才という肩書きもまた、意味をなさないのだなと葵は思った。

 いつか自分が考えたことは、周囲にも理解することが出来る。

 なら、時間をかけようと葵は思った。

 人間の時間は百年。その頃には、きっと人類は自分を超える。

 科学は進歩する。人間もまた、意識や常識を変え続けなくてはならない。


 AIは人間の道具でも人間の代わりでもなく、別個の存在となる。

 それは同時に、人間とは何か、という答えにたどり着くはずだ。

 決して相容れない別個の存在が出会うから、宇宙は生まれ、人は自分を知るのだ。

 自由の尊重。

 その証明が出来た時、彼女はようやく、空を走ることが出来る。









 ……以上が、彼女に作られたAIの僕が、できる限りシュミレーションした、彼女の過去と決意の物語だ。

 

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空に走る 肥前ロンズ @misora2222

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